呼ばれた男 4話「壊滅」

キョウト近郊の山の上から、カガミ中将とアルフレトは黒煙と閃光と悲鳴が轟く原野を眺めていた。

「しかしここまでの規模で展開してくるとはな」

「敵さんもなかなかの機動力を持っているようだね」

「これだけの大戦期の兵器を日本まで持ち込んでいたとは、思いもしなかった。やはり奴らの狙いは本当だったのか」

「大陸の歴史は挙って同じ手法を取っているよ。大陸中央での立場が悪くなれば、あらゆる手を使って全てを持ち去る、または焼き尽くして去る」

黒焦げの原野で、日本革命軍の兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。大陸軍はその蜘蛛の子を電気バイクで追い回し、一匹ずつ潰していく。

「もう壊滅か、3時間と持たなかった」

「おそらく3000人近くが殺されたんじゃないのか?」

「さあね、同じ民族同士で殺し合っているのだから、数なんて気にしちゃいないさ」

「四国の方はどうかな?」

「きっと大丈夫だろう。我が正規兵が今頃上陸しているさ。あの蝙蝠の島へ」


前日の会談の目的はそこにあった。

四国連合の裏切りは当初から予定通りであった。

今頃奴らは、四国脊梁山脈の要塞から降りて、瀬戸内海に侵攻しているだろう。

あの大掛かりの会談は全てこのためだけにあった。それは九州も同じであろう。形だけの日本軍、それが彼らの全てであった。彼らは日本人でありながら、日本人を搾取し、自らは安住の地で優雅に暮らしていた。大陸軍やアメリカ軍が手出ししない、いや、する価値もない辺境に閉じこもり、灰色の大義名分だけを掲げて声高に愛国的プロパガンダを叫んでいるだけだった。

革命軍の目的は当初から四国奪還であった。

あの難攻不落の要塞に閉じこもる四国連合の本隊を誘き出すためだけに、あの会談は行われた。

彼らは会談に参加せずにはいられない。それこそ彼らの存在理由であったからだ。四国連合は一地方の豪族勢力にありがちな、二面外交を実直に実行しただけだった。

敵が大陸軍であろうが日本人であろうが関係ない。自らの地位を保てればそれで良い。

四国連合は会談直後に、懇意の在日本大陸軍将校に情報を流した。そして瀬戸内海の利権をねだった。彼らの目下の懸念は、瀬戸内海貿易であった。会談にも参加していた瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国と名乗る強盗集団と大陸軍の一分将校による貿易利権独占を封じたかった。

四国連合は太平洋で採れる魚介類や四国山地の鉱物資源を大陸軍へ卸していた。そして大陸軍の庇護と、兵器や奴隷を買い入れていた。

在日本大陸軍内のパワーバランスの変化により、瀬戸内海貿易利権争いが起こり、一部将校と日本人海賊が手を組んで瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国は生まれた。要するにこの海賊は大陸軍将校の私兵であった。彼らは四国連合の物資強奪や沿岸部の住人を売り飛ばす等の行為を働いた。そして大陸軍の絶大な庇護のもと、東南アジア方面までその手を広げていた。

窮した四国連合は、この会談を利用して、ついに山を降りた。彼らの計画は、会談情報を懇意の将校に流し、革命軍殲滅させることにより在日本大陸軍内のパワーバランスを自分たちの「国益」に沿うように誘導し、かつその混乱に乗じて瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国を襲撃撃滅するという彼らにとって初めての冒険主義的作戦に打って出たのだ。

案の定、キョウトへ向けて在日本大陸軍が主力を移動させる間に、瀬戸内海周辺に軍事展開した四国連合は、瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国の軍事施設や港湾を一挙に襲撃した。もちろん本州側の瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国拠点は、懇意の在日本大陸軍将校の私兵により攻撃が行われた。

瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国は瓦解し、船と共に瀬戸内海から逃げ出していった。


「将軍!ただいま連絡が入りました。我が同士たちは、四国脊梁山脈に到達し、敵要塞に攻撃を開始したとのことです」

「さすが元帥閣下だ。四国の連中はまだ知りもしないだろうな。自らの米蔵が鼠で溢れていることを」

「しかし海をどうやって渡った?」

アルフレトにも作戦の詳細は知らされていない。

「瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国とやらに手伝ってもらった」

「どういうことだ?」

「奴らも仲間割れをしていたってことさ」

カガミ中将が大きな声で笑った。

「一つ気になる情報が」

「どうした?」

「先程の地震により、兵站の一部が滞っているとのことです」

「そうか」

4日前、激しい地震があった。紀伊山地の兵站は、一部細い山道を利用せざるを得ず、土砂崩れ等により寸断されたのだろう。

「よって全ての兵站をオオサカの原爆湾から船で輸送することになりました」

「そうか、あの海賊共にかなり譲歩せねばならんな」

「はい、しかしいまのところ物資を盗んだり、裏切るような素振りはないとのこと」

「しかし元帥閣下も思い切ったな」

兵士は背嚢から手紙を取り出した。

「元帥閣下からです」

カガミ中将が厳重に閉じられた手紙を開くと、リンケイ元帥の筆跡で短い分が書かれていた。

「紀伊山地で我が輸送部隊が襲撃された。生存者なし。死者は原型を留めないほど破壊されていた。調査せよ」

カガミ中将は森の中の幕営地に戻り、手紙を燃やした。


「中将、退却命令を出しますか」

「ああ、一応な。俺は所用ができた。これから紀伊山地に向かう」

「退却してきた者共はどうしますか?」

「無視せよ、良い時間稼ぎになった」

「敵はこのまま侵攻しては来ないでしょうか?」

「当たり前だ。ここは大陸軍占領地の東端、さらにここから革命軍本部近辺まで集落は一切ない、もちろん大陸人も一人もいない、それはわかるだろう?」

アルフレトは双眼鏡で逃げ惑う革命軍の兵士を眺めていた。

「末恐ろしい作戦だな。この地に神はいない」



大陸軍の将校達は酒宴を開いていた。

「ワン将軍の大手柄でございますね」

「見たか、野蛮な猿どもの逃げ惑う姿を。哀れな猿め」

「これで革命軍とやらも壊滅でしょう」

「当たり前だ。この作戦は敵主力を壊滅させ、倭人どもに自らを劣等人種と再自覚させるためのものだ」

「さあ、酒宴もここまでだ。諸君、主力兵器を持ち込んだのは、劣等人種倭人への啓蒙と、ゲリラ消耗戦を防ぐための殲滅作戦であった。本拠を空にしての電撃作戦だ。すぐさま戻るぞ」

「歴史的な作戦での凱旋でございますな、ワン将軍、ついにクーデターですかな?」

「ははは、冗談はよせ」

「今我らの手には大戦期の兵器がこれだけある。これは歴史が閣下に対して立てと仰っているものと思いますが・・・」

酒宴にしばし沈黙。

「・・・よし、わかった」

「おお!閣下!!」

「わしはこの地で国を興すぞ。本国はもはや死に体、今やこの倭の地こそが中華である」

「そうだ!」

「この地を拠点に大陸反攻を実施し、中華の悲願である漢民族帝国の復活を果たすのだ」

「皇帝万歳!」

一同が杯を掲げた。そこへ一人の伝令兵がやってきた。異様な雰囲気に驚きながらも、上官の元へ行き、耳元で囁いた。

「何?」

「どうした」

「今、情報が。革命軍とやらは皆、近辺の大陸人であるとのこと・・・」

「何?」

「数十人を捕虜とし、尋問したところ、キョウト周辺部の大陸人村から連行された者たちばかりとのことで・・・」

「しかしあれだけの兵数を?」

「はい、ほぼ全てとのこと」

「全て?」

「我軍に属していない流民大陸人村も含め、日本アルプス麓から日本海沿岸部、キョウト近郊、そのすべてより連行された模様です」

「なんと!では正規兵はどこに?」

「我軍の攻撃開始と共に後ろより銃撃されたとのこと」

「では・・・では・・・」

「奴らは、住民を連行し、村落すべてに火をかけたようです」

「では、わしは・・・」

突如、武装した兵が幕営内に押し寄せた。

「ワン将軍、あなたを逮捕します。ここにいる全ての皆様も」

「何だと?誰だ貴様は!」

「イエ・ジョーラン大佐麾下の青蛇隊であります」

「イエだと!ま、まさか」

「今回の作戦は重大な戦略的失策であり、我軍の貴重な軍事資源の損失であります、しかも先程のクーデターの話、これは重大な反逆行為・・・」

「待て、私は違う、私はイエ大佐の・・・」

乾いた音が響き、3,4人の将官が倒れた。

「おっとすまない、急に動かれると撃ってしまいますよ」

「・・・謀られた」

ワン将軍はかすれた声で言った。

「将軍、将軍の大鳳隊はどうしているのですか?」

腹心のウェン少佐が震える声で言った。

「・・・今、瀬戸内海にいる」

「なぜです?あれはあなたの・・・」

ウェン少佐は額を撃ち抜かれた。

「将軍、連行します」

大した抵抗もせずに、ワン将軍派の将校たちは連行された。

「あの馬鹿ジジイめ、くそ、くそ。ああ、しまった。ここまで主力兵器を持たせられた時点で気づくべきであった」

一人の将官がそう言うと、口々にワン将軍への罵詈雑言が続いた。

「イエめ、手の込んだことを・・・イエに伝えろ、わしの負けだ。完敗だ。ひと思いに殺せと・・・そう伝えろ」

「ああ、そういえば私もイエ大佐から伝言を預かっていました」

青蛇隊の隊長はコホンと咳をしてから言った。

『お前は生きたまま豚の餌になる』

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すばらしきにっぽん ベンジャミン・カーツ @Kurtz

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