人を滅ぼすのは

きつねこ

第1話

腕から血が止まらない。

きっと俺はこれから死ぬのだろう。

そしてアイツラになる。

廊下の壁にもたれながら思った。

今日の朝までは何時も通りの日常だったのだ。


何時も通りの変わらないつまらない日常。

異変が起きたのは五時間目の数学の授業が終わってからだった。

突然、街の数カ所が爆発した。


まるで何かがいきなり暴れだしたかのように。

そしてアイツラが現れた。


狂った人。いや、人だったもの。


少し立ち上がれば今も校庭にうじゃうじゃいるそれはいきなり現れてあっという間に増えていった。


アイツラに噛まれればアイツラになる。


まるでB級パニックホラーの映画のようだ。


現実味がない。


俺は自分がおそらくもうすぐ死ぬというのにどこか落ち着いていた。






チクタクと秒針の小さな音が静かな教室に響く。

俺、御堂優一は机に肘をつけそこに頭を載せながら黒板を眺めていた。

黒板の前では少し頭皮が薄くなったおじさんが教科書を開きながら黒板に文字を書いている。


「えーなのでこの四分位偏差は~」


いつも通りの退屈な時間が流れていく。いつも通りの平和な日々。いつもと変わらない日常。

黒板から視線を横の席に移す。

そこには一人の女子生徒が真面目な顔でノートに書かれた問題を睨んでいた。

東堂詩織。女性の平均は軽く超えているだろう高い身長に長い黒髪を後ろで2つに結んでいる少女。

東堂は俺の視線に気づいたように一度こちらを見て「ちゃんと授業受けてる?」みたいな目をしてきた。


その視線に「つまらなすぎる」みたいな目をして左側にある窓から空を見上げる。


東堂とは高校に入ってから出会ったクラスメートだ。東堂の性格は一言で言えば明るいスポーツ大好きっ子。

運動神経は抜群で、明るく友達も多い。おそらく俺のことなどたくさんいる友だちの中のひとりでしかないのだろう。


俺はどことなくため息を吐きボーっと街並みを眺めていた。

と何故か見慣れているはずの日常に違和感を覚えた。

何故だろう。なにかが違う。

そして気づいた。


奥に見える大きな橋。いつもなら車が小さなおもちゃのように忙しく走っているその場所。

そこに車が走っていなかった。いや止まらされていた。


(なんだ)


目を凝らす。小さな黒い棒のように見えるそれはおそらく人だ。

人が橋の真ん中を塞いでいる。


(やべえやつ)


酒でも飲んで酔っ払っているのだろうか。とそんな事を考えていたら止まらされていた車からも人が降りてきていた。おそらく文句を言っているのだろう。


「優一、外を見て黄昏てないで授業に集中しろ」


先生に怒られた。この怒られたときの周りの生徒の視線を集めるのが少し恥ずかしい。


「うーい、すみません」


そして俺はさっき見ていた酔っぱらいらしき人のことを忘れた。





優一が真面目に授業を受けている間、橋の上ではもっと奇妙なことが起きていた。

奇妙な動きをする酔っぱらいのような人が数十人に増えていた。




「あー疲れたー」


隣の東堂がボフッと手を伸ばし机に倒れる。

やっと先ほどの数Iの授業が終わったのだ。

そして俺もあ~っと机にうなだれる。


(あと一つで学校終わり)


全身が奇妙な疲れに包まれている。

とそんな時、ピピ、ピ、ピピピピピピピピピピピと大音量が時間差で学校中に鳴り響いた。


「え、なに」

「なんだ」

「うわ、ビックリした地震?」


それぞれの携帯が鳴り響いている。緊急アラートだった。

スマホを覗いてみると『避難勧告』


だが内容が分かりづらい。


要約すると、即効性のあるウイルスが日本中、世界中でいきなり蔓延し大多数の人が未確認の病気を発症したらしい。


(なんだそりゃ)


