第十五話 月の下の狼

 河野先生に助け舟をもらったので今日は何とかあの人たちから逃れることができた。

 どうやったら戻れるだろうか。きっと優弥兄さんもしびれを切らしているころだろう。河野先生はここから逃げてしまえば職場関係が崩れてしまう。


 今日は河野先生の部屋にいることになった。

 監視してろよときつく言われたらしいが、適当に返事をしている姿が目に浮かぶ。


「この部屋は外の景色が見えていいですね。満月がきれいです」

「満月かぁ。確かにきれいだけどそのきれいさにはとげがあるものだ」

「そうですか?」


 ずっとこの月を見ていると何もかもは忘れるとまではいかないがスッと気持ちが軽くなる。


「そらっちは狼男とかの“モンスター”は信じちゃったりする?」

「満月だからですか? あんまり信じないですね」

「超能力はあるのに? そこは竜也と同じなんだね」


 ずっと外を眺めていると何かの叫び声が聞こえたような気がした。いや、詳しくは遠吠えが。これは空耳には感じられない。嫌な予感が――。


「先生、杉田先生はオオカミになれるんですよね?」

「もちろん。あの性格を見てれば分かるっしょ。獣のまんまだ」

「そのパワーが満月の日に増殖しちゃったりなんかしませんよね?」

「それはどうかな。あの性格だし」


 背筋がぞっとする。

 あの遠吠えの正体はまさか。


「なんか嫌な想像をしちゃいましたよ」

「想像だといいねぇ。あの満月に照らされる狼男の姿が」


 河野先生の目線の先には何かの影があった。

 遠くの丘に人影のようなそうでないようなものが照らされている。よく目を凝らすと耳や尻尾が見えるような。


「先生、私もう夢の世界にいるんですかね」

「襲ってくるかもな。大空の血をよこせって」

「それはないですよ。人間ですし……」

「まあこれまでは大丈夫だったけどね。今日はもう寝ようか、疲れてるだろうし」

「じゃあ私ソファで寝ます」


 河野先生にもらった布団をかぶり、ソファに腰掛ける。ふかふかのソファだ。

 何かあったら怖いので座って寝る作戦。

 河野先生は一人にするのは嫌だと一緒に横にいてくれた。こういうところは竜也叔父さんに似ているんだよね。


 絶対寝ないと思っていたらいつの間にか眠りについていた。

 河野は大空の寝顔を見ながらも時々横の窓を覗く。


「あれ? いないなぁ」


 満月はただ大地を照らしているだけだ。

 ぼーっとしていると後ろのドアがゆっくりと開くのに気づく。


「おっウルちゃん、もうオオカミにならなくていいの?」

「ウォッタさん、本当に見ているだけだったんですか」

「え?」

「てっきり寝ている間に記憶を消そうとしてるのかと思いましたよ」


 河野は笑みを浮かべながら言う。


「そんなに意地の悪いことはしないさ。いくら敵でもこんなに気持ちよさそうに寝てるのに邪魔できないよ」

「そうですか」

「快適な眠りが健康に大切だからな」

「満月でちょっと獣の本能が出そうになっちゃいましたよ」

「ん?」

「王家の血が欲しいなぁなんて」


 その言葉に河野は鋭い視線を向ける。

 その視線に杉田は何かを感じ、その場を去った。


 そのすぐ後に大空は快適な眠りを楽しんでいたが先ほどの物音で起きてしまった。


「先生、どうかしたんですか」

「いや、なにも。先生って呼ばれるのもいいけどさぁ俺、優弥みたいに兄さんって呼ばれたいなぁ。竜也みたいにオジサンは嫌だけど」

「別にいいですけど。先生って下の名前なんでしたっけ」

「かなしー。ひどいよそらっち。俺の名は河野霜真こうのそうま

「すいません。じゃあ、そう兄さんで」

「いいね。もう一回呼んで!」

「えー?」


 こんなくだらない二人の会話を大きな耳を澄ませて聞いている者がいるとはこの時の二人に知る由などない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超能力者も楽じゃない!? 如月風斗 @kisaragihuuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