第5話 三本角、極楽に行く

 ヒット作が出ないまま時は過ぎ、チームONIの士気は下がる一方であった。

 もともと三本角に付き合ってやっているだけなので、黒目も鬼童丸も向上心は持っていない。

 それでも「ヒット作をつくるんだ。みんな待っているはずだ」と三本角は黒目と鬼童丸を叱咤激励し、全精力をつぎ込んで新規企画を練り続けていた。

 チームONIの名も作品も地獄で忘れさられた頃、久しぶりに三本角から招集がかかった。

 黒目と鬼童丸がチームONIと書かれた木板が落ちかけている小屋に入ると、そこには目を充血させた三本角が立っていた。

 

「同士よ、よく来てくれた。俺は、あれから考えて考えて考え抜いた。そして、答えを見つけたんだ。もうこれしかない。極楽とのジョイント企画だ。極楽に行って写真を撮る。盗撮だ盗撮。極楽の天女美女の盗撮ツアーだ」

 黒目の目が、一回り大きくなった。

「あっそ。帰ろ鬼童丸」と小屋を出ていくのを三本角は「最後まで聞いてくれ」と必死になって止めて話しを続けた。

 三本角の興奮気味の話しが終わると黒目が投げやりに質問した。

「分かった分かったよ。どうやったか知らんが、よーく極楽を調べつくしている。お前の努力にはいつもながら頭がさがるよ。しかしだな、そうは言ってもどうやって極楽にいくんだよ。極楽にいけなきゃ、盗撮ツアーもできねえだろ」

 三本角がこっちに来いというので黒目と鬼童丸が近寄っていくと、小さな声で三本角が二人に言った。

「それがな、寿庵のところに、蜘蛛の糸が降りてきたんだよ。あいつは何もしらないし、極楽と地獄の土地勘がないから、手でいつも邪魔そうに払うだけなんだ。あれはどう見ても極楽から降りてきている。その蜘蛛の糸で登って行こうと思ってな」

 黒目も鬼童丸もあまりの提案に声も出ない。

「お前、気は確かか。そんなのバレたら俺たちが無限地獄だ」

 鬼童丸も首をうんうんと上げ下げしている。

「もうお前には付き合ってらんねえ。いくぞ鬼童丸」

 二人は小屋から出て行った。


 それでも、地獄ブックへの情熱は三本角から消えることはなった。


 監視カメラに極楽に登って来る三本角が写った。

 それを見た菩薩と結衣は大いに驚いた。

 直ぐに糸を切り鬼を地獄に落とせという菩薩に、結衣が耳打ちした。

「菩薩様、されど、ここは極楽の治安が一番重要なことかと」

「確かに、確かに、結衣の言う通り。こうなれば、もうなんでもありにしましょう」

 

 極楽に昇ると目の前に菩薩がいた。あまりのことに三本角はその場にへたりこんでしまった。

「あらま、寿庵。やっと極楽にいらしたのですね」

 菩薩がにこやかに話し掛けてきても、三本角は驚きのあまり言葉もでない。

「ほら、これで御自分を見るのです」

 結衣が差し出した鏡をみると、そこに写っていたのは三本角ではなく、寿庵だった。

「寿庵、寿庵がいる」

 三本角は振り返って後ろを見たが誰もいない。

 鏡に向かってウィンクをすると鏡の中の寿庵もウィンクをした。それにガラガラ声もねちっこい、しつこそうな声に変わっていた。

「俺は寿庵?」

「そうです。あなたは寿庵なのです。勿論そうでないことは私も分かっています。そこでですが、ここから重要なのでよーく聞くのですよ」

 尻もちをついている頭に菩薩は優しく手を乗せた。

「本来、あなたなぞが、極楽に来るなどありえないことです。絶対にありえないことなのですよ。けれど、私は情け深い菩薩です。ここまで登って来たあなたの苦労と熱意に報いてあげるのも仏の情け。そこで、情け深い私は決めました。極楽にいることを許します」

