第4話 就職事例① 刑務所

「難攻不落と呼ばれている伝説の刑務所か」

 ギルドの金を不正に使ったことで、俺はこの刑務所に収監されることになった。運送用の馬車から降りて連れていかれたのは所長室だった。

 しかし、何だこいつらは。俺を連れてきた職員はどう見てもカタギに見えそうにないくらいの容姿をしていた。顔に刺青を入れている奴や大量にピアスを空けている奴もいるくらいだった。

 もしかして、難攻不落と呼ばれているのは物凄い厳しいとか、悪質とかそういうことなのか? そんなもやもやしたものを抱えながら俺はここの所長と対面することになった。

「僕がここの刑務所、通称ホームの所長をつとめているアキバだ。君がしっかりと自分の罪を改めて更生するためにも出来る限りのサポートをしていくつもりだ。だからこそ、君にも惜しみない協力を忘れないでもらいたい。分かったかね」

 比較的、短い文言で話は終わった。だが、正直、俺にはそれよりも気になることがあった。

 何だこいつは。

 見た目から判断すると俺よりも年上なのはありえない。多く見積もっても、せいぜい十六、七にしか見えない。オマケに他の職員はぴっちりと制服を着ているのに、目の前の男はすごくゆったりとした服装だった。

 こんな男が難攻不落と呼ばれている刑務所の所長? 一体どういうことだ?

 悶々としたものを抱えながら立っていると。

「ねぇねぇ、君。ちゃんと聞いてるの」

「え、あ、はい」

「ちゃんとして貰わないと困るよ。今日から君はここの家族になるんだから」

「すみません」

「これからは気を付けるように。はい、握手」

 俺は自分よりも年下であろう所長と握手を交わした。


「ここがお前にあてがわれた部屋だ。これからの事は明朝説明する。だから、今日はしっかり休んで明日に備えろ、分かったな」

「はい」

 俺にあてがわれた部屋は、格子戸でもなければ、薄汚い一室でもなかった。アパートの1DKのように狭いけれど、刑務所暮らしとは思えないほど恵まれた部屋だった。

「見張りもいない、オマケに扉の鍵まで渡してくれる始末。一体全体この刑務所はどうなってんだ」

 本当にここは難攻不落と言われている刑務所なのか? あふれ出てくる疑問に蓋をしつつ、俺は明日に備えて眠ることにした。


 ここに来て一か月が経った。結論から言うと、ここでの生活は難攻不落の刑務所と言われているのが信じられないくらい拍子抜けした生活だった。飯は普通にうまいし、大手ギルドから発注されてくる仕事であったり、外の世界で生きていくための座学や基礎体力作り、資格講座は退屈でありながらも、やりがいがある仕事だった。

 だが、そんな生活の中で一つ奇妙な行事がある。それはあの所長による挨拶兼握手の行事だった。聞くところによると、所長は毎日欠かすことなく、全囚人だけではなく、職員に対しても握手をしているのだそうだ。

 一体、何のために?

 そんな疑問を抱えつつも、俺の生活は続いていった。


 だが、そんな生活も三か月も続いていくと、段々と俺自身の中に鬱屈とした感情がたまるようになってきた。あんな見た目とは思えないくらいの穏やかな態度な職員も仕事をこなしていく日々も何か物足りないと感じるようになってきたのだ。

 確かに囚人の身分から言ったら破格の扱いなのかもしれない。

 でも、それにしたってここでの日々は穏やか過ぎて、刺激がない。

 刺激がなさすぎるのだ。

 ああ、何とかならないものか。

 そして、俺はある決意をするのだった。

 脱獄だ。


 消灯時間は二十二時だが、すぐに実行するのは危険だと感じた俺は二十三時から実行することにした。なるべく音をたてないようにそっと扉を開けて、すり足且つ速足で移動を開始した。そんなことをすればすぐに見つかりそうな気がするものだが、先程言ったように見張りの者は誰一人いないので、見つかることなく出口に向かって移動することが出来た。

 そして、門の所まで来た。

 拍子抜けするほどあっさりだ。オマケに鍵を使って開けるタイプのものではなく、備え付けの扉だったので、あっさりと刑務所の外に出ることが出来た。

 そして、俺は夜の街へと繰り出した。

 その姿をじっと見つめている者の存在には気づかず。


 どうして戻ってきたのですか。

「何か離れてみると、急に刑務所での暮らしが恋しくなってきたんです」

 恋しくですか。

「さすがに何らかの罰が下されると思ったのですが、所長は今回のことは水に流すと言われ、今に至ります」

 それは良かったです。

「だから、これからは罪を償ったら、ここの刑務所で働きながら恩返しをしていきたいと考えています」

 頑張ってください。


 アキバ所長は魔法が使える。

 その能力は家を恋しがる気持ちを高めるもの。発動条件は相手の手を握る事。しかもその回数が多ければ多いほど気持ちを高めることが出来る。

 元の世界では引きこもりだったアキバに相応しい能力。

 ちなみにここの刑務所の職員のほとんどが元受刑者である。その理由は言わずもがなである。

 

 

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異世界人材派遣センター 花本真一 @8be

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