ラスト・エデン

水木レナ

対マッチングハートのリュート戦

 海。

 白亜の色彩をまとった少女が、冷たいはずの氷の上で、裸足で突っ立って茫洋と広がる海の真っただ中、銀の杖スティックでもってコリコリと頭をかいている。

 旅の目的はまだ秘密。

 ただ、陽ざしの強い炎天下、かつて住みかとしていた天幕から一歩踏み出したときに思ったコレジャナイ感。


「あーあ。アザラシじゃあるまいし、こーんな潮に流されるなんて」

 見渡す限り、海。

 潮風がビョウビョウと吹き付ける流氷の上。

 一人が乗っても、それはそれで可もなく不可もなく。

 ただ海面を漂うのみ。

 それでいてさえも、むきだしである少女の手足をこごえさせることはできない。

 彼女の遠くを見つめる目は、まばたきもせず細められ、長い銀髪と同様の色彩をしたまつ毛が、瞳の色を隠している。

 肩からすっぱりと袖のないブラウスと、おそらく布を巻いただけのスカートをはいている。


「しっかし、転移してきてから、あっちゅーまだったわね」

 眉をしかめて、気難しそうだ。

「いくら異状態回復、重ねがけしてたって、限界ってもんがあるでしょーよ」


 彼女の名はサーラ。セレンシュアの略。

 どおん! と打ち寄せる波のしぶきにも負けない態度のでかさ。


 しかし状況はもう、悪くなる一方で。

「魔法を使いすぎたのが、失敗だったなー。しっかし、転移って杖と魔法陣だけじゃムズイもんなんだなぁー」

 どんどん、どうでもいい方向へ、潮が流れてゆく。


「いっか。このまま流されていけば、どっかに辿りつくでしょー」

 そのとき、足元が音たてて崩れ落ちた。



 旅に旅する、恋をする。乙女なハートにマッチング! の巻。



 南国の開発地区リゾートの白浜に、さざ波が打ち寄せる。ヤシの木は個人宅にあり、新たに植樹されたバナナの並木は、青いままの実をつけて誇らしげだ。


 フワリ、羽根のごとく軽やかに、舞い落ちてきたレースの布に読書を邪魔されて、館の主人の細く白い指先が、ついとそれを持ち上げる。


「これは、なにかな?」


「もっもうしわけございません、リュートさま! 今すぐ片づけますから!!!」


「何かって聞いただけなのに、そんなに萎縮させてしまうほどボクって蠱惑的かい?」


「ああっ! 見捨てないでください! お許しになって……どうか、どうか、リュートさまぁ……」

 はぁん。リュートの流し目を受けた美女が、腰砕けになって溜息した。


「アーク、キミのような凡人以下の凡人にはわからないだろう? 生まれつきパーフェクトなボクを誰が否定できるだろうか?」


「も、もちろん、ござりませんともっ!!!」

 アークと呼ばれた少年は腰だけでなく、背まで低くしてリュートのそばにはべる。


「ハハン。そうだろう? そうだろうとも。ボクはベルベットのベッドに包まれ、銀のスプーンを口にくわえて生まれてきた。それが、ゆるがぬボクのステイタス、さ」

 長いまつ毛をバチンとまたたかせ、陶然とした表情で、弁舌さわやかに言った。

「そんな高貴で尊い身分のこのボクが、なんの保障もなく、ただ突っ立ってるだけの移民を受け入れてあげた、これは神のごとき行い。つまり、ボク以上の慈悲をもつ人間は皆無だということだ」


「あっ、ありがとう、ぞ、ぞんじまするっっ」


「キミは立っても座っても見るべきところのない人材だ。ボクのこの服を汚さないでくれたまえよ」

 

 リュートの長い足がつきだされ、アーク少年は、その裾を折る。

「ただ今! ……ただ今、すぐに……!」

 アークの卑屈ともいえる態度は、もって生まれたものではない。ましてや奴隷のごとき役目を負わされて、日に三度のリュートの着替えに際して、そのズボンの裾を折る。これは最も卑しいとされる身分が最下層の者でもさせられない行為だ。


 リュートのやわらかな低音は、少しハスキーだ。それがいっそう艶めかしくもある。

「ボクのハニーたち、今日三度目の衣装替えを手伝ってくれたまえ」


「「「「「「はいぃ――!!!」」」」」」


 リュートは本名を名乗りたがらない。

 これ見よがしな厚い胸板に、シックでドレッシーなレースのブラウスを重ね、決して現地のアロハシャツなど着ない。

「本当に気のきかない奴だよ、アーク。その名前すら生意気だが、さもしいキミの親が、せめて名前だけでも‘至高’と名づけた。それを尊重して呼んでやってるのになんなんだい!?」

