中華の歴史には『正史』がある。
中華の文化圏にある本邦でも、「歴史」は、「正史」が担うものだというふんわりした認識がある。
(そのわりに、本邦での『正史』は『日本三代実録』(-887年)以後、編纂されていないのだが)
しかしまあ、これが分かりづらいんですよね。
・「当時の知識人には当然のことで書くまでもないことだったかもしれないが、いまとなっては判然としないこと」のせいで、文脈や事件の経過が分かりづらいときがある。
・『正史』は、前王朝のことを次の王朝が編纂するのが原則で、いろんな資料を参照して書くわけだが、「思惑」によってさまざまなことが書かれないことがある。嘘を書く、というより、不都合なことを書き落とす。書かれていないことによって前後が分かりづらいときがある。
その他もろもろの事情によって、現代の読者は『正史』読んでもいまいち全体像がつかめない、ということになってしまう……
隔靴掻痒の感を覚える向きにお勧めしたい本作。
作者が別の出典から見つけてきた事件への言及や、人物の事績をまとめた年表を提示し、あの手この手で読みやすく、わかりやすくしてあります。
作者のいま、現状では分からない、想像に過ぎないことはちゃんとそう断ってありますしね。
と、いうことで、本作の作者(訳者というべきだろうか)が『正史』から彫り起こす、策謀家にして建国の英雄、劉裕を愉しんでみませんか?