浜辺にて

湿原工房

浜辺にて

 髪の毛をかきあげて、君は大気にかすむ水平線を見た。聞こえてくるのは波の音と、そよそよとした風だけ。見上げると、太陽は空にまぶしくカッと浮いている。

「ねえ」と君がかすかにいう。僕は君を見る。太陽が僕の目を焼いて、緑色の影をつくり、君の顔をかくした。

「あたしたち、これからどこへ行くの?」

 僕は何もいえなかった。僕らはどこに行くべきだろう。なにもかも青空は突きはなして、君の言葉はぽっかり浮かんだ雲になる。僕はまだなにもいえなかった。誰かにことばをねじ込んでほしかった。


「いま必要なことかな、その答えは……」

 ようやく口からこぼれた言葉は、僕の心を通らなかった。

「このまま星をまつことは、いけないことかな」

 しゃべればしゃべったぶん、ことばは僕から離れていく。しかし、星がすきなのは僕の持つ心だから、やっぱりそれは僕のことばにちがいない。

 やけどがようやく冷めてきた僕の目に、目を細めてわらう君の顔が映る。

「あなたのことば、あたしすきよ」

 海からやってきた風はつよく、ぼくたちの髪をさらうように吹いた。堤防で誰か飛び込んだ。沖から船が帰ってきた。堤防にかくれて見えなくなった。もうひとり男が堤防から飛び込んだ。ふたりは水面から顔をだすと声をたてて笑った。

「太陽は目立ちたがり、それで空回り者ね」

 君はいうと日に焼けた石の上を一歩……一歩……と歩く。

「頑張ったぶんだけ、みんな海を好きになる。秋がさびしいのは太陽が涙をながすからじゃないかしら」

 君がしゃべればしゃべるだけ、僕は君にちかづいていくけど、太陽を思うきもちは君のものだから、君はあくまで君で。

 君はふりかえって僕にほほえむ。

「あたしのことば、すき?」

 そのときの君の微笑に、さびしさのようなものをみた。

「……そうだね、……すきかもしれないな」

 僕は僕を知らない。過去にも未来にも僕はいなくて、現在にだけいるっていうことを理由もなく、しんじている。身体がいまにも空気に拡散してしまいそうなきもち。

「あなたらしい」

 君は首をすくめてまたわらう。僕もつられてわらった。吊られて笑った。さびしく、ならなければいい。それだけでいい。

「じき潮が満ちてくるぞ」

堤防のうえのふたりが僕たちにいう。

「帰ろっか」

 君は小石たちの上に座る僕の、てをとった。僕をつかんだ手にひっぱられて立ち上がった。

 海に背をむけたとき、潮をふくんだ風が僕たちにふいた。まるで、ここから追い出したいといったふうに。

「まるで海がわかれを惜しんでいるみたいね」

 君はそういったが。



(執筆年 2004年 19歳)

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浜辺にて 湿原工房 @shizuki

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