第3話 出会い

その店は美しいマダムがオーナーを務め、ソムリエをしている店だった。


私のプレミアババアからの洗礼はそんな店だった。

ヌーベルキュイジーヌ寄り、そんなフレンチ。

今の世の中では、重めのフレンチ、ヌーベルキュイジーヌとで、

若干相対立しているので、こういう表現にしておこうと思う。


そんなフレンチで、プレミアババアは私の歓迎会を開いてくれると言う。


王道のフレンチはバターを使っている、そもそものフレンチとは生クリームと合わせ、そんな表現が用いられるが、和食にしてもフレンチにしても、日々進化している。


フレンチと名乗ればフレンチであるし、元々はイタリアンが進化したもの。

メディチ家のお姫様がパリに持ち込んだもの。


そこから始まり、そこでしかない。


そんなフレンチのお店で洗礼を受けた。

お店の情報はネットから拾えた。ホームページからも分かった。マダムがソムリエだけあり、そこには素晴らしいワインが溢れていた。


フランスは16歳からお酒が飲めるため、大学入学とともにフランスに渡った私の飲酒歴は18歳からスタート。飲酒歴5年のため、まだまだ飲んだ事がないワインで溢れていたが、シャンベルタンの価格を見て、どれだけ良心的で、どれだけワインに対して直向きであるかが分かった。生粋かも知れないが。


「莉奈ちゃん ごめんなさいねー。歓迎会に参加出来なくて。私ね、お食事には気を使っていて、口にするものは拘っているの。」

いきなり女子ロッカー室で声をかけられた。

それまではシフトの関係もあり、ほとんど話しをした事がなかった。


若干驚きつつも話しをした。

「いえいえ、史恵さんはとてもグルメな方でいらっしゃるとお聞きしています。また食に詳しく、お口にされるものはとても拘っていらっしゃるとお伺いしているので、気に掛けて頂けるだけでも嬉しいです。」


「あらっ そんな事ないの。私は口に合うものを口にしているだけなの。でも、それがどういう事か、みんなから『凄い』とか『違いが分かる』とか言われちゃうのよー。で、そうやって好きなお店に通うと、どのお店でも、『その舌は素晴らしい』とか、大絶賛されちゃうの。」


「凄いですね。私は学生時代はバゲットを齧っていたので、もう全然分からない世界だし、バゲットはデッサンの消しゴムにもなるので、ご飯なのか文具品なのか、な世界にいたので、もうもう知らない世界で驚きです。」


「あらやだ。あなた、お嬢様じゃないのー。良く御存知じゃないの? パリで暮らしていた時はグランメゾンでお食事されたのではないの? 私もパリは良くお食事するために通っていたわ。税関の手続きが面倒だし、東京に居れば何でも手に入る。シャネルでもエルメスでも、担当にお願いして取り寄せて貰ったり、オーダーしていたので、パリはもっぱら食事のため。一緒に行く夫からは、いつもいつも『お前の胃袋はどうなってるんだ?』と言われたものよ。朝昼晩と食事し、それこそニースやレンヌ、時間がないとヘリで移動したり、食べる事に貪欲過ぎて、いつも呆れられるの。」


「凄いですね、色々と教えて頂ければと思います」と社交辞令。


「あらっ そんな事言われると嬉しいわ。

ぜひお近づきにお食事をご一緒しない?

私のお気に入りのお店で」


来た来た。これがそれ? どんなお店に行くやら。

幾ら掛かるやら。一度はご一緒しないと、永遠に誘われるのかな?


