エピローグ
武祭から無事に帰ったヴァルたちは、カルオット神殿の全面的な協力の下、忙しくも身支度を調える。
その間にイクス・カルオット・ワイズ教皇が、例のネコババ枢機卿、ガンドールを解任。
しかも二階級下の司教へということもあり、なかなかの大騒ぎになった。
もちろんカルオットの歴史からしても異例に分類される。
何せ教皇自らの指名と断罪に加え、他の枢機卿が誰一人庇うことなく終結した稀有なパターンなのだ。
世界協定で認定される勇者相手にカルオットの役職者が金を抜くなど、教会が全世界に喧嘩売るようなものだ。
情状酌量の余地はなく、迅速に行ったのは当事者であるヴァルへの配慮だと言えるだろう。
ついでにルイーズが追求したスヴェン、ヴァルに野次を飛ばした残りの二人も同時期に一階級降格の上で謹慎処分。
それらを秘密裏に処理することを選択せず、むしろ
とはいえ、その三人が都合よく別の派閥に属していたため力関係はさほど変わらないとのこと。
実に上手く組織運営を行っているものである。
ちなみにガンドールの降格理由は『
勇者に絡めていないのは世界的な体面なのだろうが、余りに不名誉すぎる罪状は社会的に殺意が高すぎる。
極め付けが『背
これは放逐して筋違いな復讐を行わせないための処置だそうで、このままガンドールは一生飼い殺しにされることになる。
ともあれ、これらの事柄は間借りしているだけの勇者一行には関係のないことだが。
そこまでの処置を終え、次に口約束の『勇者への援助』が持ち上がる。
端的に言うと神殿から旅費が出たのだ。
内訳は『火山周辺の治安維持』と『火竜討伐報酬』。
特に後者は金額が大きく、神殿だけで火竜素材を買い取るのは無理なので、これから開設されるらしいヴァルの個人口座に追加していってくれるそうだ。
この僻地で金持ちになっても引き出すには随分と手間がかかるため、何かしらの対策を取る必要があるかもしれない。
そうしたヴァル個人への報酬とは別に、『巫女ルイーズ・カルオット・ヴィヴィの護衛』という形でも旅費を渡された。
国際規約にある『勇者の私的流用』に抵触しかねないが、そもそもヴァルの目的地にルイーズが同行する形を取っている。
道すがら守ってもらうのだから、指摘されても『偶然』なので何も痛くない。
何とも理屈をこねるのが上手いものだ、とヴァルは一人感心しきりである。
ちなみにルイーズとワイズが『カルオット』の名を持つが、二人は親類ではない。
武祭の歴代優勝者……巫女と
だから元々は『ルイーズ・ヴィヴィ』だし、教皇も『イクス・ワイズ』で、この神殿で『カルオット』を名乗る者は総じて重鎮とすぐわかるわけだ。
ヴァルがこの辺りの事情に無知なのは、相手にしてきたのが国家ばかりだからだ。
それに宗教と言うものは特色が強く、肩入れした挙句に戒律を破って異端審問が行われるなんてのは非常に困る。
勇者の肩書に相手に突撃してくるやからはそういないと思うが、特に国教にもなっていない辺境の宗教では知識が足りないのも仕方がない。
「ガンドールに持ち逃げされていた換金分が盛大に色を付けられて返ってきたな」
金に困ることのほとんどない勇者の立場でも、金を積まれて悲しいわけがない。
旅をするにも装備を整えるにも金は必要なわけで、ありがたく頂戴したわけだが、その資金源がガンドールの資産から捻出している辺りが非常に好感を持てる。
それらすべてがワイズ教皇の差配というのだから、神殿の本気具合が伺える。
「ではいくかヴァル」
支度が終わり、後は出発を待つだけのヴァルが物思いにふけっていると、美少女にしか見えない竜神アルカナが艶やかな黒髪を揺らして声を掛けて来た。