「許して下さるのは嬉しいですが、それより私の体が...」

 菩薩が三本角の頭をぐいっと押したので、三本角は声がでない。

「お前の感謝の気持ちは、よーく分かりました。礼はいりません。その代わり、今から寿庵としてここで暮らしていくのです」

 菩薩の手が頭から離れて三本角はやっと話せることができた。

「へえ。けどですね、なぜ俺が寿庵にならないといけないので」

 菩薩は三本角の頭を地面に当たるまで押さえつけた。三本角は抵抗しようとしたが、あまりに力が強くて何もできない。

「こっちにも諸事情があるのです。あなたは寿庵、それだけでいいのです。これからは何を聞かれても、ただ笑っていること。一言も話してはいけません。ただただ黙って笑っていなさい。どうしてもの場合もハイとイイエだけしか言ってはなりません。分かりましたね」

 目の前の地面に答えるように「はい、分かりました」と三本角は言った。

 頭から菩薩の手が離れた。頭を上げるとそこには後光に包まれた菩薩と、その横には錦絵に描かれたような華やかな女官が立っていた。

「それでは、もう一度、最初から。寿庵さん、極楽にようこそいらっしゃいました」

 煌めくような菩薩の笑顔ではあったが、三本角は体が凍りつくような恐怖を感じるのであった。


 極楽は、地獄で調べていた以上、空想していた以上に極楽だった。

 黒と赤と茶だらけの地獄と違い、極楽は目が眩むほどの艶やかな色に満ちていた。青い空に黄金色の雲が浮かんでいる。どこに行っても、見たこともない色の花々が咲き乱れている。その花々に木陰を与えるように端正な果実に包まれた木々が立ち並んでいた。どの果実からも良い香りが漂ってくる。手を伸ばして果実をもぎ取ると、その後にまた同じ果実が浮かび上がるように現れてくる。一口食べるだけで、何故かお腹が一杯になり幸せな満足感に満たされるのであった。

 そして、どこを向いても綺麗で上品そうな女官が歩いている。結衣を初めて見た時にあまりの美しさに驚いたが、右の左も結衣に劣らぬ女官ばかりだ。地獄の鬼女とは違う女の世界がそこにはあった。

 それに寿庵は三本角が思っていた以上に生前に良い行いをしていたらしく、どこに行っても寿庵様寿庵様と感謝され、崇めたてまつられた。三本角は菩薩から言われた通り、ただ微笑んで黙っているか、たまにハイ、イイエとだけ答えていた。それでも誰も三本角を疑うことはなかった。


 極楽を楽しみつつも三本角は本来の目的を見失うことはなった。

 女官の中でもとびきりの美女に出会うと、後をつけて盗撮した。しかし、今では写真を撮るのが寿庵さんの趣味だということになり、霊板を向けると軽くポーズを撮って微笑んでくれるようになった。決して人を疑うことがない、それが極楽のであった。しかし、微笑む美女だけでは面白みにかける。そこで花園でくつろぐ女官、果実を頬張る女官、湯で体を清める女官と盗撮ならではのカットを三本角は撮りまくった。


 「天上天下、これぞ魅惑の姫、姫、姫」

 三本角が撮影し黒目と鬼童丸が編集したシリーズは大ヒットした。誰が見ても極楽の映像だと思うが、それは言わぬが花という暗黙の了解ができていた。勿論閻魔大王も見て見ぬふりをしていた。

