水玉模様の魔法~another side~

 喜んで欲しかった。最初は、ただそれだけ。

 地面に落ちた花びらたちが可哀想だと泣く彼女のことが放っておけなくて。泣くよりも笑っていて欲しくて。気が付けば自然と「命令」していた。


 かぜと いっしょに おどれ


 指を一振りすれば、淡い紅色の花びらがふわりと浮かび上がり、彼女の周りを舞い始める。花びらのつむじ風は、彼女の涙を優しく拭っていく。


「す、すごい! すごい! きれい!」


 今泣いた烏が何とやら。涙で濡れていた瞳に輝きが戻る。きらきら、きらきら。今まで見てきた中で一番美しい色を宿した瞳で、彼女は賞賛を贈ってくれた。その素直で純粋な喜びを向けられたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 彼女が特別だと、そう「改めて」思い知らされた、懐かしい思い出。


 生まれた頃から一緒だった。物心つく頃には、隣にいるのが当たり前になっていた。二人の世界はまだとてつもなく小さくて、同じ世界の中で同じように笑い合えていた。


 その世界が崩れ始めたのは、いつのことだっただろう。


 魔法を使うのには、どうやら小難しい理論が必要らしい。原理だとか原則だとか、方式だとか術式だとか。だから、それなりに魔法を使おうとすれば、それなりに勉強が必要だということを後から知った。そのために学校という場所に通わなくてはならなくなった頃のこと。多分、その頃からだ。世界が変わってしまったのは。

 学校で学ばなくても、こちらは生まれた頃からごく当たり前に魔法を使うことができた。それこそ、呼吸をするかのように自然と、ごく当然に。原理原則、何それおいしいの? 方式やら術式やらの勉強が必要だなんて、当方一切聞いておりません。覚える必然性も感じない。

 だから、未だに座学の成績は目も当てられないほどに酷い。でも実技の成績だけは、ずば抜けて秀でていた。実技の加点で座学の不足分を補って余りあるほど。故に、学校では前代未聞の優等生扱いだ。


 それを、人は、天才と呼ぶ。


 自分にとって当たり前のことが、当たり前ではないことを知った。知ってしまった。

 そして同時に、彼女も知ってしまった。自分の幼馴染みが、普通ではないことを。

 学校に通うようになってから、彼女は素直に魔法を褒めてくれなくなった。すごい! きれい! かっこいい! 昔はあんなに瞳を輝かせて嬉しい言葉を惜しげもなく口にしてくれたのに、彼女の美しい色の瞳は段々と陰りを見せた。

 成長すればするほど、自分たちの世界が広くなればなるほど、彼女との魔法の能力の差が開けば開くほど、彼女との心の距離もまた一方的に遠くなっていった。ずっと一緒にいたのに。同じ世界を見ていた筈なのに。今だって隣で同じ世界に立っているのに、心はこんなに遠い。


 それでも、願っていることがある。


 新しい魔法、面白い魔法を思いつくと、決まって彼女を呼び出す。今日だってそう。真面目な彼女は、何だかんだ文句を言いながらも、必ず見に来てくれる。そして、その新しい魔法、面白い魔法を見て、何やってるのと呆れて、落ち込むのだ。自分との差を見せつけられて。

 分かっている。自分の魔法が、今ではもう彼女の心を傷つけてしまうものに変わってしまったことは。もう自分たちは、綺麗なものを綺麗なまま素直に受け止められる子供ではなくなってしまったのだろう。

 それでも、いつかまた、彼女がすごいと褒めてくれたなら。あのきらきらした瞳を見ることができたなら。あと一回だけでもいい。見せてくれたら、今度は自分こそ素直に伝えようと思う。


 僕の魔法はいつだって、君だけに捧げるものなのだと。


 いつか本当に言える日が来ることを祈って、今日も彼女を喜ばせるためだけの魔法を紡ぐ。ありったけの「好き」を込めて。


【おわり】

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