海月と深海魚



 きっと都会の夜空はクラゲに似ている。ふわふわと浮かぶクラゲが、あたりを照らすかのようにふわふわと自らを光らせる。いつからか私たちはクラゲに憧れていた。ふわふわと漂いながら自らを光らせて、皆を導ける特別な存在になりたかった。私たちは深海魚だった。


 そして同時にクラゲでもあった。


 互いに互いの光を羨ましく思って、勝手に羨望し、勝手に嫉妬したただのクラゲだった。きっと私たちはクラゲで、深海魚で、人間である。

 私たちは互いを羨ましいと思い、特別な何かになろうとしたただの一般人だ。だから互いに似ているのだし、互いのことを愛しくも思える。そして互いを嫌いにもなれる。

 私は私が嫌いで、だからこそ私はあなたのことを嫌悪した。それと同時に私はあなたへ恋をした。きっと、この感情は恋だった。


 喧騒が走る。知らない欲望に揉まれながら私たちは成長していく。きっとその先にある、誰かの特別になるために。

 唇に触れてみると少しだけ痛みが走り、不思議に思って指先を見てみると微かに血がついていた。あぁ、あの時に下唇を噛まれたのかと先ほど彼女と交わしたキスを思い出した。唾液に味があるのかと言われても定かではないが、あの時確かに唾液の味がしたのだ。米を噛み砕き、咀嚼している時の柔らかな甘みが広がるようなキスだった。あの時とは大違いだな、なんて考えて苦笑が口元に浮かぶのを感じた。


 あんなに苦かったのに。あの時は確かに緑茶の味がしたのに。


 静寂が身を包むような帰り道。繁華街を抜けて、ただ人々の寝息と、人の熱だけが残るような住宅街を歩く。彼女の返答をしっとりと頭の中に反芻させながらふわふわと心許ない足で両親に怒られないように帰路を急ぐ。

 夜空を見上げると、今までよりも一番星がほんの少しだけ強く光っている気がした。

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海月と深海魚 ネギま馬 @negima6531

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