第2話 生い立ち

「初めまして。父の仕事の関係で今までの人生の大半を海外で過ごして参りました。

日本の会社の仕来りや慣習など、通常であれば、周りの方達から見聞きするのでしょうが、私にはそれがございません。当然にして知って居なくてはならない事を知らない、分からない、と言う事で、皆様に御迷惑をお掛けしたり、御指導頂く事が多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。」


フランスから帰国し、初出勤の挨拶。

フランスの学校の関係で、日本の新卒の人達とは入社時期がずれたが、

元々外資は中途入社も多いだろうし、日本でも転職する人が多いと聞くので、

さほど緊張していなかった。


転校が国をまたいでだったし、周りも親が海外勤務になって、海外の日本人学校に入って、と言う子が多く、子供の頃からしっかりしていて、自分らしさを持っている子が多かった。周りに流されない子。そうでないと、また次はどこに行くかも分からず、日本に戻るとも、また違う国に親が転勤するとも限らない。


子供の頃から自分で何でも決めてきた子たち。

NYで一緒に過ごした子たちはそういった印象の子が多かった。

父親は転勤でNYからパリへ。

弟の学校の関係で、母親はNYに残る事になった。

私もNYの私立に通っていた。

でも父親に付いてパリに行く事にした。


そして今回、就職を機に日本に帰る事を決めたのも自分。

父親もいつまでパリに居るかも分からないし、

そろそろ日本で生活するのもいいかも、そう思ったのと、

日本に居る祖父母が心配だった事もある。


そうやって、自分の人生の分岐点を子供ながらに考え、決定してきた。


入社当初はプレミア・ババアとも普通に話をしていた。

「癖のある人」と言う噂は本社の人間からも聞いていた。

でもそれ以上に、本社採用なのに店舗の販売スタッフとして、約二年、

店舗で働く事に面食らった。入社前に聞いていたら、他のブランドにしたかも知れない。


日本的だなーと言う印象。海外ブランドなのに。

でも確かに、ブランド本体はフランスであり、そこでデザインされ、縫製され、

企画も何もかもフランスで決定するのだから、日本は日本でのコンセプトを決定し、

フランスから輸入し、販売するだけ。販売現場ありきなのも、今になれば分かる。


フランス人やアメリカ人なら、「私がやりたかった仕事はこれではない」と

退社するかも知れない。でも何年も日本を離れ、これからは日本で生活するつもりだっから、郷に入らずんば郷に従え、と仕事を続ける決意をし、挨拶をした。


職場の皆様に歓迎会を開いて頂いた。

よくあるチェーンの居酒屋。

価格も安く、食事はコースになっていて、ドリンクは飲み放題。

時々、日本に帰ってきていたが、こういうお店では食事をした事がなかった。

学生時代を日本で過ごせば、ゼミやサークルのお友達とこういったお店で

みんなでワイワイと食事したんだろうな、と思う。


二時間で食事が完了するシステム。

みんなで取り分けるサラダや唐揚げ、〆のご飯もの。

コースの料金によってはスパークリングが含まれる。

私にとっては目新しく、オペレーションもスムーズで凄いなと思いながら食事をする。


プレミアム・ババアは参加しなかった。

飲み放題に含まれる、安いワインを飲みながら、フロアマネージャーに聞いてみた。

「史恵さんは参加されないのですね」

フロアマネージャーとブティックマネージャーが顔を向け合い、苦笑いした。


「史恵さんは居酒屋のお食事はお口に合わないそうだから」


「えっ?」


シフト勤務で女の園 育児中の人もいるし、シフトが合わなくて、今日は参加していない人もいる。また飲み会は強制ではないし、仕事でもないので、参加したい人が参加するもの、と言うのも聞いている。そういうのは、個人主義のフランスの方が徹底していて、やりたくない事はやらない、参加したくなければ参加しない、と言うのが徹底している。


父からは日本で就職するにあたり、今まで日本で暮らしていなかったので、人と話せる機会があるならば、積極的に参加してみる方が、自分にとってプラスになるのではないか、と言われている。


帰国して、NY時代の友人に連絡して会ってみたりしたが、その時はカフェでお茶したり食事したりが多かった。仕事の関係の食事会で居酒屋開催とは言え、就職仕立ての私には、沢山の人と話をし、職場の環境や仕事の内容が早く身に付けば、と思っているので、面白い考え方だなーと思う。

これが日本で流行っている、「グルメな人達」なのだろうか?


「史恵さんには予約が取れないお店にあれこれとお誘い頂いていたのだけど、正直な話、販売スタッフのお給料では払えないようなお店ばかりで、二、三度ご一緒した後で、はっきりと『お値段がよろし過ぎて・・・』とお断りしたの。予約困難店とか、常連しか予約が取れないと伺うと、他の方をお誘い頂いた方が良いと思ったから。」


(フロアマネージャーでも、そこまでお給料は高くないのか・・・)

そう思いながら、話を聞く。


「史恵さんが言うには、『予約困難店だけど、お値段的にはあなた方でも手が届くお店』って言うのだけど・・・」とフロアマネージャーに岬さんが言う。

「私達が手が届くって言う、一回のお食事代が2万円から3万円になると、私達も正直な話、家庭もあるし、ちょっと家計的にも厳しくてね」とブティックマネージャーの中山さんが言う。


(うわあ 3万円のお食事かー)

内心思う。確かに、毎度毎度3万円のお食事に誘われていれば、別のお友達とのお付き合いもあるだろうし、困ってしまうだろう。それに二人とも働く主婦である。子供もいる。子供に掛かるお金も成長していくと、大きくなっていくと思う。


店舗の店長とは言え、売上に応じた歩合給の部分と肩書によるお給料と合わせても、すごく高いお給料な訳ではないそうだ。私や修子は二年後に本社勤務となる。販売員としての採用ではなく、本社の社員としての採用なので、給与体系が違う。ただし、販売店にいる間も、ある程度のノルマはあるし、販売や顧客に関する分析レポートと言った、実際の仕事とは別に課題を与えられている。


(プレミアム・ババアはどうしてそんなに高額の食事が出来るのだろう?)

