第7話『こだわり・あやまり』

 いいことをしたなぁ、という充実感をにじませながら御堂を引き連れてきた要に、俺は延髄切りをぶちかましてやりたくなったが、そんなことをすれば御堂に「なんで連れてきたんだ御堂を」と考えていることがココログラスなど無くてもバレる。


 自重して「人数は多い方がいいもんな」と、当たり障りのないことを言った。俺もギャルゲーの民だから、こういうことはお手の物だ。


「誘ってもらって、行くって言って今更なんだけど、私もいいわけ?」

『今はまだ、あんまり鷹ノ目と仲良くないし……ちゃんと話せるか不安だなぁ』


 そう、俺と御堂は実際のとこ、本当にお互いの事をなんにも知らない。今年同じクラスになったばかりであり、たまーに先程恋姉の話を止めてくれるような、あれくらいの会話ならする。


「いいのいいの。朱子ちゃん、女子一人だとやっぱり寂しいだろうし」

『まあ……朱子ちゃんは愛作がいれば、それでいいっぽいけど』


「そ、そう? だったら、いいんだけど」

『この女が? こいつなら、鷹ノ目がいればそれでいいと思うけど……』


「うん……、女の子がいてくれると、嬉しい、かな……」

『御堂さん、あんまり知らないし、気を使うなぁ……』


 誰一人として心底納得してないんだけど、それでいいのか?

 ココログラスをしている俺だけがそれを理解しているので、言っても仕方ないのだが、なぜ誰も納得していないのにこんな自体になっているのか、ちょっと理解が追いつかない。


 みんな本音で喋らないから、かなぁ。

 今後は正直に生きていこう。


「朱子」

「な、なに、サクちゃん」


 俺が珍しく真面目な表情をしているから、少し戸惑いの表情を浮かべていた。


「ステーキ頼んでもいい?」


 ほんとは遠慮して、ドリアとドリンクバーくらいにしようかと思っていたのだが、ステーキが食べたかったので、聞いてみた。


「い、いいけど……」

『珍しく真面目な表情だと思ったら、それ……?』


 と、言葉には出さず尋ねてきた。

 当たり前だ。男子高校生が真面目になることと言ったら、飯とエロと遊びくらいだ。美味くて高い飯がタダで食えると言うのなら、まあ土下座くらいする。プライドで飯が食えるのなら、俺は王族よりも頭を高くして生きていくよ。



  ■



 だが、実際のところ、頭を高くして飯が食えるのなんて血統が金運に特化したやつだけであり、俺みたいな人間が頭を高くしたところで、出る杭は打たれて死ぬだけだ。


 そんなこんなで、俺たちはファミレスへ向かった。

 この場はすべて朱子のおごり。やれやれ、楽しくなりそうだぜ……!


 可愛い制服に身を包んだウェイトレスさんの営業スマイルに案内され、四人がけのボックス席に腰を下ろした。


 それぞれ思い思いの物を注文したのだが、朱子がカレーを頼んだことに俺は軽く驚いてしまった。まあ、さっきまでカレーの話をしていたから、食べたくなってしまったのかもしれない。


 いくら朱子でも、ファミレスに出る程度の辛さなら食べられる。


「すげえこと言っていい?」


 と、要がエヴァの出撃を許す前のゲンドウみたいに指を組んで、真剣な表情を作っていた。


「あんだよ」


「来た時点で満足したから、もう帰りたい」


 俺は要の首根っこを掴み、思いきり握った。


「ぐぇぇぇッ! じまっでぐぅ!」


 俺の手首をタップしているが、このまま喉仏をちぎり取るつもりだった。バカこのお前! まあまあわかりきってた問題だろうがッ!!


