第4話 極楽での大騒動
「極楽に行かせてください!!」
釜ゆで準備の休憩時間になると、寿庵は閻魔大王の元に行き直訴していた。
「極楽に行かせてください!!約束は約束ではないですか」
釜ゆでの刑に「慣れた」時から、休憩時間になると、必ず寿庵は閻魔大王の元にやって来て直訴した。
あまりのしつこさに、閻魔大王は寿庵の姿が見えると逃げるようになった。
それでも少しでも気を許すといつの間にか寿庵が目の前に現れていて「極楽に行かせて下さい!!」が始まる。そこで、寿庵が釜ゆでから復活したら霊板で報告するように閻魔大王は三本角に命令していた。
しかし、閻魔大王の全てのスケジュールを知り尽くし、また行動パターン・思考パターンを把握するまでになった寿庵から逃げ切ることは容易なことではなかった。寿庵は休憩時間の短い間でも、ほぼ確実に閻魔大王の居場所を突き止めるのであった。
都に流行した疫病で一度に多くの亡者がやってきた。もう何十日も、亡者の話を聞いては、人間界での罪の重さに合わせた地獄選びを続けていた閻魔大王は疲れ切っていた。亡者を運ぶ小鬼達も、閻魔大王に呼ばれても直ぐには出てこなくなった。少しでも休みをとろうとしているのだ。
霊板から「ジョーズ」の着信音が流れた。三本角である。霊板を見ると「寿庵見失う。直ぐに退避を!」の連絡が入っている。
岩と石の大地の向こうから赤い砂煙が見える。恐ろしい勢いで寿庵がこちらに向かって来ている。
慌てた閻魔大王は亡者に化けると「お前たち何もしゃべるでないぞ。もし何か話してそれで寿庵に見つかったら、罪を重くする」と言って亡者の列に潜り込んだ。
寿庵がやってきた。
椅子に座っているはずの閻魔大王が消えている。
「ははーん」
寿庵はそう言って先頭から順々に亡者の頭から足元まで舐めるよう調べ始めた。
閻魔大王まで寿庵がやってきた。
「大丈夫。大丈夫。完璧に亡者になりきっている。もと人間ごときに分かるはずはない」
寿庵は、閻魔大王に気づかず次の亡者を調べ始めた。閻魔大王がほっとした矢先、急にふり返りクンクンと臭いをかぎ始めた
「閻魔様、見ーつけた」
それでもここは白を切ろうと閻魔大王は黙って知らぬふりをした。
「だめですよ、だめですよ閻魔様、いくら形を亡者に変えようとも、まず肌の色艶が良すぎる。それに、臭いだ。形は変えても臭いばかりは変えられない。いつもながら詰めが甘いですな閻魔様」
「ええい、疲れていたからじゃ。いつもの私ならお主ごときに」
そう言って亡者から強大な閻魔大王に戻った。
三本角がぜいぜい言いながら走ってきた。責任上、寿庵に付き添っていないといけない。
閻魔大王が元に戻るを待っていたかのように「極楽に行かせてください!!」と寿庵は言った。
直訴する寿庵への閻魔大王の答えは、判で押したようにいつも同じである。
「だからね、村人を助けるために何十年もかけて岩を掘って道を作った。それは善行ですよ。ええ、並大抵の覚悟ではできない善行ですよ。けどね、その前に無垢な人を殺したんだから。ほんと、残念だけどねえ、その罪は消えないのよ。もういい加減、地獄の掟を分かってもらえないかなあ」
そして、三本角もいつも同じことを言うのであった。
「なあ、寿庵さんよ、もう諦めなよ。毎度、毎度、お前を追いかける俺の身にもなってくれよ。こんな時間があればさ、他にやりたいことがあるんだよ俺は俺なりにさ」
最後に、寿庵は閻魔大王に聞こえるように大きな声で三本角を諭す。
「三本角さん。不当は不当、約束違反は約束違反。私は単に地獄の責め苦が嫌で言っているのではありません。たとえ地獄でも、たとえ閻魔大王でも、間違いは間違いと言っているだけなのです。その間違いが正されるまで、何度でも私は言い続けます」
数え切れないほど繰り返されてきたこの会話を、「寿庵無限地獄」と三本角は呼んでいた。