返事をしようとした時に、修子が口を開いた。


「史恵さん それって、私も参加して良いですか?」


「あらっ 莉奈ちゃんの歓迎会で特別なお店を予約しようと思っているのだけど?」


「そんな特別なお店に行けるなら、ぜひとも行きたいんです。」


「まあ そうなの? まだどのお店にするか絞ってないけど、いくつか候補はあるの。修子ちゃんもそんな風に言ってくれるなら、ぜひともご一緒したいわー。もうそれはフーディーズのプルミエールの腕によりをかけて、チョイスしなくちゃー。お日にち決めましょ。」


そうやって連れてきて貰ったフレンチ。

女性から見ても美しく、そしてたおやかな立ち居振る舞いにドキマギとしながら、店内に案内された。


ホームページで確認したら、個室とカウンターがあるお店。

今日はカウンター席に案内された。それもマダムの立ち位置の正面。

ネットでは、この場所が最上級の席とされる。その中でも真正面はまさに茶道で言うところの「正客」であろう。その席は空席にして、私は案内された。


もちろん 会社の先輩である。遅刻する訳にはいかない。この日は二人が早番、私とプレミアババアが早番で、修子は休日だった。開始時間は20時。私は15分前にお店の前には到着。初めて来るお店なので、看板などを写真に撮り、周りを散歩し、10分前に店に入り、二人を待った。


修子は5分前に到着。


プレミアババアは30分の遅刻だった・・・


私と修子はそのまま。

フランスのグランメゾンなら、ウエィテイング・バーで軽く飲みながら待つところだけど、今回は企画した人間のインフォメーションが少なすぎる。ウエィテイング・バーもない。

この後、どんなコースで、どんなワインが開くのか。

全く分からなければ、オーダー出来ない。


通常は遅れるのであれば、店に一報入れて、最初のボトルを開けるものである。


恐らくは、「そういう」マナーを身に付けてない人。

それが私の評価。


でも日本では、「迎合しなさい」と親から言われていた。

見た目が日本人で感覚が外人ほど、面倒くさいし、何よりあなたが傷付く、それが両親の意見だった。


今になり、それが良く分かる。

そして・・・


それでもそれが面倒臭い自分がいる。


そんな食事会だった。


プレミア・ババアは30分を過ぎた頃に店に到着した。

開口一番、

「あらーーーーっ お早いお着きだったのね?

ごめんなさいねー。ほらっ 若くて可愛い子たちに会うには、身だしなみってあるじゃない? ネイルとエステが押してしまったの。綺麗にしてきたから許してねっ♡」


アラフィフのババアが何を言っているんだろう。


男とのデートではなく、ビジネス・ディナーだ。

お前の指先に萌える事もないし、逆にうちのブランドは過度なネイルは禁止である。あくまでもお客様本位。それがうちのブランドの姿勢。

何を言っているんだろう? それこそアラフィフのババアが二十代女子に対抗しようと言うのか?


訳も分からず、愛想笑いしか出来ない。

修子が居て良かった。

かなり適当な相槌を打っているが、修子に救われる。

ネイルサロンとエステで、スタッフから若いと称賛を受けた事を延々と話している。


このおばさん・・・


馬鹿なの?


アパレルに居るせいか、若く見える。確かに洗練しているが、それは着飾り、ネイルし、お手入れしているから。

そこらに居るおばさんと変わりは無い。

それが私たちの評価だ。


私達、二十代とアラフィフの差は埋められない、

そう思うのが、私達二十代で、埋められると夢見るのが、


アラフィフ


なのだろう。


20時スタートはフルコースのフレンチではやや遅めのスタートではないだろうか?

日本だと終電の問題もある。それが30分の遅れ。シェフは20時スタートのために、料理も準備している。グルメを気取る人間の割には、料理を作る側の事を考えてないなー。と隣で適当に相槌を打ちながら、適当に話しを合わせる。


と思っていたら、この白金のフレンチの店からタクシーで直ぐのところに住んでいるとの事。ババアを中心に世界は回っている(苦笑)


まずは泡をオーダー。

プレミア・ババアのオーダーはドンペリ。

えっ? こんなに素敵な泡がたくさんあるのにドンペリ?

