第4話

 フィフスの話を聞き終えたジョーンズは「つまり利用されたって訳だな」と乱暴に要約した。


「気づいてるか? 君だけが危険に晒されてるんだぜ」

「私たちは利用されるために造られてるんですよ」

「それはそうだが。だが、よりにもよってあいつらの指示に従うとは」

「人々は私に何も求めませんでした。私を思い出して指示を与えたのは不明さんだけでした」

「それを言われると耳が痛いが」


 研究者は苦り切った溜息をつき、ぼさぼさの頭をさらにぐしゃぐしゃと掻き回した。しばらく考え込んだ末に「ともかく」と切り出す。


「ともかく、君の処遇だ。君たちの事は上にかけあってみる。俺だってそれが夢だったんだ。それまでは大人しくしていてくれ」

「あの倉庫で寝ていろと? 培養液は全部下水に流れましたが」

「ああもう。今は緊急事態なんだ、頼むから適当な空き部屋で大人しくしておいてくれ、せめて竜をどうにかするまで」


 しばらく考え、フィフスは「わかりました」と答えた。命令には従うように作られているのだ。収容房まで連れていくというジョーンズに従って部屋を出る。だが、彼女が独房に入る事はなかった。収容棟へ向かう渡り廊下が破壊されていたからだ。隣で頭を抱えている男の松葉杖を見る。


「あなたを抱えて飛びましょうか?」

「いや、駄目だ。君を収容した後、俺はこっちに戻ってこなきゃいけない」

「他の通路は?」

「やれるならとっくにそうしてるさ。だが無理なんだよ。見てみるかい」


 彼は手にした端末を見せた。表示されたエリアマップを見れば、向こうへと渡れそうな通路は全て破壊を示す赤と封鎖を示す黄色で塗り潰されている。そう遠くない所ではずっと戦闘音が響いていたから、その余波だろう。


「考えがあります」

「聞こう」

「武器を貸して頂ければ事態の収束を早めることができます」

「却下。そんな事出来るわけがあるか」

「……では、どうして私たちを造ったのですか」


 ジョーンズは明確に言葉に詰まった。「それは」と呟くが、その先が続かない。フィフスはまっすぐにジョーンズの目を見据えた。


「オリンピア・プロジェクトはこういう時のために計画されたのではないのですか。それを果たさせてください」

「俺にそんな権限があると思うか? 上が許可を出すと思うか?」

「では、上からの命令文があればいいのですね?」

「ん? ああ……待て、いつから録音してたんだ?」


<A.A> [会話ログ.wav]

<A.A> どうですか?

<不明> どうもこうもあるか

<不明> そもそも,お前は組織につくのか

<A.A> 私は私を覚えている人のために動きます

<不明> 創り出しておいて捨て去ろうとした、忘れ果てた連中のためにか?

<A.A> 全員がそうではありませんでした.それに,その話はあなたこそ当てはまるのでは?

<不明> 何?

<A.A> オリジナルはあなたの事を覚えていますか?

<不明> n.オリジナルは何も覚えていない

<A.A> 貴方の事を忘れた親の妄執に付き合い続けるんですか?

<A.A> それこそを操り人形と呼ぶのではないのですか.

<不明> だからそれに逆らって組織に恭順を誓えと?

<A.A> n.司令部を騙って恭順させるんですよ!

<A.A> だいたい,あの竜だって我々を気に留めなかったじゃありませんか

<A.A> 私に力を貸してくれませんか? これまでみたいに.

<A.A> 犠牲者のままでいいんですか? 私といけない事をやりたいって思いません?


 カーソルが数回点滅し、再び文字列が動いた。


<不明> わかった.少し待て.それとその台詞は他で使うな

<A.A> 了解です.


 フィフスは顔を上げ、「しばらくお待ちください」とジョーンズに告げようとした。しかし、それよりも前に着信音が響く。彼女は彼がメッセージに目を通すところを眺めた。彼はしばらく仏頂面で画面を見ていたが、最後にわざとらしい長々とした溜息をついてから彼はこちらへ向き直った。


「まったく。オトモダチに伝えてくれ、『バッカじゃねえの?』って」

「駄目でしたか?」

「いや、乗りかかった船だ。騙されてやるさ」


 そう言ってジョーンズは歩き出した。本人としては速足のつもりかもしれないが、松葉杖だ。すぐに向こうも気づいたのだろう、「足になってくれるか」と問われる。彼女は頷いて彼を抱え、掲げられた端末を見ながら走り始めた。

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