隣や他のクラスメイトを見てみる俺と同じようになんだそりゃとでも言うような困惑した表情をしている。

先生ですらその初めて見るであろうアラートに眉を顰めていた。


「あ~とりあえず先生は職員室行って確認してくるからそれまで待機な」


そう言って先生は教室から早足で出ていった。

学校中がどこか騒がしい。


「おい、あれ」


一人の男子生徒が窓を指さしながら言った。


「え、なにあれ」

「なにあれ火事?」

「すっげえ火が」


街並みのいたるところから火が上がっていた。


(なんでそんないきなり)


と教室の扉がガラガラとすごい勢いで開いた。

いつも保健室で授業をサボっている野球部の田中だ。


「おい!逃げろ!」


田中はすごい表情だ。


「どうし「人!人が食ってる!人!」


要領を得ない。だがなぜか嫌な予感に背筋が凍る。


「だから人が人食ってるんだって!!」


その声は教室中に響いた。


「は」

「え」


理解が追いつかない、いつもなら冗談で済ませるだろうそれは田中の表情で現実味を帯びる。

もしこれが冗談なら田中は俳優になれるだろう。田中の表情はそう思わせるだけの力があった。


腰を上げて校庭を見る。何人かの生徒も同じように外を見る。


「あっ」

「何あの赤いの」

「食ってるほんとに食ってる!!」


そこには人が人を襲っている光景が広がっていた。まるで現実味のないB級パニックホラーのような光景。


ピンポンパンポーンという音が学校中に響く。

そこから流れたのは冗談のような言葉だった。

いやそれは言葉ではなかった。


悲鳴。普段冗談すら言わない生徒指導の先生の悲鳴。

なにかに襲われながらも必死に生徒へ避難を呼びかける最後の声。


教室中の誰もが耳を疑った。

一秒にもみたないほんの一瞬、教室を嫌な静けさが満たす

そして放送が終わり一拍のあと様々な激しい音が鳴り響いた。


悲鳴、机を激しく押し倒す音、机が倒れる音。それがおそらくすべての教室で起きた。

轟音、悲鳴が鳴り響き教室中のクラスメートがほとんどが我先にと出口へと急いだ。


「どどっどうしよう、優一!」


俺はこんなときながらも自分を頼ってくれたことに少しだけ嬉しかった。


「と、とりあえず屋上に上がろう屋上なら周りを見渡せるし非常口も近い」

「う、うん、きっといま階段向かったらすごいことになる」


正直言って俺も内心どうにかなりそうだった。だが隣には東堂がいる、「好きな人に頼れるとこを見せねば」そんな意地だけでなんとか平静を保っていた。


そして東堂の友人や何人かの友達と共に屋上に向かうために教室を出る。


「ひっ」

「ほんとにいる」


廊下から正門が見える。

そこには奇妙な酔っぱらいのような動きをした何かがたくさんいた。

そしてその近くには無数の赤い液体が広がる。


(いくらなんでもはやすぎる)