不思議に思いながら話を聞く。

プライベートな事だし、あまり掘り下げて聞くのも憚られるが、不思議に思う。

実際、売り上げは凄いらしいが、役職についている訳でもなく、一販売員がそんなにも高額の食事をあれこれと出来るのだろう?

それも日本各地を食べ歩きしているらしい。


「予約困難店って言われるお店で、更にはそのお店のオーナーやシェフとお友達で、よく○○ちゃん、なんて言いながら食事するのだけど、酔っ払うとちょっとお品がない感じだし、仲良しアピールがねー(苦笑)」と岬さん。

「何と言うか、まあ美味しいのだけど、身内贔屓が凄いと言うか、お店でもフーディーズでも『大絶賛』が口癖で。ちょっとそういうところも食事していて、びっくりと言うか」と中山さん。


「もうさー 何て言うか、そういうお店に行けるのも凄いでしょ、とかさー、あとは知り合いだから凄いでしょ、とか、もううざいの、ほんとに。こっちは別にそんなお店行きたいなんて言ってないのに、修子と聖羅の史恵さんの歓迎会なんてすっごかったんだから」と聖羅。


「えっ? 歓迎会って? 聖羅と修子の歓迎会には史恵さんいらしたの?」と聞くと、

「あーーーっ 違う違う。聖羅と修子の歓迎会は銀座のスパークリング飲み放題で4千円のイタリアンだったの。女子会向けプランで店舗からも近くて、みんなで楽しくスパークリングやサングリア飲んだのだけど、やっぱり史恵さんは参加しなくて」


「でね、後日、史恵さんから『参加出来なくてごめんなさいね。私、たぶんお口に合わないと思ったの、あのお店』って言われて。」


お口に合わないとは随分な言いようだと思う。幹事が探して予約してくれたお店。

日頃どれだけ凄い食事をしているんだか。


「私が懇意にしているお店で、改めて歓迎会させてって言われたの。で、史恵さんが予約してくれて、聖羅と修子と史恵さんの三人で食事しに行ったのだけどね。もうびっくりだよー。もう二度と行かない」と御立腹の聖羅。


「どういうお店だったの? 美味しくなかったの?」と尋ねると、


「もうさー お金ないのに、18000円もしたの。もうびっくりだよー。新入社員をそんなお店に誘う? それも『ここはお手頃価格で美味しいのよ』なんて言われて、美味しいんだか美味しくないんだか、そんなに和食なんて食べないし、河豚の唐揚げ食べるんだったら、普通に鳥の唐揚げ食べたいよ。唐揚げとか出てて、和食のお店って言うのと、居酒屋との違いが聖羅には分かんないよ。」


すごいな・・・ 常識が無い人なのか。


「飲みたくない、味も分からない日本酒飲まされて、食事も『どう? 美味しいでしょ?産地に拘っていて、素材も素晴らしいの』って言われても、グルメじゃないし、パスタとかのが好きだし、まさかそんなにお会計高いと思わなくて、お金足りなくて、修子に借りてさー」


「飲みなれない日本酒で気持ち悪くなって、お店は世田谷の住宅街にあって、家からは遠いし、結局、修子が家に泊めてくれたの。タクシーで家に連れ帰ってくれたんだよー」


修子の家は同じ世田谷区内にある。


「修子の家でも何度も吐いちゃって、高いお料理なのに吐いちゃうし、次の日早番だったら、職場に辿りつけなかった。修子様様だよー。」


「世田谷の雅楽と言うお店で、確かに日本酒の品揃えは良かったと思うし、美味しいとは思う。でも、大人のグルメ上級者向けのお店、って感じかなー。割烹崩しみたいな感じなので、高級居酒屋って感じだったよ。」と修子が言う。

修子は淡々と話し、あまり表に感情が出ない人だなーと思っていた。


「会計でびっくりしていたら、『グルメの世界はね、自分のお金で楽しむものなの』とか言われちゃって、こっちは別にご馳走して貰おうなんて思ってないし、同じ職場の人だから、楽しくお話しながら美味しく食べたかったのに、史恵さん、お店の人とずーっと喋っていて、時たまこちらに顔を向けると、『オーナーいつも私と話したがっちゃって、今日だって私がお招きしたあなた達を持て成さなきゃ行けないんだけどねー』とか言っちゃって、私も修子もぽっかーんだったよー」


「修子にお金、すぐに返したけど、会社に入ったばかりで、学生時代のバイト代の貯金から払って、4月は本当にお金なくて大変だったのー。そしたら、史恵さん 『またお食事行きましょうよ』って言ってきて、もう二度と行きたくないし、お金ないしで、『お金ないから無理です』って断ったら、『お金がないないって言ってると、お金がドンドン離れて行く』とか言っちゃってさー。でも、もう二度と行かないし、行けないよー」


岬さんと中山さんは苦笑いしている。しかし、この二人、一応はマネージャーと言う肩書で管理職なのだから、きちんと史恵さんに注意しないのだろうか?

言えないのか? 言わないのか? 不思議に思いながら、食事も終わり、歓迎会はお開きとなった。


そして

私もプレミア・ババア主催の歓迎会の洗礼を受ける事となる。








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