その探偵、幸運につき

@Hassia

プロローグ

第1話 ラック探偵 落石楽弥

「よくぞ皆さん、集まって下さりました。」

探偵は事件の容疑者達に向かってそう話しかける。周囲の人間は此処に集められた目的が良くわからないのか、すべからく困惑の表情を浮かべている。


「おい、何で俺達を集めたんだ楽弥らくや?」

その探偵の兄で刑事でもある落石賢おちいしけんは、訝しげに彼に尋ねる。


「何でって、兄さん。探偵が容疑者を集めたらやる事は1つでしょ。」

彼はさも当たり前かの様に言う。


「まさか……犯人が分かったのか?」

「その通り。」

彼は探偵らしくしたり顔で静かにそう言う。


「お前は馬鹿なんだから止めとけ。ただ恥をかくだけだぞ。」

実の弟に対してひどい言い様である。


「まぁ見てなって。僕が今から犯人を指摘するから。この事件の真犯人をね。」

「あら、これは殺人事件じゃなくて事故じゃないの?」

集められた容疑者であろう女が、探偵にそう言う。しかし、探偵はしっかりと否定した。


「違いますよ、明美さん。これはれっきとした殺人です。意図的に行われたね。」

「じゃあ犯人は誰なのよっ!私の夫を殺したのはっ!」

明美と呼ばれた彼女は怒りに任せてそう叫んだ。どうやら被害者は彼女の夫らしい。


「犯人はこの中にいますよ。」

「いったい誰が?誰が殺したんだね?」

「そうですよ、いったい誰なんですか?彼を殺したのは?」

恰幅の良い男と優しげな顔をした男が、その声と体を震わせながらそう言う。

そこで探偵は犯人の方向へ指をむける。


「僕の大切な友人である彼の事を殺した犯人はあなただ!僕のマーベラスな勘がそう告げている!」

探偵は犯人にその指を指しながら、そう言った。その目に静かな怒りと確固たる意志を携えながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――都内某所――

「んんー、今日はとってもいい天気だ!」

その男はあるビルの屋上で、体をグーッと伸ばしながら、思わず声を出した。

彼は寝起きなのか、ボーッとしながらボサボサの頭でパジャマ姿でそこに立っている。


この格好でこの時間帯にビルの屋上にいる彼は、明らかに不審者である。

しかし、周りのマンションの住人は誰も通報しようとはしない。それには理由がある。


「今日は何の日だっけ?そうだそうだ、今日は家賃の徴集日だ。」

彼は確かめるように呟いた。実はこの怪しい男は、このビルのオーナーなのだ。


数年前、彼は宝くじの一等に当選した。その金を利用してこのビルを建てたのだ。彼の年齢は今現在25歳。羨ましいかぎりである。


そして彼はこうも呟いた。


「あ、もう8時だ。今日は事務所の方にお客さんが10時に依頼に来るんだった。早くしないと、お客さんが来ちゃう。」

彼は自分のビルに探偵事務所を開いている。勿論、そこを訪ねてくる人間は余り多くはないが、彼自身は探偵を趣味でやっている為に彼はこれでいいと思っている。


そして、彼は屋上での日課である日光浴を終えて、エレベーターで2階まで降りる。

彼の探偵事務所はこの5階建てのビルの2階にあるのだ。


そして彼はいつも寝泊まりをしている2階の201室へ行く。そこはきっちりと整頓がされていて、探偵業の時にいつも着ている黒いスーツと白いワイシャツはしっかりとアイロンがかかっている。実はこの男、意外にこまめである。


「よし、しっかりバッチリ決まってる。今日も1日頑張れそうだ。」

彼は鏡を見てそう言った。けれども、ボサボサ頭はそのままなので、どこかルーズな印象を受ける。


彼がいつものスーツ姿になり色々と身支度を終えると、探偵事務所の扉がチリンチリンと音をたてる。どうやら今日のお客さんが来たようだ。


「ようこそ、この落石おちいし探偵事務所へ、我が友よ!」

彼は大げさにリアクションをしながら、客を出迎える。


「そんな大げさにしなくてもいいよ、楽弥らくや

その客は彼の友人なのかフレンドリーにこの変人に話しかける。どうやら、探偵の名前は落石楽弥おちいしらくやと言うらしい。


「探偵とは格好つけるものなんだよ、しょう。」

彼にはよく分からない探偵としての美学があるようで、彼は翔に対してそう返す。


「相変わらずだなぁ。まぁ、とりあえず探偵さんへの相談を言おうかな?」

「そうだ。いったいどうしたんだい、急に相談だなんて?」

どうやら、彼は楽弥に対して相談があるそうで、それまでの仲良さげな雰囲気から一転、真面目な顔をして彼に事情を話す。


「実は最近、殺害予告を受けてるんだ。」

「殺害予告!?」

「理由は分からない。ある日突然、俺あてに脅迫状が届いていたんだ。」

「警察には相談したのかい?」

「実は最近俺らに子どもが出来たんだ。生まれてきた子どもと妻に余計な負担を掛けたくないから、内密に解決したい。」

そして彼は言葉を続ける。


「それにお前、探し物得意だろ?確か俺の妹が迷子になった時居場所を当てたじゃんか。お前は昔から勘と運だけは超一流だからな。この前一緒に競馬に行ったら、『彼らに懸ける!僕の勘がそう告げている!』とか言って三連単を当てたもんな。俺も儲けさせて貰ったよ。」

「僕も自分の運だけは日本いや、世界一だと信じているよ。宝くじも2回連続で一等当たったしね。」

彼はかつてない程のしたり顔で言った。確かにそれは偉業だろう。最早、ただのラッキーでは済まない事である。


「そのお前の豪運と奇跡的な勘を借りたい。どうか脅迫犯を見つけて俺を助けてくれ。」

「……分かった。奥さんの為なんだね?協力するよ。」

どうやら古くからの友人である翔を見捨てられなかったようだ。その真剣な言葉を聞いて、楽弥は少しだけ悩む素振りを見せたが、彼は最終的に首を縦にふる。


そしてその後、楽弥は脅迫を受けた時期や周りの人間関係、彼に恨みを持っていそうな人物等の話を聞こうとした。しかし、彼は午後に用事が有るそうで、今日の話は終わりだそうだ。どうやら明日に子どもが誕生したことを祝うパーティーを行うらしい。


楽弥はそれに誘われ、パーティーに参加することになった。そしてそのパーティーの後に彼らは脅迫状の件について話し合いをすることにした。


しかし、この彼の選択は運命だったのか。それとも必然だったのか。楽弥にとって、ここが人生の大きな転機となる。人間としても、探偵としても。




次回、「はじめてのさつじん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その探偵、幸運につき @Hassia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