「要テメェ、お前が来たいって言うから来たんだぞコラ! その張本人がすぐ帰りてえっていうなら、俺は安い金でもっといっぱい飯が食えるところに行きたかった!」


「だ、だっで、ごぇえぇ……」


「あぁん!? 何言ってっかわかんねえ!!」


「鷹ノ目が首掴んでるからでしょ……」


 冷製な御堂のツッコミに「あっ、それもそうか」と、喉から手を離した。そのあまりにも早い切り替えが、彼女の恐怖を煽ったのか、彼女の周囲に『なんでそんな切り替え早いの……? 怖っ』と、青紫の文字が舞っていた。おそらく、恐怖の文字だろう。


「ゴホッ、ゴホッ……! なにすんだよ愛作! ごめんね!!」


「っせえ! いつもいつもギャルゲーに影響されて振り回したと思いや、やった途端に満足しやがって! こっちこそごめんね!」


 俺たちは怒りに任せ、叩きつけるようにお互いの手を叩き合うみたいにして仲直りの握手をした。

 仲直りはすぐしておくに限る。長い間気まずい期間が続いても、その間できなかった楽しみが負債としてのしかかるだけだ。


 仲直りした以上、これ以上このことに触れない。これ、ギャルの鉄則。


「でもさぁ、ギャルゲーやると、恋愛したくなるじゃん……。これは、その延長線上なんだよ」


「気持ちはわかるけどよぉ」


『『わかるんだ』』


 朱子と霞のココロがシンクロした。

 わかっちゃ悪いか! 素敵な恋愛に憧れるのは、男女の共通項のはずだぞ!

 俺は体の構造を除いて、男女に差なんて無いと思っているので、こいつらが乙女ゲーをやっていることを疑っている。


「そういうの、やってなにが面白いのかちょっとよくわかんないんだけど……。ようするに、エッチなゲームでしょ?」


「「エロゲーじゃねえよ!!」」


 俺たちは、まるで見当違いな事を言い出した御堂にキレた。

 まさかそこまで俺たちが怒るとは思えなかったのか、御堂は死ぬ瞬間の魚みたいにビクッとハネた。


 ギャルゲーマーにとって、エロゲーと一緒にされるのは違うのだ。


 しかし、俺たちだって、移植されエロシーンを差っ引かれたギャルゲーをやっているわけで、エロゲーそのものを否定しているわけではない。俺たちは、普段攻略しているあの子たちのエッチな姿を見たい衝動を我慢して、適正年齢であるギャルゲーをやっている。


 なぜなら、未成年は買っちゃいけないから。

 そのルールは無視してはいけないのだ。


 ちなみに俺たち二人、高校を卒業して一八歳以上になったら、一緒に最初のエロゲーを選びに行くと約束している。へへっ、楽しみでしょうがねえ。


「いいか御堂。どうせお前にはわからないかもしれないが、俺たちは未成年だから、エロゲーなんて買っちゃいけないんだぞ」


「そうだよ御堂さん。どうせ君はギャルゲーのパッケージを見て『全員同じ顔じゃん』とか言うかもしれないけど、僕は正直、三次元女性の顔の方が全員同じに見える」


 頭のネジが五本くらいまとめて吹っ飛んだやつと意見が一緒になるのは、俺の今後に大きく響くような気がしたけれど、俺は正直に生きると決めた。好きなものは好きと言って生きていこう。


「そ、そうなんだ……」

『ダメだ、全然わからない……。服部がそういうの好きなのは知ってたけど、まさか鷹ノ目もだったなんて……』


 友達が好きなモノなら、好きになっている可能性は高いだろう。そこは御堂の読みの甘さである。


 ちなみに、俺も要と出会ってすぐの頃に、御堂と同じことを要に言ったことがあるのだが、その時にToHeartを貸され、マルチと芹香先輩のシナリオで大号泣してから、この道にはまり込んだのだった。


 やったほうがいいって、マジで。PS1時代とPS2時代の移植ギャルゲーは。名作揃いだしね。当然、今のギャルゲーも名作揃いだが、あの頃は美少女を書くよりも、シナリオとしてのギミックで勝負しようとしていたものが受けていたこともあり、結構読み物としても面白いのだ。


 ……まあ、言っても御堂には、通じないだろうけどね。

 あいにく、乙女ゲーは専門外だから、おすすめなんてできないし。

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