地獄、極楽、そのまた地獄
nobuotto
第1話 極楽から地獄へ
村中が悲しみに包まれていた。
子供から年寄りまで全ての村人が、死を待つだけとなっている寿庵を取り囲んでいた。長い年月の労苦のため、見ることも聞くこともできない寿庵の体であった。
寿庵の命がまさに尽きようとする、その時だった。
寿庵の体は温かい空気に包まれた。
眩いばかりの後光を背にした菩薩様が、寿庵の見えぬはずの目に見えてきたのだ。
「寿庵よ。そなたは、村人のため長きにわたり
「菩薩様。誠にありがたきお言葉。これで、私の若き頃の悪行も少しは償えることになりますでしょうか」
肉が削げ落ちた皮だけの頬に寿庵の涙が流れていった。
「人というのは、生まれ落ちる家も親も選ぶことはできない。盗賊の家に生まれ、親の言うままに非道をしつくしたお前の罪は罪である。しかし、人はまた、生きたまま生まれ変わることもできるのである。そなたの善行は、それまでの悪行を消しさるとともに、お前を極楽浄土へと導くことになるであろう」
これが夢なのか幻なのか寿庵も分からなかった。
しかし、命が尽きようとしている今この時が、極楽浄土への始まりなのだ。
そう思うと、寿庵の心は幸せに満たされていくのであった。
無になった自分の意識が少しづつ目覚めていくようであった。
しっかりと大地に立っていることを感じる。
溢れんばかりの力が体に満ちていることを感じる。
「ここが菩薩様の言われた極楽浄土か。私はもう年老いて朽ち果てた体ではない。なんという
寿庵は両手を空にかざした。
薄暗かった世界が夜が明けるように見え始めた。
「そして、極楽浄土の美しき空、美しき空、美しき空...とは言えん」
生き血で描いたような真っ赤な空が広がっていた。
「臭い。うー、たまらんほど、臭い」
吐き気を催すほどの生臭い空気の中に投げ込まれたような気分だ。
そして目の前に広がってきたのは岩と石に覆われた大地だった。
「ほら、何ぼーっとしているのじゃ。こっちを向かんか」
岩と石の大地に響き渡る声に寿庵は振り返ると、毛むくじゃらの木が二本立っていた。
いや、木ではない、これは足だ。
寿庵が見上げると、そこには、全身赤く、全てを見透かすような目をした大男がどっしりと座って寿庵を見下ろしていた。被っている冠は小山と思うほど大きい。
極楽浄土の菩薩ではない。
地獄図絵でみた閻魔大王に違いなかった。
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