 リュートは手にしていた中身の入ったシャンパングラスをパッと振り、つんとそっぽを向いた。


「……っ!」

 アークは頭から濡れてしまった。それ以上に屈辱的だった。


「申しわけござりませぬ!」


「ノンノン。キミの言葉は塵芥の如く降り積もっては舞い上がる病原菌のそれさ。さあ、ボクの足をおなめよ」


「は……は、い……」


 磨かれた爪を見つめながら、およそ数え切れぬほどの罵倒の言葉を思いうかべるが、今己の唯一絶対の主人が求めているのはそれではない。

「…………おみ足を……なめさせて、いただきます」




 マッチングハートこのであいはきせきのリュートのシンボルが、白い崖の上にはためいている。その急な斜面に粗削りの石階段がある。白墨を切り出したこの地は高く、意外に険しい。どこまでも青い海と、白いサンゴ礁の浜。

 その先鋒の岬に、リュートの領地がだだっ広く広がっていた。


「浜で拾ってきたぁ?……こりゃあ、流氷じゃないの。アーク!」


 アークは真白な海岸にまぎれる水晶のようなそれを、どうやってか岬の倉庫に運び込んできた。

「は、はい……いかがいたしましょう、お姉さま方……」


「あっらー! 天然の氷なんて、キリマンジャロを上空から見下ろして以来だわ。クラッシュアイスにして、お酒を呑みましょうよ!」

「リュートさまに、内緒で……いいの?」

「大丈夫! 私たちが楽しければ、リュートさまも楽しいに決まってる!」


 酒場の裏手の倉庫には三人の女性がたむろしていた。

 奥には地下倉庫につながる階段があって、そこに大概のものはそろっている。

 じわじわと溶けていく氷の塊を、台車に乗せたまま、弱っているアークの背中が陽炎に小さくゆらめいていた。


「私たちが先にお毒見をしてさしあげるんじゃないの。リュートさまのおなかが痛くなったら困るから」

「そ……それもそうね!」

 それにそういう言い訳が成り立つのは何かと都合がよい。


 二人の女子が胸を突き合わせているのを見て、凹凸に差がある、と感じた残り一人は、自分の中くらいのバストを見下ろした。

「このことは黙っておくことね、アーク」


「は、はい……もちろん、もちろんでございます、お姉さま方」


 ばいーん! と音がしそうな豊かな実りが、眼前に突き出された。

 これで大抵の男は黙ってくぎ付けになると、知っていてやっている。

 アークは、眉の上を指でひっかきながら、目をそらそうとして、なんとなく流氷を見つめていた。


「あー! 生き返った――!!」


 二人の女子のバストを見比べていた女子が、あわてて腰かけから転がり落ちた。


「ん? てゆか、むしろあったか……あっつーい!!」


 あまりにも突然に、唐突に現れてそう叫んだので、一瞬それが目の前の流氷から発されたものとは誰も思わなかった。思わなかったが、しかし、そう言った彼女の下半身は未だ氷漬けなのだった。

