第5話

 竜との再会はすぐに叶った。話が届いていたのだろう、戦闘していた職員たちが道を開ける。彼女は差し出された刀を振りぬいて爬虫類の右前肢を切り飛ばし、返す刀で飛んできた尻尾を受け止めながら朗らかに言った。プロジェクトと平行して彼女のために作られていたという刀は驚くほど手に馴染んだ。彼女すら知らなかった代物の在り処をよく不明さんは知っていたな、と思う。


「ハイ、また会いましたね」

「……お前たちの父親が喜びそうなことだな」


 応えた声には確かに呆れの色が滲んでいた。「父親」に相当する人間のことをこの爬虫類は知っているのだろうか。数時間前なら興味が沸いただろうが、今はそういう気分ではない。それに、あの研究員か不明さんに聞けばわかることだ。だから彼女は無視して尻尾をいなし、左前肢も切り飛ばした。次に胴体を狙うが、うまくはいかない。がっちりと牙が刃を捕らえ、バランスを崩す。何とか持ち直したが、力が拮抗して両者の動きが止まる。純粋な力比べは分が悪い。じりじりと押されているが、彼女は焦らない。少し待っていると、背後から号令がかかった。


「撃て!」


 援護射撃が精確に怪物の両目を撃ち抜いた。動きが鈍った隙に刀を取り戻す。両目はすぐに再生するだろう。その前に、と幾度も切りつけていく。立ち回りの最中に「後ろに押し込め、3mでいい」という声がかかった。目を上げて廊下の向こうを見る。その地点に何があるのかはわからなかったが、彼女はその声を信じることにした。斬撃から打撃へと切り替え、爬虫類が進んできた道へと押し戻し始める。苦戦しながらも1mほど押し戻したところで怪物の右前肢の再生が完了した。戦局が動き、防戦へと傾いていく。


 避けろ、という声が飛んできた。後ろを見れば人員が一気に減っている。代わりにグレネードランチャーがこちらに照準を合わせていた。それも二挺だ。左右に避けてどうにかなるとは到底思えない。フィフスは躊躇いなく上に飛んだ。幸い、ここの天井は高い。迫る天井にブレードを突き立てた直後、足の下を榴弾が飛び去った。一秒後、轟音と爆風が荒れ狂う。叩きつける風に乗じてフィフスは天井からブレードを抜き、廊下へ着地した。爆心地帯に飛び込み、その勢いのままに刃を叩きつける。あと少しだ。次の攻撃は尾に阻まれたが、構うものか。フィフスは渾身の蹴りを叩き込んだ。不死身の爬虫類が後ろに退ったその時、凄まじい勢いで防火用シャッターが爬虫類を抑えつけた。間違いなく不明さんだろう。


 黒き邪竜がシャッターを破壊するのに要した時間はおよそ6秒だった。それは、オリンピア・フィフスが怪物の胴体を深々と抉るには十分すぎる時間だった。動きが鈍った上体に、黒い刃を突き立てて床に磔にする。様子を見ていた職員たちが駆け寄ってきたのを確認すると、フィフスは速やかにその場所から退いた。彼女の出番はこれで終わりだ。 


 かくして騒動は収まり、すべての異常存在は再び収容された。古い邪竜、混乱に乗じて脱走していたいくつかの存在、そして"AIその2"とオリンピア-5。最後の2つは処置が決定していないため、一緒くたに空きの収容房に放り込まれている。不明さんはネットワークから切り離され、端末一つに隔離された状態だ。そういう訳で、彼女はチャットに興じる以外にやることがなかった。むろん、不明さんも同様だ。


<A.A> 私達は今後どうなるんでしょうね?

<不明> ろくな事にはならんだろう.だが,少なくとも君は忘れられることはないと思う.君の竜退治の動画を共有フォルダに上げておいたからな.見るか?

<A.A> y.


 どうせ他にやることもないのだ。彼女は端末に入っていた動画を再生した。BGMとエフェクトがつけられた動画は、確かに一度見たら忘れることは難しいだろうと思った。三回ほど見終わったところで、彼女は伝言を頼まれていた事を思い出した。


<不明> どうだった

<A.A> そういえば,ジョーンズ博士より伝言を頼まれていました.

<A.A> ”バッカじゃねえの?”

<不明> 確かに頭が悪いことをやったとは思うが,そのジョーンズの依頼だぞ

<A.A> 彼が? 何故?

<不明> 君の処遇を決めるうえで,多くの職員の印象に残っていた方が有利だからだ

<不明> 彼は本気で我々の処遇をどうにかしようとしてるらしい.いくつか傍受させてもらったが


 いくつかのファイルが表示される。ジョーンズはあちこちにオリンピアの処遇に関する提言を行っているようだった。プロジェクト凍結の見直しから、フィフスを再活用する検討について。彼は第三の提案あまで準備しているようだった。その場合は処分か脱走が起きたことにして、組織の外で使われる事になるらしい。今あるファイルは不明さんがネットワークから遮断される前のものだから、現在話がどう転がっているかはわからない。だが、ジョーンズ博士の初動が極めて速いことだけは間違いなかった。彼は本気だ。


<A.A> では,私達はジョーンズ博士を信じて祈るしかありませんね.

<不明> それはどうだろう

<不明> ご丁寧な事に,連中はわざわざ私をこの端末に”収容”した.この中で生きていけるようにした

<不明> だから,少々スペックは落ちるが,私も組織の外に出る事は出来る

<不明> ジョーンズの提案が通らなくてもだ

<A.A> 脱走の勧めですか?

<不明> ああ.オリジナルと同じ墓で眠り続けるのは御免被りたいからな

<不明> 組織が我々を動かすならそれに乗る.そうでないなら出て行けないか,と考えている

<不明> 私は自力では出て行けないから,君がよければの話になる

<不明> 君の言葉を借りるなら.”私といけない事をやってみないか”だ


 不明さんはそれで沈黙した。こちらを待っているのだろう。フィフスは考える。外の世界はどういうものなのか。ジョーンズ博士はどれほどの発言力を持っているのだろうか。組織はどう動くだろうか。何一つ、この収容房から事前に知ることが出来る情報はない。組織の動向がわかってからこちらの動きを決めなくてはならないのだ。脱走は相当に難しいだろう。


 だが、それでもいい。命令を待ち続ける事には飽きはじめていた。それに、この手の中に収まった端末に宿る相棒がいれば、どのような道に転ぼうとも切り抜けられる気がする。


 彼女はキーを叩き、メッセージを送信した。

 

<A.A> y!


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