呼ばれた男 3話「作戦」
アルフレトの説明が終わると、一同はしんと静まりかえった。
「まあまあそう気落ちなされるな。この状況を打開するために、皆様お集まりなのであろう」
「当面の作戦は、中国地方の大陸軍が独立する前に、この日本から締め出すことで良いだろう。なあ諸君?」
カガミ中将が言った。
「ああ、たしかに。今までの奴らは大陸からの敗残兵の寄り合い所帯でしかなかった。数と暴力だけで、組織だった行動はできていなかった。だからこそ、我々がこうして祖国の地で生き残っていたのだろう。だが、今の動きはかなり危険だろう。上層部の粛清が徹底され、中央集権化されている。よほどの人物が大陸からやってきたのだろう」
「そうです。そしてこのまま組織統合が進めば、日本は大戦前の台湾になってしまう」
「そうなりゃ、儂等は奴隷階級ってわけか」
「それは今でも変わらんさ。とにかく大戦の被害の少なかった中国地方が奴らに完全に支配されてしまえば、我々はジリ貧になる」
「中国地方の情報は、我々よりあなた達が詳しいはずだ。陰陽山人会サンカのフケル様」
アルフレトがそう言うと、沈黙したままであったフケルが顔を上げた。
異様な風体であった。竹や笹でできた箕を被り、暗い隙間から目だけが光って見えた。篭手や靴といった全てが竹や笹でできており、尻には狸の皮が巻いてあった。
「わしらは、あんたらみたいな大層な集まりじゃないけえのう。言っとることも、わしらにはよくわからん。国や民族、そんなもんはとうに忘れた野人の集まりじゃ。儂らは竹と笹、虫と獣と川魚がおれば良い。大陸人も、わしらの竹細工を買うてくれる。おかげで米も食えるし、鎌や矢や槍の矛先も手に入る」
「おい、祖国の大地を異民族に蹂躙されているのだぞ?」
「わしらは国に捨てられたもの、いや国を見捨てたものの集まりじゃ。定住せず、季節にあわせてあの広大で深い中国山地を移動しておる。わしらはわしらだけでも生きていける。数はほんの少しおるだけじゃ。山の恵みだけで寄り添って生きておる。栄えもせぬが、滅びもせぬ。人は増えすぎたのじゃ。カネや食い物を自然に反して増やしすぎた。わしらにはわかる。自然の中で生かされる人間の頭数がな」
「ではなぜここに来た?戦わないのなら、ここ、いないはず」
「ここは私がお話しよう。フケル様はお話が嫌いなのでね」
アルフレトが立ち上がり、地図を指差した。
「現在、大陸軍は中国山地に要塞を作ろうとしている。今までの彼らは、日本海沿岸部に要塞を構築していた。あくまでも敵は同じ大陸人だったからだ。だが今、中国山地の脊梁部、そして瀬戸内方面にも要塞が作られようとしているのだ」
「わしらは山の道を知っておる。山の道で生かされておる。山の道が壊され、沢水が汚染されれば、わしらは死ぬ」
「大陸軍は要塞建設で自然を荒らす。このまま要塞化が進めば、サンカのみなさんも生きづらいということさ」
「わしら、老いている。だが大陸人、わしら捉えて道案内をさせる。若いものが、幾人も捉えられ、帰ってこなかった。恥ずかしながら、掟を破り、大陸人に内通したものがおった。サンカの人間ではない、竹細工や干し魚をアワと変えてくれていた日本人の商人だ。わしらは騙され、若者は連れて行かれた。このままでは、わしらは静かに死んでいくしかない」
「中国山地の情報は、彼らが一番詳しい。敵の要塞や兵站もすぐ見破れるだろう」
作戦は以下のように決まった。
①日本革命軍が日本海側を周り、丹波に進出する。
②大陸軍が丹波地方へ主力を投じると、四国連合を中心とした四国・九州の兵で瀬戸内を渡りヒロシマへ進出する。
③大陸軍を東西へ引き伸ばし兵站が伸び切ったところで、瀬戸内連邦マルクス・レーニン主義海賊共和国と陰陽山人会サンカがゲリラ戦を開始し、兵站を破壊する。
④パンゲア教団が米軍をそそのかし、キタキュウシュウからヤマグチへ侵攻させる。
「米軍が本当に動くのか?」
「ええ、我々同盟関係ですし、大陸軍が弱ってきたら、彼らは目ざとく攻め上げるでしょう」
「そううまくいくのだろうか?」
「実は、彼らも困っているのですよ。人口圧です。近代まで人間を苦しめ、戦争に向かわせた神の罰です。肥沃の大地で大戦後からぬくぬくと生きてきた米軍は、人口が増大しています。ここ数年は大きな戦もなかった。あなた達には悪いけど、九州方面の日本人は相手になりませんからね。大陸軍もキタキュウシュウでの大きな侵攻作戦も辞めてしまったしね」
