蜂蜜酒
あがつま ゆい
蜂蜜酒
関東のとある地方都市に、その男は住んでいた。
職を転々としており今はブルーカラー、要は工場勤務として潜り込んでいる。
成績は悪く「仕事したふりをして社会貢献したつもりになっている」という程。
それでもある事情から会社としては雇うメリットがあるためなんとかクビにならずに済んでいる。そんな男である。
当然勤労意欲は地の底よりも低く、何でこんな苦労してまで働かなければならないのだろうと常に疑問に思い、仕事熱心な上司や同僚は何でそんなにしゃかりきに働くのかが一切分からないし理解する気も無い。
手を抜いても120%の仕事をしても給料は同じなのに。と思う良いか悪いかで言えば間違い無くダメな社員だった。
クリスマスも終わりもうすぐ年末を迎えたある日の土曜日、男はいつものようにネットサーフィンで時間を潰していた。そんな時、興味本位であるキーワードを検索することにした。
「蜂蜜酒」
最近、普段見ているまとめサイトで
ヒットしたのは蜂蜜酒を売っているネット通販サイトの数々。その中から蜂蜜専門店を名乗るサイトにアクセスした。専門店ならより深く知っているからいいものがあるだろう、と思ったからだ。
そのサイトでは十数点の商品が並ぶ中、その店で人気度が1番高い商品を選び、購入した。値段は普段男がスーパーやコンビニで買ってる酒と比べればかなり高かったが、年に1度位の贅沢ならいいだろうと思ったのだ。
数日後、特にトラブルも無く無事に商品が届いた。ワインのようにコルクで栓がされているところに一種の高級感があった。
幸いコルク抜きは家にあったので問題なく栓を抜き、普段使いのコップに注ぎ、一口飲んでみる。
!? 何だこのうま味は!?
まず舌に広がるのは、濃く、そして深い甘み。
ただ砂糖や甘味料を足しただけでは絶対に出せない蜂蜜が持つ独特の甘みとうま味、そしてコクが発酵で熟成されたのかより濃厚になっているように感じられる。
さらにアルコールも普段飲んでる安酒のように、舌や脳に直接ガツンと来るようなものではなくマイルドなまろやかさを持っている。普段の酒よりも倍近いアルコール度数であるにも関わらずに、だ。
加えて隠し味なのかハーブかスパイスの一種が混ぜられているらしい。それが対比効果となって蜂蜜の甘みをより引き立たせている。
すぐに2杯目を注ぐが今度は半分ほどコップに注ぎ、水割りにして飲む。
最初の1杯はカルピスの原液とまでは行かないが、いささか濃すぎて味がくどかった。水で薄められることでそのくどさが無くなり、それでいて不思議な事に甘みはほとんど損なわれることは無かった。
あっという間に2杯分飲んでしまう。
……何てことだ。酒というのはこんなにも美味い物だったとは。
男はスーパーで買える安物の酒を飲んで酔っていた自分を恥じた。これが酒というのなら、今まで飲んできたのは
男が今まで持っていた酒に関する常識を、根底からくつがえすものであった。
年が明けると、男は以前よりもまじめに仕事に取り組むことにした。もし会社をクビになったら蜂蜜酒を飲む酒代が無くなるからだ。
さらに、今まで週3回は飲んでいるスーパーの安酒もピタリと止まった。
あんな下らないものでもしも肝臓を壊しでもしたら、2度とあの味を体験することが出来なくなると思えば辞めるのにためらいなどは一切なかった。
蜂蜜酒を飲む以前よりも、彼はまじめで健康になったのだ。
また、酒ビンと一緒に入っていたチラシによると蜂蜜酒には伝統的な製法で醸造される濃厚な「古典派」と現代になって産まれたスッキリとしたテイストを持つ「現代派」の2種類のトレンドがあるらしく、同じ蜂蜜酒と言えど両者では大きな違いがあるらしい。
しかも蜂蜜の蜜源となる花の種類や醸造所の違いを含めるとワインに勝るとも劣らない大海のような広さがあるという。
以前飲んでいた安酒には決してない、知れば知るほどより面白くなる奥深さがあったのだ。
後に彼は
蜂蜜酒 あがつま ゆい @agatuma-yui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます