第6話『かなえる・かなめ』
腹を満たした俺は、とりあえず寝ることにした。
眠たくなったらベッド、飲みたくなったらお酒。と、ピンクレディーも歌っていたので、そう過ごすのが一番健康にいいのだ。
放課後を告げるチャイムに起こされ、机に突っ伏していた上半身を起こすと、俺の前に立っていた男子が「よっ」と軽く手を挙げていた。
寝ぼけていたせいで、一瞬誰だかわからなかったが、友達の
黒髪を外に軽く跳ねさせるパーマを当てた、なんとも軽薄そうな男だが、こいつは意外と義理堅い。
「おめー、さっきまでいなかったよな?」
俺はまだ眠い目を擦りながら言う。放課後を楽しんでい内に目が覚めるから、問題はない。
問題は要だ。こいつ、さっきも言ったが、朝どころか、昼休みもいなかったよな? すげえ重役出勤だ。というか、ほぼ不労出勤である。
「あぁ、いつものあれで寝坊だよ」
『いやぁ、よかったなぁ、昨日のギャルゲーは名作だったなぁ』
「いつものね」
ココログラスを通して見るまでもないが、こいつはギャルゲーをやっていたようだ。
さすがギャルゲー愛好家である。
ハマッたギャルゲーがあると、遅刻してくるなんてしょっちゅうという筋金入り。俺も人の事を言えたもんじゃないが。
「オメーよぉ、だったら別に今日来なくてもよかったんじゃねえの?」
「ダメダメ、ギャルゲーやりすぎてサボりなんてしたら、ヒロインたちに顔向けができない」
「五現からの参加も充分顔向けできない自体だろ」
「ちちちち。参加することに意義があるんだよ」
「運動会かよ」
最近の運動会は、みんな一位とかやりだしてるのはマジなんだろうか。そんな茶番が成立していると思っているなら、子供をナメすぎである。
「それに、やっぱギャルゲーやると学校に来たくなるよなぁ」
「お前学校大好きかよ。俺はギャルゲーやっても、そんな気持ちにならねえぞ」
ToHeartのように清く正しい純愛学園生活を目指しているので、変態は困る。まあ、御堂はまだわからない。想いがやたら強いだけという説を信じている。
ちなみに、俺も結構ギャルゲーはやるほうだ。要と友達になる前は美少女コンテンツに触れたことがなかったが、貸されてからハマッてしまったのだ。
「ちなみに、お前なにやってたんだよ?」
「piaキャロ」
「学園モノじゃねえのかよ」
piaキャロットへようこそ!と言えば、知る人はみんな知ってる、名作ギャルゲーである。ファミレスを舞台にしたラブコメなので、さっきまでの話が完全にとっちらかってしまった。
「だから、ファミレスに行きたくなってさ。行こうぜ愛作」
「ダメだ。今日は朱子をココイチに連れていき、口の中に一〇辛を叩き込む使命がある」
びくっ、と、視界の隅でいつ俺に話しかけようか迷っていた朱子の体が跳ねた。俺を怒らせるからそうなる。
「おいおい、朱子ちゃんって辛いのめちゃくちゃダメだろ。そんなことしちゃ可哀想じゃん」
これだからギャルゲーに鍛えられた民は言うことが当たり障りないぜ。
ちなみに、朱子は辛いのと苦いのが苦手な子供舌なので、好きなものは甘いものとケチャップという徹底具合だ。
そんなやつにココイチの一〇辛なんて食わせたら、恐らく体の粘膜が大体ダメになり、主に尻の痛みから死ぬことになるだろうが、俺としてはそれも仕方ないかな、という気分だった。
『なんかあったのかな二人とも。興味はあるけど、言い出すまで待つか……。俺が必要になったら、相談してくれるだろ』
と、要の周囲に文字が舞っていた。
なんだこいつ、めちゃくちゃいいやつじゃん。ギャルゲー教えてくれるし、友達になってよかった。
「仕方ない、要に免じて許すか。おい朱子、さっきのは無しだ。早くこっちに来なさい」
言うと、朱子は顔をパァっと明るくして、トテチテこっちにやってきた。
「それでこそ愛作」『ちょろい』
「さすがサクちゃん」『ちょろい』
「お前らはっ倒すぞ」
なんなんだ、俺はなんでこんなにみんなからちょろいキャラ扱いなんだ。
「なんで急に僕まではっ倒されなくちゃならないんだよ!僕が何した!」
「うるせえこの野郎。いつもいつも人をちょろいキャラ扱いしやがって。ちょろいって言われて喜ぶのはヒモを抱えてる女だけだ」
