第6話 そこは地獄か極楽か?
寿庵と三本角は閻魔大王の前に立っていた。閻魔大王の横に菩薩もいる。
菩薩に合わせた背の高さになっている閻魔大王を菩薩は睨んでいた。
閻魔大王も恐ろしいが、怒りに満ちた目をした美しい端正な顔立ちの菩薩に、閻魔大王にはない底知れない恐怖を寿庵は感じるのであった。
寿庵の横には三本角がうなだれて立っていた。何故急に呼びだされたのか、そして死ぬ間際に会った菩薩が何故ここにいて、自分を放り出して消えてしまった三本角が何故横にいるのか寿庵は皆目分からなった。
「寿庵よ、どうも面倒な事が起こった。お前の担当だった三本角、こいつがな、最近いなくなったと思ったら、お前に成りすまして極楽に行ってたらしい」
三本角が閻魔大王に何か言おうとしたが、菩薩に睨まれると黙って下を向いた。
「行ってたらしい?あなた本当に知らなかったの」
「勿論、私は何も知らなかったわけで...」
閻魔大王の声がだんだん小さくなる。
「この三本角が全部白状したんですよ。地獄ブックですっごく流行ったんですってね、その”天上天下”なんとかって言う下品なシリーズ」
一瞬言葉に詰まった閻魔大王であったが、話しを続けた。
「それでだ、それでだな寿庵。偽物だということがばれて、お主を慕う者たちが一揆を起こしたというのだ。いやはや、こいつはなんという前代未聞の不祥事を起こして…」
「あなたね、自分には責任がないようによく言えるわね」
死ぬ間際に聞いた心に染み渡る静かな菩薩の声ではなかった。閻魔大王が憐れにさえ寿庵は思えてきた。
「大体、私がこの寿庵にした約束を反故にした、あなたのいい加減さが原因でしょう」
閻魔大王は少し体を大きくし、菩薩を見下ろして言った。
「いいから最後まで話しをさせてくれ」
菩薩が「そんな、下手な脅しは止めなさい」というと、閻魔大王は元の大きさに戻りまた話し始めた。
「ということでな、寿庵。菩薩はこう言うが、流石にすぐに極楽浄土というのも、なんだな、地獄の面子もあるのでな、菩薩にも十分承知してもらった上で、お主にもう一度機会を与えることにした」
「面子って、面子って」
心の中で寿庵はつぶやくのであった。
菩薩のあの時の優しい声が聞こえてきた。
「寿庵。何かの手違いで地獄に落ちたこと、心から済まないと思います。そこで閻魔のいうように、お前を生まれ変わらせることにしました。以前のような善行をつめば、今度こそ間違いなく極楽浄土へ来ることができるでしょう。まあ、閻魔の顔も立てるということで」
「顔を立てるって、顔を立てるって」
また、心の中で寿庵はつぶやくのであった。
寿庵は生まれかわった。
寿庵の誕生を喜ぶ声がする。まだ以前の記憶が残っているのであろう、聞き覚えのある声である。
父の声のような気がする。「いや、そんなはずはない」と思う寿庵にまた声が聞こえた。
「これは元気そうな男の子じゃ。よくやった」
間違いない、父だ。
「生まれかわるって、振り出しに?同じ山賊の家では、善行を積む前にまた悪行三昧になってしまう。これじゃ、また地獄行きだ」
寿庵は泣き叫んだ。
「ほんとねえ、なんて元気な子でしょうねえ。立派な山賊に育ってくれますね」
これは母の声だ。
「ちがーう、ちがーう」
そう言ってはいるのだが「オギャーオギャー」としか声が出ない。
寿庵は必死になって泣き叫び続けた。
「おー、元気な子じゃ、元気な子じゃ。こいつは俺を超える山賊になるわい」
父の喜ぶ声が聞こえ、そして自分が抱きかかえられるのを感じた。
痛い、父のひげが頬に刺さる。
「ちがーう、ちがーう、菩薩様、閻魔様、これでは話しがちがーう」
いくら泣き叫んでも、その声が極楽へも地獄へも届くことはなかった。
そして、以前の寿庵の記憶はだんだんと薄れていくのであった。
地獄にもどった三本角は、自分がこれまで亡者を苦しめていた釜ゆでの刑を千年受けることになった。三本角は地獄ブック史上最大のヒット作の作成者という名誉とともに、溶けては復活する日々を大釜の中で送ることになったのだった。
しばらく経った頃、黒目と鬼童丸が三本角の大釜にやって来て全てを白状した。
「番組の作成者は分かってたよ。気にすんな。これまで一緒にがんばってきた仲間じゃないか。まあ、あれだな、”いいよ”、だよ」
大釜の中で青い体を赤くして三本角が苦しそうに言う。
黒目が済まなそうに言った。
「お前は本当いいやつだな。俺、わかったんだよ、鬼でもやっていいことと、やっちゃいけないことがあるってことを」
横で鬼童丸も頷いている。
三本角は二人を許すように微笑むと、大釜の中に沈んでいった。
そして、「はあああ」と言いながら浮かんできた。
「それにしてもよお、折角のお前の極楽シリーズも、俺達の暴露シリーズも、すぐ飽きられちゃってさ、それが悔しいよな」
「そうそう。だからこの世界はな、新ネタを出し続けないと駄目なんだ。それでな...」
三本角は大釜の中に沈んで行った。
そして、目を輝かせた三本角が浮かび上がってきた。
「それでな、ここだけの話しだけど、最高に地獄映えするネタを思いついたんだ。俺プロデュースでやらないか」
そう言って大釜に三本角は沈んでいき、しばらくすると浮かび上がって来た。
「ええとどこまで話したっけ。そうそう、最後に俺の名前を流してくれるだけでいいから。これは絶対に絶対に大ヒットするから。テーマはな...」
三本角はまた沈んでいった。
沈みきった三本角を確かめると、黒目は吐き出すように言った。
「こいつ、釜ゆで以上の地獄にいるな」
「今の”いいね”だ」
鬼童丸が楽しそうに手を叩いている。
「お前うまいこと言うねえ」
黒目は腹を抱えて笑った。大釜のそこからぶくぶくと泡が浮かんできた。
「三本角が出てくると面倒だから帰るぞ」
鬼童丸は黒目の肩に飛び乗った。そして、そそくさと二人は大釜から去って行くのであった。
地獄、極楽、そのまた地獄 nobuotto @nobuotto
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