第2話 青鬼三本角

 寿庵は恐る恐る閻魔大王に聞いた。

「一応お聞きしたいのですが、ここは、極楽浄土ではあ、ないと」

 閻魔大王の大きな目がより大きくなり、寿庵の体を震わすほどのどなり声が響いた。

「お主、何を言っておる。見ればわかるであろう。ここは地獄。地獄よ。極楽浄土のわけがないであろう」

 体が縮み上がって消えてしまいそうな恐ろしい声である。しかし、その恐ろしさを跳ね飛ばす勢いで寿庵も声を張り上げて叫ぶのであった。

「いや、いや、いやあ、それは話しが違います。確かに家業が山賊であったため幼きころから悪行を繰り返しておりました。しかし、それとて己の意志でなく父母の命により行ったこと。それから出家し修行を積み何十年もかけて、何十年もかけてですよ、岩山を堀り続け道を作るという善行を成就いたしました。その行く末が地獄というのは。それは、それはおかしい」

「お主、よくしゃべるなあ。それは知っているよ。けどな、どーんなに善行を積んでも、やってしまった罪は消えないのだ。それが掟なんだよ」

 閻魔大王は面倒な死人が来たと言わんばかりである。

「いや、いや、いやあ、掟と言いますが」

 既に死人であったが、寿庵も必死である。

「閻魔様、死ぬ間際に菩薩様から極楽浄土に行くと確かに私は聞きました」

「菩薩かあ。菩薩ねえ」

 寿庵が吹き飛ぶばかりのため息をつき閻魔大王は立ち上がった。寿庵が見上げても胸までしか見えない。そして地面にどんと座りあぐらをかいた。

「もっちと。こちらへ来い」

 寿庵が近づいていくと閻魔大王はそれに合わせるように小さくなっていく。閻魔大王の前まで来たときには、寿庵と変わらないくらいの大きさになっていた。

「耳を貸せ」

 閻魔大王は寿庵の耳を口元まで引っ張って囁くのであった。

「その話は聞いたよ。全く、あの人は、人間に褒められたくて好き勝手なことを言う悪いクセがあってな、ほんとに困ったもんだ。悪いがなあ、菩薩が言ったことはお主の胸にしまっておいてくれ」

「胸にしまっておいてくれと言われてもこればかりは」

「お主、坊主のくせして物分りが悪いやつじゃなあ」

「坊主であろうが、なかろうが、約束は約束。私は納得いきません」

「ええい、しつこい奴だ」

 そう言って立ち上がった閻魔大王は、また胸までしか見えない強大な閻魔大王に戻っていた。

 空から落ちてくるような声がした。

「菩薩が治める極楽浄土とここは管轄が違うのだ」

 寿庵も空に向かって叫ぶように言うのだった。

「閻魔様、それでも約束が、約束が違います」

「ここに来てしまったからには、終わりなんだよ。お、わ、り。鬼ども、この亡者をを連れて行け」

 数十の小鬼が地面から飛び出すように現れた。

 小鬼は一斉に寿庵に飛びかかり、寿庵を棒に括りつけた。

「閻魔様、この亡者連れてまいります」

 そう声を揃えて言うと寿庵が括り付けられた棒を「せーの!」と担ぎ上げた。

 そして、小鬼達は「ワッショイ、ワッショイ」と寿庵を運び始めた。

「いや、いや、閻魔様、閻魔様、もう少し私の話しをお聞き下さーい」

 寿庵の悲痛な叫びも閻魔大王からどんどん遠ざかって行くのであった。


 小鬼達が寿庵を連れて行ったのは釜ゆで地獄であった。

 釜の前には、寿庵の頭2つ分くらい大きな青鬼が立っていた。

「お前さんが寿庵かい。俺が担当だ。宜しくな」

 挨拶のつもりか、青鬼は寿庵の肩をポンポンと叩いた。

「じゃあ、早速始めるか」

 三本角は寿庵の襟元を掴んで釜の中に投げ入れた。背伸びをしても、飛び跳ねてみても釜の縁には手が届かない。

 三本角が、ホースでジョボジョボと水を入れ始めた。

「これはいわゆる釜ゆで地獄というものでしょうか」

「そうだよ。これからゆっくり茹でていくからな」

「釜で亡者を生きたまま煮つづけて骨まで溶かすという地獄ですよね」

「そうそう。この頃は、人間もよく勉強してるから、話が早くていいや」

「熱いんですよね」

「そりゃあ熱いよ。最後には体が溶けるほどだからな」

 水が寿庵の腰まで溜まってきた。

「それにしてもお前さん、あっちの世界では偉い仕事してたんだって。それでも犯した罪は罪だって地獄に落とされたそうじゃないか。閻魔様も情け容赦ないねえ」

「そうなんです。あまりに酷い。そう思いますよね。鬼さん、とお呼びするのでしょうか」

「三本角。俺は三本角」

 確かに頭から二本の角と額から一本の角が出ている。

「それでですね、三本角さん、もし私を憐れと思われるのでしたら、なんと言いますか、少し温めにして頂けたらと」

「はああ」

と三本角は寿庵を睨んだ。優しそうだったが、はやり鬼は鬼であった。

「そうはいかないね。こっちも仕事なんで、目一杯熱くさせてもらうよ」

 この先の事を考えると恐ろしくて寿庵は体の震えが止まらなかった。

「そう心配すんなって。大丈夫だから、あちいと思ったら直ぐに体が溶けるようになっているから、そう辛いもんじゃねえよ」

「本当に辛くないのでしょうね」

「はああ」

と三本角はまた寿庵を睨んだ。

「あんたね、辛くなきゃ、地獄の意味ないでしょう。そうは辛いわけじゃないが、ちゃんと辛いに決まってるでしょう。分かった分かった、そんなに怖がるなって。まあなんだな、そのうち慣れるよ」


「よお、三本角」

 面倒くさそうに寿庵に話す三本角の後ろから声がした。

「やったな、”いいね”とうとう百万超えしたぞ」

 三本角は釜を煮る薪集めの手を止め「なあ、言った通りだろ、黒目」と満面の笑顔になって振り返った。

 顔の上半分が全部目と思えるほど大きく真っ黒の目をした鬼が、三本角と同じ様に満面の笑みで立っている。

 三本角は集めた薪を釜の下に投げ込んで火をつけた。火をつけたとたんに釜は一瞬にして炎に包まれた。

「寿庵さん、俺こいつと話があるから、悪いけど一人で煮立っててくれ。2,3日すればいい湯加減になるから、その頃には帰ってくるわ」

 そして三本角は黒目と肩を組んで楽しそうに歩き去って行くのであった。



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