第3話
しばらくしてフィフスが教わったポイントにたどり着いた時、古き邪竜は武装した機動部隊に取り囲まれて戦っているところだった。「対象を視認」と送信し、機を伺う。戦闘員たちの弾幕が尽きて竜が攻撃に移ろうとしたその瞬間、フィフスは飛び出して傷まみれの床を蹴った。突然の乱入者に動きを止めたギャラリーを一瞥し、黒いドラゴンの眼前に立つ。憎悪に満ちた暗い眼に睨み上げられながら、フィフスは努めて朗らかに言った。
「ハイ、初めまして」
「……お前には見覚えがある」
「それは私の原型でしょうね。私はクローンの一人です」
「どうでもいいな。何の用だ」
「危険存在79番、特異点を越えたAI」
急に静寂が大気を満たした。竜が動きを止めたのだ。ずっと地を這うように低く響いていた呼吸音も今は抑えられている。代わりに、ただ重圧が広がっていた。空気が粘りつくように重い。フィフスは何とか空間の支配者に対峙して、盗ったラップトップを取り出した。
「あなたの旧友のコピープログラムがあなたと話をしたがっています」
「そうか。それを床に置け」
フィフスはラップトップを開いて床に置き、一歩下がった。爪の伸びた前肢がゆっくりと持ち上げられ、キーボードの上にそっと乗せられる。今となってはその様子を見守っているのは彼女だけではなかった。再装填を終えた隊員たち、駆け付けた増援部隊、監視カメラの向こうの職員たち。そしてその信号を受け取っているであろう、ラップトップの中で待つ不明さん。その全ての視線が集まる中で、竜は前肢を振り上げ、そして無造作に振り下ろした。
一度、二度、三度。無慈悲に攻撃は繰り返された。初撃で完全に破壊されたラップトップは破片を掃き集める事も難しいほどばらばらになった。爪の間に挟まったEnterキーを振り落とし、不死身の爬虫類はこちらを見据えて動き出した。突進してくる、とどこか他人事のように感じる。衝突の直前にようやく我に返り、彼女は横に倒れこむようにして衝撃を回避した。頭のすぐ上を太い尻尾が掠め、ようやく自分は攻撃対象でしかないのだと実感する。それも、本気を出すまでもない程度の。
「何故──」
「何故、と聞くのか? あやつそのものならともかく、その模造品ごときに興味なぞ湧くものか」
向けられた瞳はどこまでも冷たく、吐き捨てられた声には侮蔑が滲んでいた。動けない彼女に「失せろ」と吐き捨て、黒き竜は増援部隊へと突き進んでいった。銃声と怒声、怪物の唸りがこだまする。周囲は一気に騒々しさを取り戻したが、彼女のまわりは静かなままだ。自分は、自分たちは歯牙にもかけられなかったのだ。彼女を置き去りにして戦いの中心点は遠ざかっていく。後に残ったのは死体と弾痕にラップトップの破片、そしてフィフスと彼女に銃を向ける2人の隊員だけだ。そちらを見上げると、距離の近い方が「お前は何だ」と言った。フィフスはぼんやりと考える。どう説明したものか、彼女にはわからなかった。
「オリンピアの一人だろ。俺、知ってる」
突然響いた声に、全員がそちらを見た。ぼさぼさの茶髪の男が壁にもたれかかるようにして立っている。元から汚れていたのであろう白衣は血に濡れ、右足には乱暴な止血処理が施されているのが見て取れた。怪我をして逃げ遅れたのだろうか。血の気が失せた顔色をしていたが、瞳と頬には興奮の色が見て取れた。青年だった頃の面影を色濃く残しているからだろうか、あんまり組織に長く籍を置いているようには見えない。プロジェクトを知る人間ならもう少し老けていてもおかしくなさそうなものだが。
「私を、知って……覚えているのですか?」
「当時の事は知らないが……アーカイブ文章で見たんだよ。その昔、組織の技術を駆使して人材を作ろうという計画があったって」
「文章が残っていたのですか」
「ああ。断片をデータベースから見つけ出した時は本当に心が躍ったさ」
彼は照れたように笑い、片手を差し出した。フィフスは恐る恐る握手に応える。温かく、柔な手だと思った。血の通った人間の手に触れるのはこれが初めてだ。
「ジョーンズという。お会いできて光栄だ、オリンピア。ちょっと場所を移してもいいかい? どうしてここに現れたのか、聞かせてほしい」
オリンピア・フィフスは静かに頷いた。不明さんについては既に話した事を聞かれている。隠したって仕方がないことだ。もうどうにでもなれ、という心境だった。それに、フィフスは自らの行動原理を「自分を覚えている存在のために動く」と定めている。もとより拒否する理由は存在しなかった。
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