第8話『しけん・じっけん』

 小学校時代はマックでハンバーガー買うのも、コンビニで買い物するのも、自販機でジュース買うのでさえ、金持ちの子供じゃないとできなかった所業である。


 特に、自腹でコンビニのお菓子なんて買ってたら、同級生から無限にタカられつづけるハメになる。


 そんな困窮したお財布事情から、小学校時代は駄菓子屋で高くても六十円くらいのお菓子を食べて遊び回っていたのに、高校生になるとステーキである。


 なんともはや、親からのお小遣いとはいえ、俺も金持ちになったものだ(おごりだけど)。


 ウエイトレスのお姉さんが運んできてくれたステーキを見ながら、俺はしみじみそんなことを思った。


「いっただっきまーす!」


 ナイフで大きめに切り、口の中に肉の塊を頬張る。これこれ。大きな肉で口を満たし、固い歯応えを楽しむ。肉は固い方がらしいよな?


「鷹ノ目……お昼食べたのに、よく食べられるわね」


 御堂が自分のアップルパイをフォークで切りながら、そう言った。


「武道家は食が命よ。筋肉のせいで基礎代謝あるから、腹へるんよなぁ」


 そう言って、俺は腕捲りをして、力こぶを見せつけた。


「おぉー……」

『さすが、格闘技やってるだけある……。ますます、王子様って感じ……』


 なんだか急激に恥ずかしくなって、俺はそっと腕をしまう。

 いちいち御堂が俺のことを『王子様』って呼ぶのなんなの?呼ばれて嬉しい男なんていないと思うよ。


「そ、そういえば、鷹ノ目って、なんの格闘技やってるの?」


 話題に困ったのか、今更なことを言い出した。

 あれ?知らなかったっけ。

 まあ、恋姉がいるから、知れ渡ってるってだけで、俺は自分からあんまり口にしたことないしな。詳しく知らないやつは多いか。


「あぁ、ウチが代々継いできた『鷹ノ目流古武道』ってやつ。なんか歴史とかいろいろ教えられたけど、簡単に言えば、昔の侍が使ってた格闘技って感じ」


「へーっ。なんか、漫画っぽいじゃん」


 まったくである。

 要なんか、それを聞きつけて入門希望してきたのが出会いだからね。確かにギャルゲー主人公には格闘技やってるやつたまにいるけど。


『ふふんっ。初級問題だもんねっ』


 内心で知識マウントを取ってる朱子。お前は幼馴染だからそりゃ知ってるだろうよ。


「やっぱり、将来は道場を継ぐとか?」


「いんや。そういうのは恋姉がやるし」


 俺はパスよ。あんま武道とか好きじゃないしね。


「でも、そういうのって男性じゃないとダメとかないの?」


「時代はジェンダーレスよ。ウチの親父もそんなの気にしてねえし。っつーか、恋姉の方が俺より強いし」


「そうなの?」

『へえ……意外。鷹ノ目のお姉さん、そんなに強いんだ……』


 これ言うとみんな驚くけど、実際そうなのだ。


 まあ、勝率としては姉さん八で俺が二ってとこか。俺あんまやる気ねえしなぁ……。親父ぶっ倒せりゃそれでいいし、家を継ぐ気があんまりない。だから、ゆっくりやっていくのだ。


 というか、親父としても見目麗しい恋姉の方が、看板として優秀だと考えているんだろうしね。俺としてもまったく同意見なので、全然いいけど。


 逆に、姉さんはなんであんなにやる気あるんだ、と思っていたが、要するに殴られるのが面白かったんだろう。

 ……なんか嫌だなぁ。俺の元々なかったやる気が、より少なくなっちゃうよ。


「じゃ、じゃあ、やっぱり剣とかも使えるの……?」


 心なしか、わくわくした表情をしている御堂。

 答えたら何を考えるか、すぐにわかったが、それでも言うしか無いのが、心の読める男のつらみ。


「まあ、一応ね……。武器格闘は、一通り」


「ふぅん……」

『話を聞けば聞くほど、確信が高まるわ……』


 一体なんの!?

 俺の中ではどんどん恐怖心が高まっている。なんか、御堂の目がさっきから怖いんだけど……。


「むぅ……」


 朱子の目が、なんだかスネたように細くなっている。

 どうやら睨んでいるつもりらしいが、怒り慣れてない人間の睨みなんて怖くもなんともない。


『御堂さん……さっきから露骨だなぁ。サクちゃんへの質問ばっかり……』


 確かに。

 いや、とはいえ、俺もココログラスしてなかったら、気づかない可能性がある。こうして心を読めていると、なんだか自分がどれだけ間抜けか思い知らされて、ほんと情けない。


 話変えるか……。


 朱子にヘソ曲げられても、ご機嫌取るのめんどくせえし。


「そういや、朱子は今、抱えてる仕事ないんだっけ?」


「へっ?」


 まさか自分に話を振られるとは思っていなかったのか、一瞬背伸びをして、頷いた。


「お前、そういうのは早く言えって。遊びに誘えねえだろうが」

「あー、うん。ごめん、ね?」


 嬉しそうに顔をほころばせる朱子だが、それとは反対に、御堂は面白くなさそうにしていた。


『……鷹ノ目、やっぱり五眼さん優先なんだ』


 しかも、俺の隣に座っている要まで


『愛作……ハーレムルートに進む気はないのか』


 と、したり顔をしていて、無性に腹が立った。

 あるかぁ! そんなこと、ギャルゲーマーとしての俺が許しても、男としての俺が許さないよ。


「ほんと、仲がいいのね、二人って」


『おぉっとぉ! 御堂さんが乱入だぁ!』


 話に割って入った御堂。そして、それを見て面白そうなことが始まると本能的に察したのか、要が脳内実況を始めていた。こいつほんと腹立つな?


「ま、まあ、ね……。サクちゃんとは、幼馴染だから、なんでも知ってるし」

「ふぅん。知ってる、ね……」


 御堂はあからさまに苛立ったように、テーブルをコツコツと指で叩き始める。おいおい、こいついろいろ隠す気ゼロか?


「でも、それって別に、知ってるだけで、知られてるのかはわかんないんじゃないの?」

「……そんなこと、ないです」


 と、朱子は膨れてこちらを見る。


『そんなことないよね? サクちゃん』


 内心で何を言ってるか、ココログラスのおかげですぐにわかった。

 確かに朱子のことは、普通の女子よりいろいろ知ってるが……。

 なんでもかは怪しいぞ?


「じゃあ、テストしてみてよ。どれだけ鷹ノ目が、五眼さんのことを知ってるか」

「い、いいよぉ? 大丈夫だもん」


 おいおい、俺を置いて話が面倒な方向に進んでるな……。

 止めようかと思ったが、朱子の周囲に『止めるな、危険』と文字が舞っていたので、やめた。


 なにが危険なのかわからないけど、しかし朱子の言う危険は腕力じゃ如何ともし難いので、いやなのだ。


 っていうか、それを言うなら『止まるな、危険』だと思うんだけど。


 まあ、なんにしても、ココログラスあるから、全問正解は間違いないから、別にいいんだけど。


「サクちゃん」


 そう呼ばれて、朱子を見ると、自分のメガネのツルを押し上げて、くいくいやっていた。


『当然、ココログラスは外してね』


 嘘でしょ?

 じゃあ多分無理だよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ココログラス〜ホントのトコロ〜 七沢楓 @7se_kaede

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