少し前に女官たちにコーディネイトしてもらった法衣に、ヴァルが渡した水蜥蜴の衣を羽織るだけで朝っぱらから何とも神々しい。
そこに仄かな笑みを乗せた表情は、背後にありもしない後光を幻視させるほどに強烈な印象を与える。
このアルカナをナンパする勇気のある者が居れば逆に賞賛したいが、無知を発揮してついていったり迷子になりかねない。
出発前からヴァルは『もう少し地味なヤツはないのか』と内心で嘆いていた。
「荷造りは完了しています」
荷物を背負い直しながら告げるのはカルオットの巫女ルイーズ・カルオット・ヴィヴィ。
できる女風の見た目でカルオットで一・二を争う戦闘巧者。
少し厚着の旅装束の上からでも分かるスタイルの良さは、動きを邪魔する贅肉や筋肉が必要最小限しか付いていないからだろう。
「何処を目指すの?」
しおらしく聞いたのは昨日猛威を振るった『勇者の断罪』で、辛くも命をつないだ勇者
ヴァルと同じく身軽な格好なのは、気温に左右されない加護持ちの証明かもしれない。
ちなみにヴァルを止めた上に治療まで施してくれたアルカナに心酔していたりする。
思い返せば仲間内で行われたマッチポンプであり、結果だけを見れば実にちょろい信者であった。
「とにかく戦線の情報が欲しい。この辺境じゃ手に入る情報が遅くて状況が把握しきれないから、まずはイルーナを目指そうと思ってる」
初めて明かす目的地は、ここから行商が半年くらい掛けて向かう程度に離れた場所だ。
ルイーズはうんうんと二度ほど頷く仕草で、残りの二人は同じように共に首を傾げる。
有名なイルーナを知らないイルマは、どうやら勇者の心得どころか地理にも疎いようだった。
一体出身国のイワンで何を学んできたんだろうか……ヴァルは静かに溜息を吐く。
「それじゃ教皇が馬車用意してくれてるからさっさと乗り込むぞ」
「騎乗でいくのか。これもまた初体験だな!」
「違う。後ろの箱だよ。ほら、ルイーズが荷物を積み込んでるだろ」
「ふむ……だが中はいっぱいのようだが?」
「は? あ、おい、ルイーズ。その荷物の量どうにかしろ!」
「何をおっしゃいますか! 女子には様々な準備が必要なのですよ?」
「アルカナ、ちょっとその辺の空けてみろ」
「あぁっ! だめですアルカナ様! イワンの勇者も止めてください!」
「わたしにそんなことできるわけないだろ」
「ふむ……この箱は下着、そっちのは服、もう一つおまけに服……かばんの中にかばん? なんだ、衣装ばかりじゃないか」
パカパカと積荷を開けていけば、神殿から持ち出した衣類がわんさかあふれ出る。
こめかみに青筋が浮かぶヴァルは、ただ静かに「五分で荷造りし直せ」と宣言した。
「今からですか?!」
「今からだよ馬鹿! 百歩譲って二箱だ。できなきゃ全部置いていくぞ!」
「横暴ではありませんかヘンライン様?!」
「お前のせいで出発が遅れてるんだ! 食料品ならともかく荷物増やすんじゃねぇ!」
「うぅ……仕方ありませんね……」
そう言って馬車の外にぺいぺいっと荷物を放り出し、中身を組み替えることなくヴァルの宣言した二箱を残した。
手際の良さを見るに、最初から分かっていて載せた可能性が非常に高い。
半眼になるヴァルは、その計算高さをもっと有意義なことに使って欲しかった。
「こほん。それじゃ出発だ。全員乗れ」
フードを被って顔を隠したヴァルは、御者台に乗って馬の背を優しく叩いて合図した。
ガタゴトと動き出した馬車の物珍しさに、アルカナが外を眺めて目を輝かせていた。
片翼の竜 もやしいため @okmoyashi
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