フレンチなので、シャンパーニュをチョイスするのは賛成。

でも、ドンペリっていまいちお食事が進むという感じではない気がする。

酸味が強く感じるせいなのだろうか。

そのため、美しい女性がいるクラブやキャバクラでよくドンペリが飲まれると言うのを聞くと、納得する。お酒そのものが美味しくても、お料理とのマリアージュが成功するとは限らない。


シャンパーニュは本当に泡が細かく、フルートグラスの中の細かな気泡に感動する。

プレミア・ババアにとって、泡と言えばドンペリなのだろうか?

と言うか、その日の料理も聞かず、いきなりのドンペリオーダーに驚く。

それもソムリエであるマダムに向かって、「沙織さん 私のお好み分かってるわよね? 泡はいつもので。私、泡はこれ以外認めないの。」だそうだ。


食通ぶってるのだろうが、一緒に会食する人間の意見も聞かず、勝手にワインを選ぶ。恐らくはこういう店に場馴れしていない二人だと判断た上で、自分がホスト側の人間だと思っているのだろう。


しかし、


割り勘


である。


お金を払わせるからには、意見は聞くべき、なのである。

その答えが、「お任せします」であったとしても。


マダムから苦手な食材やアレルギーを聞かれ、食事がスタートする。

ドンペリで乾杯。ババアの蘊蓄が始まる。

自分がどれだけの本数のドンペリを飲んできたか。

ほとんど毎日が外食で、グルメ三昧である事などを自慢げに話す。


が、料理の感想は薄っぺらい。

なるほど、フーディーズでも「大絶賛」しか言っていない。

事前に彼女がお店の感想を書いている、「フーディーズ」のプルミエールは閲覧しておいた。

「美味しかった」「大絶賛」そして、シェフがお友達で「○○ちゃん」とちゃん付けで呼ぶ、の繰り返し。オーナーやシェフがお友達である事の自慢話と、特別待遇のアピール。そして毎回の「今回もオーナーの○○ちゃんのお陰で、プレミアなお食事。プルミエールだけにね♫」プルミエール 英語のプレミア、プレミアムとは違うのだが。なので、プレミア・ババア。決して、プレミアムな訳ではないのだ。


で、実際に一緒に食事をしてみると、本当に酷いものだった。

まずはドンペリ「1本」からのスタート。

アミューズは素敵だった。

夏の時期に合わせ、優しい味のヨーグルトテイストの魚介のムースにコンソメ・ジュレを合わせたもの。さっぱりとしていて、乳製品で胃に膜を作り、そして暑い時期と言う、気候にも合わせたアミューズからのスタート。


これは

この仕事の仕方は素晴らしかった。

どんなに冷房の効いた室内であっても、夏場の室内はアイスも溶けて行く。

コンソメ・ジュレがふんわりと緩んで行き、ムースに相まって、お味のハーモニーを作って行く。


フレンチのアミューズはまずはシェフの腕前拝見と言ったところでしょうか。

どれだけ丁寧で、そして旨味を引き出すか。そして日本の四季を「利用」して、味の変化を起こすか。そういった「お仕事」が伺えるのが、アミューズ。

まずムースを味わうと、さっぱりとしたヨーグルト・ソースの味わいに甘みのある魚介のお味。臭みもなく、丁寧に裏漉しされた魚介のペースとにヨーグルトの酸味と日本の出汁が合わせてあるとの事。そこにコンソメのジュレが添えてある。


ただ、ドンペリの酸味が返って際だってしまう。

泡は最初でなくても良いのだな、と感じてしまう。これなら白ワインからの泡でも良かったのではないだろうか?


