第4話 帰り道

 右手の崖下にダムの湖水を眺めながら、ガードレールのない曲がりくねった細い道を、黒いナップサックを背負って歩く。

 車で通るには、とても危険な道だと思っていたが、自分の足で歩いてみると、そうでもないことがわかる。

 確かに道は狭いが、車がすれ違えるように、道幅を広げた箇所が、そこここにつくられていて、ちょっとバックすれば、その場所にたどり着く。軽自動車ぐらいなら、楽に通れそうだ。


(これじゃあ、車で来た方がよかったか……)

 そう思いながら15分ほど歩くと、レンタカーを置いて来た公園に出た。

 先ほどの新しき村とは違って、ここは、子連れで賑わう明るい公園。まるで昔の農村から、現代社会に舞い戻ったような、不思議な思いに駆られた。


 軽自動車に乗り、少し走ると、広い公園の角ばった所に、小型のクレーン車が動いている。そばには、さっき村で会った『仙人』が立っていた。

 私は、その近くに車を止めて、運転席から下り、彼に近づいて声をかける。

「村を見学させてもらって、ありがとうございました」

 そう言うと、彼はにっこり笑って、こちらを向く。


「これが、記念碑ですか」

 小型クレーンで、大きな石を積み上げている構築物を指差す。

「そうです」

 その人は、うれしそうに、顔をほころばせて答える。

「10月の末には、完成するでしょう」

 作業場の方に顔を向けて、そう説明する。あくまで、問われたことにしか答えない。


 私たちの会話を、クレーン車を運転している、日焼けした坊主頭の青年が、にこにこ笑いながら聞いている。ほかの作業員も皆、そうだ。

 この人は、地元の人に好感をもたれているらしい。


「それじゃ、これで」

 長話をして、仕事の邪魔をしてはいけないと思い、あいさつ程度で切り上げる。

 車に戻り、エンジンをスタートさせ、子連れで賑わう、ピノッQパークを後にする。なだらかな坂道を下り、小丸川に架かる狭い橋を渡って、対岸に戻る。

 

 今度はダムの湖面を右手に見ながら、木城町石川内の武者小路実篤文学ロードを、たおやかに流れる小丸川に沿って走る。

 すぐ塗装もきれいな友情トンネルが現れる。そこを通り、ちょっと行くと、

同じようなつくりの、日日新トンネルに入る。

 2つのトンネルを抜けて、しばらく走ると、木城の街並に入った。街の中心部に、私の実家のある町に直通する十字路があるのだが、そのまま川沿いに下る。


 途中で、小丸川に架かる大きな橋を渡り、江戸時代に、秋月(あきづき)氏の城下町だった高鍋町(たかなべちょう)に入る。

 しばらく走ると、かって私が卒業した高校の前に出た。生徒が飛び出して来ないか注意しながら運転し、国道十号線に入る。そこからハンドルを北に切り、扁平な台地の方に向かう。

 かつて私が自転車で通学した坂道を登り切ると、一面、茶畑の広がる平野に出る。頂上に薄い雲のかかった尾鈴山を眺めながら、今は空き家となっている、私の実家へと車を走らせた。

                                  (完)


 



 








 

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新しき村 紀行記 唐瀬 光 @karase3732

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