 ”いいね”がうなぎのぼりに伸びていく。100万は直ぐに超え、200万も軽く超えていった。地獄ブック史上だれも成し得なかった300万超えが見えてきたのだった。

 黒目と鬼童丸の元には次々と地獄の鬼たちからの感想・要望が送られて来た。二人はそれをまとめて三本角に定期的に送った。

「チームONIは復活した。そして俺が求めてきたナンバーワンの称号と”いいね”の金字塔を打ち立てる時がやってきたのだ」

 三本角は高らかに極楽の青空に向かい宣言するのであった。


 ちょうどその頃、「タブーへの挑戦者」というシリーズが地獄ブックで始まった。

 大ヒットしている「姫、姫、姫」のスピンアウト番組だ。地獄ブックにアップされた写真や映像の裏話しが面白おかしく漫画タッチで描かれていた。

 これがまたヒットした。

 そして不幸なことに、この番組を見れば盗撮している鬼が誰か、最近地獄から姿を消した鬼、三本角であることがほぼほぼ分かるのであった。


 地獄ブックで「天上天下、これぞ魅惑の姫、姫、姫」がヒットして驚喜していた三本角ではあったが、最近だんだんと心は暗く重くなってきていた。"いいね"が増えれば増えるほど、憂鬱な気分も増えていく気がしていた。

「飽きた。飽きた。飽きて飽きて死にそうだ」

 極楽は何もかもが美しい。見た目だけでなく、心も美しく清らかで誰もが優しい笑顔を絶やすことはない。

 最初はもの珍しくもあり、盗撮という目的もあったので気づきもしなかったが、地獄ブックが大ヒットしたとたんに、三本角は自分の本当の気持ちに気づいたのだった。

「俺はここには向いていない」

 釜で溶けていく亡者の切ない顔、鋸挽きされている亡者の絶叫ほど心くすぐるものはない。通りがかりの鬼と意味なく殴り合い、そして血だらけになっては仲直りし、手を取りあって無心に踊る快感。地獄の鬼女は、気が強くて口も悪いが、豊満な体でセクシーだった。それに比べ、極楽は口喧嘩さえなく、刺激のかけらもない。

 見た目は寿庵になっても心は根っからの鬼である自分の性分に、極楽は地獄以上の地獄としか思えないようになってきたのあった。


 三本角は、勇気を出して地獄に戻してくれと菩薩に頼み込んだ。

 しかし、菩薩にしてみれば、好んで極楽から地獄へ行きたい者などいないと思っている。菩薩は三本角が極楽に来て心を入れ替えたと勝手に思うのであった。

「三本角、いえ寿庵さん、そんな遠慮せずともよいのです。あなたが悪いのではない。悪いのは閻魔なんですから。ずっとここにいていいのですよ」

 ずっとここにいるという言葉に三本角はぞっとした。

「いえ、やはり、私ではなく本物の寿庵がここにくるのが正しい道でありましょうし」

「本物の寿庵?それは昔のことです。今ではあなたが本物の寿庵です」

 なんど菩薩に頼みに言っても、同じ返事しか返ってこない。

「寿庵もこんな気持ちだったんだろうなあ」

 三本角は寿庵のことを思い出した。そして寿庵のようにめげずにやろうと心に決めた。

 しかし、菩薩は閻魔大王ほど我慢強くはなった。

 しつこくやってくる三本角に菩薩はとうとうきれた。

「では、あなたが地獄に降りて、本物の寿庵がここに来るとな。本物がここに来たとなれば、では、今までの寿庵は誰じゃいな。となりませんか」

 菩薩はふざけたように言っているが、目は笑っていない。完全に菩薩を怒らせてしまった。

 帰りたい、帰りたいとそればかり思って三本角は地獄への糸が下がっていた「蓮の広場」に行くと、まだ穴が空いたままであった。

 下を覗くと寿庵がいる。担当の鬼は三本角が知らない新鬼だった。

 地獄から寿庵の声が聞こえて来た。

「お願いだあ、極楽に行かしてくれ!!」

 それを聞いて思わず三本角も叫んだ。

「俺も、地獄に帰してくれ!!」

 下からそれに答えるように、もっと大きな寿庵の叫びが返ってきた。

「極楽に行かしてくれ!!」

 三本角も叫び返した。

「地獄に帰してくれ!!」

「極楽に行かしてくれ!!」

「地獄に帰してくれ!!」

 寿庵も三本角も叫び続けた。

 すると、寿庵と三本角の声は共鳴し始め、そして大きなうねりとなって地獄と極楽に響き渡っていったのであった

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