頭が良くなる秘密

usagi

第1話

「頭が良くなる秘密があるって知ってるか。」


私がリビングでテレビを見ていると、突然お父さんが話しかけてきた。

また、変なことを。

お父さんはいつもそうだ。


「内緒なんだけどさ。その秘密を見つけた人はみーんな頭がよくなっちゃうんだ。」

「どんな難しい学校だって受かっちゃうんだよ。」


そういえば、私が4月に五年生になった時から、「そろそろ塾に行くってどうかな。」とお父さんに聞かれるようになっていた。どうやらお父さんは私に塾に行ってもらいたいようだった。


学校の宿題ですらやる気がしないのに、塾に行くなんて私にはとても考えられなかった。


「あのね、その秘密は塾に行ったらわかるんだよ。きっとわかっちゃう。」

また言ってきた。


「は?そんなわけないじゃん。」

「だったら、塾に行った人はみんなその秘密を見つけ、どこの学校へも入れちゃうってこと?」

「なわけはないでしょ。」


「はっはっ。」

お父さんは、マンガのキャラクターのような笑い方をした。


なぜ自信を持ってそんなことが言えるかと言うと、お父さんは、自分自身がそうだったから、間違いない、ということなんだそうだ。

ちなみにお母さんも同じように、小学校のときに秘密を見つけたと「お父さん」は言っていた。たぶん嘘だけど。いつも忘れ物ばっかりしているお母さんが頭がいいとはとても思えなかった。


「あのね、お父さん。」

「優勢遺伝と隔世遺伝って知ってる?」

「おじいちゃんが禿げていて、お父さんはフサフサ。息子は禿げるの?フサフサになるの?」

「そんなのわからないでしょ?」


「フッフッフッ。」

お父さんは、また不思議な笑い方をした。


「『お父さんの両親もお母さんの両親も、みんな小学校時代に頭がよくなる秘密を見つけたから、お前もその遺伝子を引き継いでいるに違いない。』なんていい加減な話、私は絶対に信じない。大体そんな秘密なんてあるわけないでしょ。」


お父さんはニヤッと笑った。

「ゆうはね、わからないから仕方ないよな。」


「もう!」


私はそんなのほほんとしているお父さんの姿を見ていると、くやしい気持ちがあふれだし、逆にお父さんの話を理解しようと努力してみようかと思った。


そして色々と考えた挙句、私は五月から塾に通うことにした。


国語の文章題の中、日々の算数の宿題の中や、社会の地図帳に、その秘密が書かれていないかと探した。

わからない問題は解説を読み、「どこにも見つからないじゃん」、とつぶやきながら勉強を続けた。


そうこうしているうちに、最初は30しかなかった偏差値が、数ヶ月で60までみるみると上がっていった。


それだけ勉強しても、塾のテストでいい結果が出ても、なかなかその秘密を見つけることはできなかった。


日々は流れ、いつの間にか私は6年生の2月を迎えた。

そして、いよいよ受験日当日となった。


「あー。こんなときに限って。」

私は朝起きると体に違和感を覚えた。のどが痛く、体全体が熱っぽかった。


「なんだか、風邪ひいたみたい、、、。」

「あー。勉強の神さまは、結局私には力を与えてくれなかったのか。」

と私は心底がっかりした。


結局に万全な態勢で試験に臨むことはかなわず、案の定、翌日パソコン上で発表された合格発表画面から、自分の番号を見つけることはできなかった。


「あーあ。」

結局、お父さんの言ってた「秘密」を見つけられなかったな、と思うと、

体から力が抜けた。


私がソファーにもたれかかっていると、お父さんはうれしそうに声をかけてきた。

「大丈夫だよ。」と言って頭をなでてきた。


「ゆうは、秘密を見つけたんだよ」、とニコニコしていた。


何が大丈夫なんだか!

私は段々と腹が立ってきた。



そして、春を迎えた今、私は女子の御三家と呼ばれる桜友学園に通うことになった。


なぜかって?


いわゆる繰り上げ合格で、ね。


私が不合格になったときの話をすると、お父さんは、

「まったく心配なんかしていなかった」と言っていた。


私がお父さんの言っていた秘密を探している間に、勉強することを覚えたと、むしろ喜んでいたらしい。


仮に私が受験で失敗して、どこにも受からなかったとしても、私が努力したことには間違いないわけで、本人にとって、その後の力になると思っていたのだそうだ。


そうかもしれない。

私はいつのまにか頭が良くなる秘密をつかんでいたのかもしれない。


自分に子供が産まれたら、きっと、頭の良くなる秘密を教えてあげよう。

お父さんが自分にしてくれたように、大きく構えて。


私の人生はまだ始まったばかりだ。

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