そして、コースが始まるのに若干の時間が掛かった。

結局スタートは21時近く。

アミューズを出すタイミングも合ったのだろう。

参加者である私たちにも、お店にも、遅刻する事も到着時間も伝えないホスト。


本当に残念である。

料理を大切にしている人であるならば、有り得ない事である。


そして・・・

本当の意味での「一流」の人達と一緒に食事をした事が無い人。

それがプレミア・ババアに対する感想。

もちろん、その場には、そのグループには「一流」と言われる人達がいたのであろう。

ただ、

プレミア・ババアとは、ただの食の繋がり、所謂食べ友であり、ビジネスの関係ではない。ビジネスの関係であれば、とてもではないが遅刻は出来ない。

そういう場に身を置いた事が無い人、と言う感想を持ってしまった。


遅刻は有り得ない。フランス人はよく遅刻するように言われるが、ビジネスの場での遅刻は絶対にしない。ホームパーティーなどは準備が出来ていないといけないからと、敢えて10分くらい遅れて行くと言う、気遣いをするだけである。ビジネスシーンで遅刻は有り得ない。


特に外食する時はお店に迷惑となるので、決して遅刻はしない。早めに行き、テーブルの準備が整うまで、ウエイティング・バーで待つのである。

マダムに対して、お友達面し、飲食店はこういうお客の相手もしなくてはならないから、本当に大変だなーと思っていると、ババアが如何に自分が遅刻するかを滔々と語り始めた。


「どうしてだか分からないけど、どうしても30分くらい遅刻しちゃうの。でもね、私が定刻に着いて、テーブルに座って、みんなが到着するのを待っていたら、圧になっちゃうと思ってー。だから敢えて遅刻するの。お店側だって困るじゃない? 早々とお店に乗り込まれちゃ。」


遅刻する頭の悪い人の心理って、こうなのか。相手が30分の時間を無駄に過す事に対する思い遣りはないのか。それこそ、一流の人達の時給はこのババアの何倍もであろうに、そういう事に対する気遣いすらない。その30分でメールの返信が何件も出来たり、資料を纏めたり出来たであろうに。


馬鹿って凄いなと、ある意味感心していると、ババアが言う。

「でもほら、フランス人なんか遅刻が当たり前じゃない。」

にやにやと私の顔を見ながらババアが言う。

祖母がフランス人だから、あなたも遅刻するんじゃないの?とでも言いたげに。


「フランス人はビジネスシーンでは遅刻はしないんです。」とババアに向かって言う。「ホームパーティーの時などは、相手の方が準備で焦らないようにと、わざと15分くらい遅れて行くんです。ただし、15分以上の遅刻はしません。日本でも、定刻ではなく、わざと5分くらい遅らせて行きますよね?」


「まあ それじゃあ私の30分の遅刻は大遅刻ねっっっ」と、いきなり強い口調で返される。遅刻した側なのに逆切れ?と驚く。

「いえ そういう訳では・・・」

「じゃあ どういう訳? 悪かったわよ、遅刻して。でもね、ネイルもエステも押してしまって、間に合うはずだったのが、向こうの都合で終わらなかったのよ。」


もう溜息しか出ない。何もこんな日にネイルだエステだと詰め込まなくても。

それにフランス人の悪口を言っているようなものだと思う。フランス人=遅刻


マダムが口を開いた。

「まあまあ史恵ちゃん せっかくの泡が消えてしまうわ。史恵ちゃんは絶対にドンペリを開けるから、シェフがこの後、夏らしくさっぱりとしたアントレを用意しているのよ。絶対に泡に合うから、お食事進めましょ」


マダムが取りなしてくれたお陰で、プレミア・ババアは機嫌を直し、泡を飲み始める。肘を付いて、フルートグラスをくるくると振り回しながら。

こんな酷いマナーの人は初めて見た。

少しでも早く、食事の時間が終わってくれないかと思ってしまう。

楽しめない食事の時間は辛すぎる。


ガラスの平皿に盛り付けられた、懐石の八寸のようなアントレが出て来た。

思わず「うわあ なんて綺麗。 素敵」と口を付いた。

生ハムと洋梨 レバパテ スモークサーモン ドフィノワ ほうれん草のキッシュ

鱈のブランタード キャロットラぺ フォアグラを挟んだ小さなマカロン


気が付けば泡は飲み切ってしまっていて、白ワインに。

スモークサーモンに添えられたハーブがまた香りが高く、ワインが進んでしまう。

「このハーブのスパイス、香りも豊かでとても合いますね?」と思わず口を付く。

「ヘカテイアのハーブのスパイスが好きで、使っているの。フランスのオーガニック食品のブランドなのだけど、御存知?」とマダム沙織。


「えっ? ヘカテイアをお使いなんですか?」

「あらっ 御存知なのね。 オーガニックなので安心だし、雑味が少なくて、お味も香りもしっかりしているので、うちのお店はヘカテイアのもの、結構使っているの。」


「ヘカテイアはフランスの親戚の会社なんです。」

ヘカテイアはギリシャ語で食の女神と言う意味で、フランスの親戚がオーガニックのワインや食材を生産会社を経営している。

日本にオーガニックブームが起こる前に日本に販路を見出そうとしたが、大量生産ではないため、商社に卸す事は出来ない。また出来れば、ブランドイメージを大事にし、価格が安定するようにしたかったため、小さな貿易商社を周り、世田谷の小さな貿易会社に日本の輸入代理店になってくれるようにと交渉。

その貿易会社が祖父の会社だった。


そしてそれがきっかけとなり、祖父と祖母が出会い・・・


しかし本当に小さなフランスのオーガニック・ブランドなのに、マダム凄い・・・

「ヘカテイアのオーガニックのワインも好きなの。中々手に入らないのが難点だけど」とマダム。

「生産量が少なくて、フランス国内でほとんど消費されてしまうんです。でも、家にストックがあるので、今度お持ちします。」

「まあ 本当? 嬉しい。うちのお店を気に入って頂いて、次回もご予約頂いて、更にはヘカテイアのワインが手に入るように、ここからのお料理も最高のものをお出しするわね。」

「ありがとうございます。実はヘカテイアで今度化粧品も出すんです。日本の薬機法をクリアーしてからではないと、日本国内で販売出来ないのですが、サンプルがあるので、そちらもお持ちしますね。」


次回も予約出来るのね?

では鳳凰の友人を誘おう。

大学時代、日本に帰国した際は、あまり派手には飲食せず、昼間にカフェなどで会っていた。行列するパンケーキのお店とか。あとはレジャーを楽しんでいた。みんなあちこちに別荘を持っていた。マリンレジャーでも避暑でもどこでも楽しめる位に皆が別荘持ちだった。


私は中学からは鳳凰のNY校だったが、12年間、私立で過ごしたため、鳳凰の人脈は出来ていた。鳳凰時代の友達がパリに来る時は、ミシュランの星を取った有名店も訪れていたが、そもそもが両親が派手に振舞う事を好んではいなかったので、普段フランスで過ごす分には特段グルメ活動などはしていなかった。


普段から、父が有名シェフを招き、ホームパーティーを開いたり、記念日や家族が揃った時にはお気に入りのお店で食事をしていたから。

あまり有名店を巡ろうとか、有名店ハンター的な活動をしたいとは思っていなかった。父と一緒であれば、どこのお店も歓待されたから。もちろん父が接待で使っていたせいもあるのだろう。そして、ここまでの歓待は私の力では出来ない事を知っていたから、敢えて無理に予約をする事はなかった。


大学がお休みのタイミングでパリを訪れる友人から、ミシュラン有名店に行きたいと連絡が来て、父にお願いすると、どの有名店も予約が出来た。私も同行し、美味しく頂き、そして必ず支払いをするようにと父から言われていた。

「パパの名前で予約をするので、もしかしたらパパがいつも食べているものが出て来るかもしれない。学生のみんなには負担になるし、せっかくパリに来て頂いたのだから、お食事をみんなで楽しんで頂くよう、何も心配無いように、莉奈がお支払いしてきなさい」