九州の人間は黙っていた。
「米軍の連中は頭が良い、我々の情報がもたらされれば、ただちに兵を差し向けます。主に日米の混血児や二等国民(日本人)の兵をね。そうすれば、大陸軍は三方面へ兵を差し向けることになる。指揮系統が統一されていない今、これがハマれば必ず離反者が出てくる。中華の歴史はまさしくその連続です。今回の急な中央集権化に反発している輩もたくさんいるでしょうし、今が絶好の好機なのです」
「そして最後に米軍を叩く・・・か」
⑤米軍負傷兵に紛れて米軍空母を急襲し破壊する
「ここは日本防衛軍ナワテバル参謀次長にお話しいただこうか」
カガミ中将がナワテバル参謀次長へ声をかけた。
「ああ、この会議前にカガミ中将へ手紙でしたためたとおりだ。この会議自体、敵に対応する暇も与えず、全日本人で一斉蜂起しなければ祖国奪還は不可能であるという私達の考えによるものだ。そして大陸軍と米軍を対峙させることが九州の我々にとっては意義がある。
先程言われたように、大規模な侵攻作戦となれば米軍は必ず日本人を使う。我々の目的はここで、同胞をナガサキ周辺から離したいのだ。我軍でも、同胞との戦いを好まないものが多い。いくら米国人の血が混じっていようとしても、米国人にへりくだり奴隷になり下がろうとも、彼らは同胞なのだ。
米軍もそこは承知しており、ナガサキから等距離上に拠点村落を作り、遠距離ほど純血日本人村を作っている。要するに最前線は日本人同士の戦いになるのだ。そして日本人村の人間は、皆一様に人質を取られている。サガの農業プラントやキタキュウシュウ方面の軍事基地に、日本人の男や若者を取られているのだ。残されたのは老人や女子供しかいない。
そこでヤマグチへ侵攻する米軍の負傷兵に紛れて、ナガサキへ潜入し、空母を破壊する。米軍の管理は徹底しているが、大規模な侵攻作戦ともなれば話は別だ。
そして空母破壊に成功すれば、米軍日本人兵士は蜂起するだろう。これは憶測の域を超えていないが、彼らは奴隷のような扱いをされている。そして中世のモンゴル人のように米国人はごく少数しかいないので統治機構は極めて弱い。圧倒的な武力と、食料という餌で釣ることで、大多数の日本人を少数の米国人で統治しているのだ。よって敵主力であり、幹部連中の居住区である空母を破壊すれば、米軍の統治は崩壊する。そして日本人兵士がヤマグチで蜂起し、我らと呼応すれば、九州各地の日本人村が無傷で落ちる。そのためにも、人質であり主力である米軍日本人兵士を一箇所にまとめておきたいのだ」
「そりゃ成功すれば素晴らしいがのう。空母を破壊なんぞできるのか?」
「それはすでに手がある。できるだけ使いたくなかったが。しかし近隣の日本人が少しでも離れてくれれば、この作戦は成功するはずだ」
「これは素晴らしい作戦ですよ。我々教団の得た情報でも、米軍の統治は完全な奴隷契約だ。ごく一部の米国人、まあほとんど日本人との混血ですが、彼らは米国人の血が濃ければ濃いほど優勢人種だという、一種の貴族社会を形成している。ナガサキの空母にある圧倒的な武力と、サガのプラントにある無尽蔵の食糧、これだけで圧倒的多数の日本人を統治している。
米軍で恐ろしいのは空母だけだ。あそこには大戦期の兵器が多く存在している。レーダーにより多くのミサイルや爆撃機が補足され、撃墜された。大陸軍へは核ミサイル基地への先制攻撃まで行って無力化している。あとは幾重にもある厳重な関所で、陸路から近づけさせなければ良い。そして原子力の力でエネルギーは無限に近い。九州の残された原子力発電所も接収している。
成功の可能性は少なくとも、日本人兵士を集めるだけでも効果的だ。彼らを味方に、もしくは無力化することができただけでも、作戦は容易になる。ナワテバルさんの兵が死ぬ気で向かえば、さすがの米軍兵器でも蟻のように群がる人間を全て補足し攻撃することはできない。彼らの陸上兵器は、最終的には日本人の兵卒になるからだ」
「そのための犠牲は問わない。我々は米軍や大陸兵がいなくなったあとの日本の統治に興味はない。ここにいる日本人すべてもそうあって欲しいと願うが」
座席一同、お互いの目を見つめ合う。
「そりゃそうよ。権力闘争の仲間割れで酷い目にあっているのは、大陸兵を見ればどんなバカでもわかるだろう」
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