第3話 地獄ブック
三本角と黒目は「チームONI」と赤字で書かれた木板がぶら下がっている小屋に入っていった。
小屋に入ると「100万超えバンザーイ」の垂れ幕が下がっていた。二人が扉を閉めたとたん、小屋が急に暗くなった。そして、屋根からぶら下がっているミラーボールがぐるぐると回り始めた。小鬼の
岩を削っただけの椅子に二人が座ると、鬼童丸が跳ねるようにやってきて黒目の膝に飛び乗った。
「凄いよね。凄いよね。そりゃあさあ、閻魔様には負けてるけどさ」
黒目が鬼童丸の頭をなでながら言った。
「閻魔様は義理の”いいね”ばかりじゃねえか。それに比べて俺たちのは正真正銘の”いいね”だ。そうだろ鬼童丸」
「そうだね、そうだね、本物の”いいね”だ」
黒目も鬼童丸も三本角をリーダとしたプロジェクトチームONIのメンバーであった。
地獄で業務連絡用に利用していた霊板に個人的な写真や動画をアップする鬼が現れた。始めは少数であったが、どこかの鬼が投稿を集めた「地獄ブック」を開設するとどの鬼も我も我もと投稿するようなった。
当初は「業務連絡用の霊板を個人利用するなどけしからん」と閻魔大王は怒っていた。しかし、試しに投稿した自撮り「我は閻魔大王なり」がまたたく間に"いいね"100万超えをしたのに気をよくして「山じゃないよ、閻魔だよ」「ネズミに負けたか、閻魔大王!」「砂山に隠れた閻魔はどこにいる?」と体の大きさを変えられる特技を活かした「閻魔七変化シリーズ」の投稿をせっせと行うようになった。
閻魔の公認も得た「地獄ブック」は大ブームとなった。
地獄同様に極楽でも極楽ブックが流行っていた。しかし、ただ綺麗な写真ばかりで面白くない。そのうえ極楽では決して人をけなさないので、切磋琢磨されることがない。その点、地獄の連中の評価は容赦ない。この地獄でヒット作を生み出すのは至難の業であると言われていた。
そこで三本角は才能ある仲間を集め、お互いに切磋琢磨しつつ、地獄一のフォロワー数と”いいね”を獲得するためにチームONIを結成したのであった。
チームONIは、手始めにメンバーそれぞれの地獄のナンバーワンショットをアップした。
これは、そこそこ受けただけで終わってしまった。三本角にしてみれば、これは想定内であった。大体、地獄の景色や仕事風景などは似たり寄ったりである。まずは鉄板ネタでどこまで受けるかやってみただけであった。
しかし、その後のシリーズも練りに練ったアイデアだったにも関わらず鳴かず飛ばずと不発続きであった。チームONIのメンバーは「飽きた」と言って一人また一人と抜けていった。ほとんどの鬼は三本角の熱意に押されてしょうがなく参加していたので、飽きるのも早かったのである。
それも、三本角にしてみれば想定内であった。本当にやる気があり、才能のある鬼さえ残ればいい。大きな目で隅々まで気を配り完璧な編集をする黒目と、どこにでも瞬時に行って撮影ができる機動力抜群の鬼童丸がいれば十分だと三本角は思っていた。三人だけのチームにはなったが、「地獄ブック」に対する三本角の情熱は、燃えに燃えていたのである。
そしてとうとう最新作「行く骨、来る人」が"いいね"100万超えの大ヒットを達成したのだ。
「三本角の執念とアイデアの勝利に乾杯!!」
黒目の音頭で三人はドクロに満たした酒を掲げた。
それなりの企画で鳴かず飛ばずだった状況を打破するために、三本角は自分が熟知している釜ゆでにターゲットを絞った。
亡者が釜ゆでにされると骸骨になるまで溶け、次の瞬間亡者に戻る。骸骨を写し、その骸骨が亡者に戻る瞬間までをショートビデオで流すシリーズ物だ。
見目麗しい美女は、骸骨になっても妖艶さが残る。骸骨から亡者に戻った時に、予想通りの美女に戻れば「俺の読みの勝ちだ!」と満足し、反対に憎々しげな親父に戻っても「やられた!!」となる。三本角の釜だけではバリエーションが少ないので、鬼童丸が地獄中の釜を隠し撮りしまくり、その中でも釜ゆでのビフォーアフターの落差が大きい亡者を黒目がナレーションと地獄のおすすめスポット映像をバックに編集した。
これが大ヒットしたのだった。
「お前は本当に才能あるなあ。鬼にしておくにはもったいない。しかしだ、お前の才能もあるが担当が釜ゆでだった、これがラッキーだったな。それに比べ俺の鋸挽きは冴えねえ。ただバラバラになる亡者ってのは、どこをどういじっても、地獄映えしねえ」
「確かにラッキーだった。けどな、アイデアだけじゃヒット作は作れない。鬼童丸が材料を集めてくれて、黒目が最高に仕上げてくれたおかげだ」
黒目の膝に座っている鬼童丸も嬉しそうに頭を振っている。
「そうだな。俺たちのチームワークに乾杯!!」
黒目が立ち上がって言うと、黒目の膝から落ちた鬼童丸も三本角も気持ちよさそうにドクロの酒を飲み干すのだった。
しかしSNSの宿命で人気はすぐに廃れた。チームONIは間髪入れず亡者と動物が混ざった骸骨を使った「美人の骨はどれだ」シリーズをアップし、また大受けした。
だが、それも束の間、またすぐに廃れた。
時代の人気は針地獄の鬼たちの「針山を超えられるの誰だ」シリーズに移っていた。
「もうネタ切れだなあ」
チームONIの小屋で黒目がつぶやいた。鬼童丸もこくりこくりと頷いている。
チームの士気が下がってきている。
「みんな、どうしたんだ。チームONIの名が地獄中に知れ渡った今こそ、もう一度大ヒット作を世に送るんだ。地獄中の鬼たちが俺たちの新作を待っているんだぞ」
黒目も鬼童丸も黙っている。
「なあ、みんなもう一度やろう。やろうと思えば、やれる。そうだ俺たちはやれるんだ」
三本角は二人に激を飛ばすように拳を握りしめ「やるぞ!!やるぞ!!やるぞ!!」と叫び始めた。
黒目が付き合うように「やるぞお、やるぞお」と三本角の後からぶつぶつ言う。その回りをミラーボールを抱えた鬼童丸が「やるよ、やるよ」と楽しそうに転がるのであった。
三本角がSNSに夢中になっている間も、寿庵は釜の中で溶けては、また元の姿に復活する日々を繰り返していた。
釜ゆでの刑は三本角が寿庵の釜に水を入れることから始まる。水が寿庵の首元まで来たら火をつける。水は次第に熱くなり、そのうち息ができないほどに湧き上がる。熱くて苦しくてもう駄目だと思うと寿庵の意識が消えていく。意識がない間に体は少しづつ時間をかけて溶けていく。体が全部とけると意識が戻り、元の体に復活した寿庵が釜の中に立っている。そして「じゃあ、次行くからな。ちょっと休憩」と三本角が釜ゆでの準備を始める。この繰り返しを延々続けているのである。
今では、単純な流れ作業の中にいるようにしか寿庵は感じなくなっていた。三本角が言っていた「そのうち、慣れる」の境地に達していたのであった。
しかし、復活して釜の中に立つ自分に戻る度に、極楽浄土にいけなかった悔しさがこみ上げてくる。これだけは、慣れること無く、復活する度に悔しさは一層大きくなるばかりであった。
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