そのためいつもこっそりと全額の支払いをし、驚く同級生にも「いいの。パパからの言いつけだから」と答えていた。

もちろん鳳凰の学生で、お育ちの良い学生である。

礼状が届いたり、日本に帰国した際は別荘に招待されたりと、持ちつ持たれつの関係である。


接待で父は使うので、凄いワインを開けたりすることもあるのだろう。学生たちの食事で大変な事になってしまう事がないように、払えなくて大騒ぎになる事がないようにと、いつも支払いをするようにと告げられていた。


そしてそんな父は、パリで私と一緒に暮らしている時、白米やうどん、そば、和食中心の食事を好んでいた。フレッシュな魚介が手に入れば、スープやビスクではなくて鍋になった。固まりのお肉はトリミングしてカットして、すき焼きになった。


そんな事を思い出しながら、魚と肉と提供される。


魚は適度に脂が乗った鰤だった。養殖なのだそうだ。夏場にも美味しい鰤が食べれるようにと養殖の技術も発達しているそうで、しっかり脂が乗っていて、でも臭みがなく食べれるとの事で、ワクワクしてしまう。


出て来た鰤はなんと「鰤照り」

照り焼きのソースをバルサミコ酢でアレンジしてある。

夏場味の濃い照り焼きは重くなるが、バルサミコ酢でさっぱりとしていて、本当に美味しい。そこにオーブンで焼いた夏野菜のズッキーニや茄子が添えてある。

日本のヌーベルキュイジーヌは凄い。多文化になっていると思いつつ、肉料理が運ばれてくる。


メインはラム。春の柔らかい牧草を食べた子羊のソテーなのだが、ソースが感動した。夏場はよくバジルのジェノベーゼソースが肉やパスタに使われるが、ジェノベーゼの野菜が違っていた。


パクチーでソースを作っていた。


このパクチーソースが合う。

ラムは食べた牧草の香りがすると言われている。

これはラムの香りが引き立つ。

香りもご馳走です。ソースもラムも素晴らしい香りが立ち、最高の一皿となる。

マダムに聞くと、「ラムはその日その日の状態でソースは変えるから、パクチーとは限らないの」と涼しい顔で答えてくれる。


なるほど肉の状態や生産地、生産者でソースを変えているのか、と察して聞いていた横でババアが横やりを入れる。


「静香ちゃんさー もう いいのいいの。ここは美味しいから。はい分かったー。もう静香ちゃんに任せたらいいの。いつも一緒にパリに行ってるもんねー」


「パリにもいらしてるんですか? それもお二人で?」


「あー 違う違う。グルメなみんなで一緒に行くのよ。静香は秋に買い付けやらワイナリーに行くし、私達もグランメゾンに行きたくてね」


この時にはババアはすっかり酔っていた。

テーブルに肘を付き、更には私の事を指さしながらワイングラスをくるくるしていた。

海外で人を指差すなんて信じられない行為。

このババア、こんなんで本当に海外に出掛けるのか。こんな下品なクソババアが。

海外で撃たれてもおかしくないのに。

肘を付くのも有り得ない。

料理は美味しいのに興ざめしてしまった。


でもマナー知らずの馬鹿は自分がマナー知らずだとは分からない。


「まあこの店も私が連れて来てあげるからー」

「私に予約が取れない店はないからさー」

「また美味しいワインを飲みましょうよー」

 

お店の前にタクシーを着けて貰い、ババアを乗せた。

あまりにもお店に申し訳なく、私と修子で謝った。


マダム静香は「大丈夫。史恵ちゃんは意外と照れ屋さんでお酒飲まないとお喋り出来ないのよ」と仰っていたが、私から見るとあまりにも酷く、タクシーを見送りながら後日このお店には謝りに来なくてはと心に誓っていた。











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