ドッキリであってほしい。そんな考えが浮かぶ。


「いいからとりあえず走れ!」

「う、うん」









アイツラが学校に押し寄せてから俺は東堂とその友達や数人のクラスメートと共に屋上に向かった。そして屋上からアイツラの動きを観察し、籠城していた。


そして掃除用具で屋上にSOSと書く。


屋上は出入り口が2つあり、SOSも書けることから籠城するのに最適だと思ったのだ。


そして2日のときが過ぎた。


携帯はつながらない、何故かネットもすぐに繋がらなくなった。


ヘリはひっきりなしに見かけるがこちらを助けてくれる様子はない。


みんなおかしくなっていた。


友達も。そして俺の好きな東堂詩織という少女も。


そして誰かが言いだした。


学校近くのショッピングモールに行こうと。


みんな空腹だった。俺も。


東堂は「いいの?」という視線でこっちを見ていたが、正直に言ってもう俺は限界だった。


空腹じゃない。このグループを引っ張り、命を預かることに。


今まで頑張ってこれたのはひとえに東堂が見ているからだった。





そしてそこに向かうため一階に向かう途中。


誰か一人がカツンと音を出し、すべてが崩壊した。


アイツラが全てこちら向き走ってくる。


逃げろ、早く。


そして曲がり角の途中、東堂が右から出てきたアイツラに右腕を掴まれた。


東堂の悲鳴が上がる。おそらくまばたきをする間に東堂はアイツラに噛まれて死ぬ。

東堂の顔が恐怖にゆがむ。アイツラの顔が東堂に近づく。


東堂は振り払おうとするもアイツラは異常に力が強い。


一向に話す気配はない。


「いや、いや、いやああああああ」


東堂が噛まれる。

そう思ったら身体が勝手に動いていた。


右腕をあと少しで東堂が噛まれるというとこで俺はその間に右腕を差し込んだ。


経験したことのない痛みが走る。


そして肉が食いち切られた瞬間アイツラを蹴り飛ばす。


東堂はそれをものすごい顔で見ていた。


「いい、から、行くぞ」


「あ、ああ、なんでああ」


「はやくしろ!!」


そして仲間のもとについた瞬間俺は東堂を中に入れ扉を締めた。


いや、なんでいやああと東堂は叫んでいた。


消化器を手に持ち構える。


時間を稼がねばと俺はアイツラに殴りかかった。


もう噛まれたのだ、過ぎたことはしょうがない。


あとはこの限られた命をどう使うかだ。


これが五分前にあったことだった。





廊下内のアイツラはだいたい倒した。


食いちぎられた腕を抑えながらぼけーっとして考える。


死ぬ。たった16年で。


無我夢中だった。勝手に体が動いてしまった。


悪くない命の使い方だった。と思いたい。


「怖え」


言わないようにしていたのに。口から勝手に漏れてしまった。


死ぬ、死んでしまう、怖い。


母さん父さんごめん。


怖い。死ぬ、どうなるのだろう。死ぬ。


なんであんなことをしたのだろう


ああ、怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


嫌だ。


「嫌だあああああああああああ。死にたくない死にたくない死にたくない」


廊下に俺の叫び声が響く。


死にたくない。


涙も、鼻水もでる。ああ今俺めっちゃ無様な顔してるんだろうなとどこかで冷静な俺が観察している。


糞、今から俺はアイツラになる。


いいのか、自害しなくて、冷静な俺が言う。

もしかしたらこれはただの病気であとから治るのかもしれない。

だがみろ、内蔵すら飛び出てるのに元気に動いてるんだぞ。


あんなのニンゲンじゃない。


治ると仮定してもそれは何年後の話だ。すぐできるのか。


そんなことを考えていたら始まった。始まってしまった。


頭が、身体が勝手に足が動く。


このまま待っていれば俺はほぼ間違いなくアイツラになり人を喰う、ならどうせ死ぬのだ。みんなのためになる方がいいに決まってる。


もし俺がアイツラになって、何かの間違いで東堂や家族を食うことになったら目も当てられない。


俺の命の価値はどうなる。


痛みと恐怖でどうにかなりそうだったのに。少しずつそれがどうでもいいことのように思えてくる。


かばったときもそうだ、やるべきことを一度決めてしまったら、痛いとか怖いとか嫌だとか考えられなくなる。そして冷静な俺が勝手に体を動かす。


もしかしたらあれか、二重人格か?そんな思考も流れていく。


一歩一歩と階段を上がっていく。


通りすぎるアイツラの頭を潰しながら。


そして屋上に着く。



街はさっきよりもひどいものだった。


「東堂たち無事についてるといいな」という感情と「なんで俺は死ぬのに東堂たちは」という感情が混ざる。


だがそれでも足は勝手に動く。


手すりに手をかける。


「あーあ、短い人生だったな」


冷静な俺は躊躇ったりはしなかった。


俺は身を乗り出して手すりから手を離した。


こうして御堂優一は短い人生を終えた。









痛みでどうにかなりそうだ。

俺は今どこで何をしているんだ。


まぶたの隙間から太陽の光が覗いてくる。


眩しい。


ゆっくりと上半身をもちあげる。

そこは花壇の前だった。


コンクリートには真っ赤で巨大な花が咲いてる。


「あ~まじか」


生きてる。頬をつねる。

痛い。


「生きてる、生きてる、ほんとに生きてる」


アイツラがその声に集まってくる。


日が上がってるということは13時間はあれから立っているだろう。


よっと立ち上がる。


力が溢れている。


今なら何でもできそうだ。


「よっし行動開始するか」




はやくニンゲンを殺さないと。

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