R.I.P

 月子が天の門をくぐってから、二週間になる。風は、あの日よりも少し冷たくなった。それから毎日行っている防腐処理を終えて、ベッドに横たわる。彼女が枕の下に残していた、「ゾンビ、しあわせになってね」と書かれたメモを眺める。彼女は、すべて知っていたのだろう。それでも、逃れようとしなかった彼女は、眠ることを望んでいたのだろうか。

 一月以上彼女と一緒に寝ていたので、しばらくはなんだか一人で眠ることが不思議なことのように感じていたが、ようやく彼女がいないことにも慣れてきた。あれからあまりエサを食べなくなり、一切鳴かなくなったセレナもそばに来ていた。

 これまでのことを思い出しながら、手首に刻まれた無数の線の跡を見る。自分で幸福になれない自分は、果たして幸福になれるのだろうか。暗い部屋で、一人耽る。


「月子」

 返事を期待しないその名を呼んだ。


「ナア」

 そう、一つ猫の声がして、首に冷たい爪がざくり、と刺さるのを感じた。それが、最後だった。



***


 これが、自分が人間だった頃の話だ。


 死ねない、ということもあるのだということを初めて知った。防腐剤を、腐りかけた腕に塗布する。彼女のために買ったものだが、彼女の身体は余りにも早くに朽ちてしまった。尽きてしまえば、あとは腐敗に身を任せるしかないだろう。セレナも、目覚めたときには姿を消していた。


 自分のいう幸福は実在しなかったのだろうか。彼女達も同じ道を辿っているのだろうか。

 そうでないことだけを祈り続けている。

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R.I.P 更科 周 @Sarashina_Amane27

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