「あっ」
『また思っちゃった』
朱子は失敗した、とばかりに額に手を添えた。遅えよ。罰が宣告された時に懲りろ。
「言ってないよ!考えたけど‼」
もうそれだけで罰当たりだからね。友達をなんだと思ってんだ。俺は腕を組み、今にも弾けだしそうな怒りを抑え込む。
「俺はちょろくなんてない。せめて優しいと言え」
言い方ってあると思うんだよね。俺ホントいま傷つき安いから、そういうの大事よ。好感度とかあるからね。
「わかってるって。ただ、こういう空気だと、ちょろいの方があってるからさ」
ココログラスから文字が見えないので、マジでそう思っているようだ。
ちなみに、こいつは三日間だけだが、ウチの道場にいたことがある。どうせギャルゲーにでも影響されて古武術を学びたいという不純な動機からだろう。ツラい、とマジなトーンで言われてから退門したが、俺はギリギリ殴っても許されるんじゃないかと思う。
ウチの親父、スパルタだからな……。
「んで、今日どうする?」
「行くよ‼」
「怒りの矛先を僕に向けんのやめろよ!いいじゃんか。お前はそういうキャラなんだから」
どういうキャラだよ。ぶち転がすぞ。
ちょっとみんなして俺をナメすぎである。
「朱子はどうする」
「あ、うん……今は、特に抱えるお仕事ないし、行こうかな……」
さすが、未来を創る少女と呼ばれているだけあり、朱子はいろんな企業からお仕事をもらっている。
なので、結構金持ちなのだ。
「よし、んじゃあ、おごって」
タカりはストレートに限る。
バイトもしてない学生ニートなので(やる気もないという意味)、金があるやつにはおごってもらうのも生きる知恵だ。
「仕方ないなぁ……」
朱子はため息をついて、呆れたように俺を見ていた。
『サクちゃんと結婚したら、養わないとダメかなぁ……』
なんとも的を射た事を考えていたが、俺はそれでもいいならそうしてくれた方が助かる。
ネトゲの合間に家事をする専業主婦になるんだ。リアルマネートレードでもいいなら金を稼ぐよ。
「ゴチになります!」
「なります!」
俺と要は一緒に頭を下げた。俺はプライドなんてないし、要も現実の女性に金を払わせる事をなんとも思っていない反差別主義なので、俺たちはそろってゴチになる気まんまんだった。
朱子はため息を吐き『財布扱いされてる……』と青い文字を浮かべていた。
「安心しろ朱子。俺は別に金で見ているわけじゃないぞ。ただ友達が金を持っていたらタカるのは男子高校生の性だからな。なぁ?」
「そうそう、金がなくても仲良くするよ」
と、俺たちはものすごく胡散臭い笑顔を浮かべた。多分、宝くじに当たったやつを襲撃するエセ親戚もこういう笑顔だろう。
朱子はなんだか、飼い猫がねずみをひっ捕らえてきたような困った顔をしていたが、俺は日々の交友費をケチれるのなら、幼馴染に軽蔑されてもいい。
こうなるから、財布を見せびらかしてはいけないのだ。無限にタカられるからな。
「あ、奢られる立場でこんな提案図々しいかもしれないけど」
要が手を挙げ、少し恐る恐る口を開く。
「御堂さんも誘っていいかな?」
「ほぁッ!?」
なんで! なんで御堂の名前が出てくる!
「な、なんだよ愛作。御堂さん、嫌だったか?」
「嫌とかじゃないけども……」
タイミングが悪すぎる。要、もしかして御堂さんが好きなのか? そんな恋に恋する乙女みたいな邪推をしていたら、要から
『御堂さん、こういうタイミングでもないと愛作と話せないし、朱子ちゃんだけでなく、平等にチャンスを上げたい』
という、お節介な気持ちが舞っていた。
なんてビッグなお世話だ。っていうか、そういうのは俺の許可取ってよ。これだから
俺がどうやって御堂を誘うのを止めようか考えていたら、すでに朱子から許可をもらった要が、御堂を誘いに行っていた。
断れッ……! 断ってくれッ……!
そう願ったが、教室の反対側から「御堂さん来るってー!」と手を振る要の姿に、俺は膝をつきそうだった。
なんて友達甲斐のある男だ。いつかぶっ殺してやる。
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