その頃、極楽は極楽で寿庵が問題になっていた。
「菩薩様、閻魔の返事はどうなりましたでしょうか」
侍女の結衣が聞くと、いらいらしながら菩薩は答えた。
「全然駄目。あの頑固親父と来たら、寿庵の罪はまだ終わらない、まだ終わらないの一点張りなのよ」
三本角の「行く骨、来る人」シリーズは極楽霊板の裏サイトでも流れていた。仏達もその存在を知っていたが、急に増え始めた裏サイトを取り締まるのは面倒なので無視していた。
「行く骨、来る人」シリーズは低俗、下品と言われながらも、極楽にいる人間の間では大人気であった。万が一間違っていれば自分がこうした地獄に落ちていたかも知れない。極楽に来ることができて良かった良かった、そう言って喜ぶためだけに皆見ていたのであった。
その「行く骨、来る人」に寿庵が出演している。寿庵ととも道を作った村人が気づいた。何度も再生して確認した。若くはなっているが、どこをどう見ても寿庵である。寿庵はきっと自分たちとは違う、もっと上級の極楽にいるとばかり思っていたが、実は地獄に落ちていたのであった。
村人は一緒に働いた仲間たち、岩を掘って道を作った善行で極楽に来ていた仲間たちに映像を見せた。一緒に働いていた誰もが怒りで身を震わせ「寿庵を極楽に返せ」運動が始まった。人間世界では「聖人」として寿庵は語り継がれていたので、後世から来た人間達も次々と運動に加わった。
運動の輪はまたたく間に広がっていった。
菩薩がいる金色殿は「寿庵を返せー」という怒涛のような人間の声に囲まれていた。数千の人間が朝も夜もなくデモ行進をしているのであった。
「しかし、菩薩様、寿庵返せ騒動は日増しに激しくなるばかりです。人間どもがこの中に押し入ってくるかもしれません。我々の身も極楽の治安も保てません」
「分かってるわよ。閻魔は言えば言うほど意固地になるの、あなたも知ってるでしょ。私だってどうにかしたいけど、勝手に寿庵を連れてくるわけにはいかないし」
結衣が少し思案して菩薩に言った。
「あのお、蜘蛛の糸を使うというのはいかがでしょうか。菩薩様を連れてきたとなれば角が立ちましょうが、寿庵が勝手にやってきた。と言うことにすれば」
「結衣。菩薩ともあろうものが、そんな姑息な手段を使うなんて」
菩薩はにやりと笑った。
「そう言いたいけど、本当にあなたは賢い。美しさだけなく知恵も備えた素晴らしき乙女よ」
結衣はデモ行進をしている人間達に見つからないように金色殿の地下道から「蓮の広場」に向かった。
「蓮の広場」に着くと「このあたりかしら」と地面に息を吹き掛けた。
すると息を掛けたところにポッカリと穴が空いた。
結衣が下を覗くと釜に入っている寿庵が見えた。「ビンゴ!」と小さくガッツポーズをした結衣は、地獄にゆっくりと蜘蛛の糸を垂らし、監視カメラを置いて金色殿に戻った。
それから「菩薩の間」で寿庵の様子を二人は見続けていた。
復活してはどこかに消えて、三本角と帰ってきては釜に投げ込まれる様子をずっと見続けていた。
あれからずっと寿庵を見続けているが、蜘蛛の糸に全く気づかない。
「もっと分かるように」
と言われた結衣は、今まで少々遠慮をしていた高さから、寿庵が釜に立つと目の前に来るところまで糸を垂らすようにした。
しかし、それでも寿庵は全く気づかなかった。「今度閻魔が行くところは」とぶつぶつ言っては「熱い」と叫んで溶けていくばかりである。
「はっきり分からせなさい」
と菩薩に言われ、結衣が糸を揺らして寿庵の顔にぶつけてみても「邪魔だ」と言わんばかりに払いのけるだけである。
「あー地獄にいるのは馬鹿ばかり」と、菩薩のいらいらは高まるばかりだった。
そして、「寿庵を極楽に返せ」運動の勢いもどんどん高まっていくのであった。
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