 言ったとたん、寒暖差にやられて少女はぐったりした表情をした。


「転移魔法で遭難なんて、参っちゃう――!!! あーでも、もう溶けたから、いっかー」


 どうやら、言うほど堪えた様子でもない。


 パキーン! 魔法と聞いて、一瞬にして女子たちの表情が凍りついた。


 さらりとした銀髪をまだ半分凍りつかせたまま、少女はその紅い瞳で周りを見回した。

 女子たちとアークは一様に口を開いたきり、あっけにとられている。


 サーラだけがにごりひとつない目で見つめ返していた。

「なにやってんの?」


「そりゃああんたよ! あんた!!」

「まさか、あんたって魔女なの……?」



「なんだね、キミたち! 魔法がどうとか言ったかね!? 聞き捨てならないよ!!!」

 一気にまくしたてながら、リュートがアークの背後から入室してきた。


 凍りついていた彼女らの表情が一気にほどけ、懇願のそれにとってかわられる。

 ギャース!!! 誰のものともつかない悲鳴で、倉庫が満ち溢れた。


 どーん!!! とサーラは半身が凍ったまま突き飛ばされた。そのまま近くにあった地下倉庫の階段下へ。

 凍りついていた銀の杖がわずかな光を放ち、空間をにした。


 その瞬間、女子たちは意識を手放し、四肢を伸ばして白目を剥いた。

 倉庫には甘いムードを漂わせた、やけにお色気ムンムンなリュートの声が反響していた。

「わかっていたことだが、罪なボク。生まれつきパーフェクトなボクをだれが否定できるだろうか?」


「「「いいえ~~! おりませんわ~~!! そんな女の子~~!!!」」」


「そこのキミ、いや焦るのはやめだ。キミもボクのトリコになったんだろう? いや、言わなくてもわかる」

 サーラを突き落としておいて、自分で自分にうっとりした顔のリュート。

 しかし、空間は不可視の迷宮を出現させ、しばらく彼女たちとサーラたちは隔てられることとなった。


 だらしなく口を半開きにして目をとろかせる女子陣。

「いったい、私たち、なにをしてたの~~?」


「魔法、と言ったね? そんな単語を口にしたのは、よもやキミたちのうちの誰かだと言うんじゃないだろうね!?」


 サーラの一番近くにいた娘は、思い出していた。サーラの衝撃的な一言を。


「あの娘です!! リュートさま!!!」

「アークが浜から連れてきたんです!!!」


「まさか、まだ生き残って……いや」

 南国に不自然なほど白い相貌。やや陰りを帯びた目で、サーラを見、さっと横をむいて顎に手をやるリュート。


「もしかしたら、あの娘、奇跡の秘宝を用いたんじゃあないの……?」

「まさか! あれは封印されたはずよ!」


 騒ぐ女子らを、リュートは手を軽く振って押しとどめた。

「いや、あの女の子が生粋の魔女であれば解呪なんて簡単なことさ。まさに秘宝の輝きだ……」




 アークはサーラのところまで一緒に転がり落ちていた。

「大丈夫かい?」

 

 サーラは別段、なんともなかった。

 凍ったままクラッシュアイスにされていたらまた違っただろうが。

「あっはは! なあに? 平気へいき。私、サーラ。ここはどこ?」


「ここはマッチングハートのリュートさまのプライベートビーチのある酒場だよ。ここはそこの倉庫」

 アークは応えた。

「わたしは奴隷のアーク」

 アークは暗い目をして笑っていた。


「あっそー、どうでもいいわ!」


「へえ……」


「それよか、魔導書持ってない? 私、転移するとき、あっちに置いてきちゃったんだー」


「あなた、本当なのか? 今魔法はリュートさまの国では禁止されてるんだよ。知られたらつかまるよ!」


「ふーん」


「え? えっと、まって。待てよ? そうすると……わたしが持っている魔導書が、最後の一つじゃなかったってこと……?」



 アークはとっさにサーラを連れて、地下倉庫の中へと走った。


「ズタボロね……」


「これでもあちこち直したんだ。この杖も」

 それは言語を非言語に暗号化し、登録した魔法呪文の効力や、魔法陣を杖のひとふりで展開できる、神秘の宝珠だ。


「本当に、もういらないの?」


「確認はいらないよ。わたしには持ってる価値がない。もったいない代物だ」

 そう答えるアークの声には、わずかな期待と、羨望とがにじんでいた。


「自分でつくったんでしょ? なら、つかいなよ」


「え? いや!! あ、ああの、その!!! それはっ! ちょっと!! そのう……!」


 サーラはアークの態度が、あきらかに過剰であると感じた。


「わたしはこの国の民ではないんだ。南国に現存する魔法を採取にきて、リュートさまたちに見つかっちゃって……」

 アークはそのときのリュートのギラギラした目つきを忘れられない。

 アークの魔導書はそのとき落として、破損してしまったのだという。


「それからずっと……この島で奴隷としてコキ使われているよ……」


「なっさけなー! 一応驚いたけど、一切同情の余地がない」

 サーラは後ろに手を回して毒づいた。

「てゆか、魔導書あるのにつかわないって、魔女としてどうなの!? あんた通り一遍じゃすまされないほど、魔女の風上に置けないヤツだわ」


「そ……おう? そこまで言う?」

 アークは打ちのめされて沈んだ。

 抵抗もできずにタコ殴りにされたも同然である。

「ま、まあ……そうだね。わたしも転移魔法つかえないこともなかったし。禁止されてるって言われてそうかって、黙っちゃったけど……使えばよかったんだ」


 サーラはそれを聞いておや、という顔をした。


「それで、ここへは何しにきたの? あなたも魔法の採取?」


「私、古代魔法の呪術を完成させるの!」

 あっけらかんと彼女は言った。

 まるで自慢の宝物をのぞきこむような笑顔を浮かべて。


「ええ……っ! こ、古代魔法って、こ、古代の呪術式を、求めて来たの……? そ、そんな……それは恐ろしく緻密な計算式が必要で、普通の魔導書じゃ、た、太刀打ちできない……大変なことだよ!?」

 アークは魂の抜けたような白面になって騒いだ。


「うん、だからまずは奇跡の秘宝を手に入れるの!」

 彼女が自分で掲げた目標が、どれだけ無茶で無謀で、途方もないものか、その内容を聞けば、すぐにわかった。

 その姿は、特に気負った様子もない。


「き、危険だよ」


「私はやるの」


 アークは手足をそわそわとばたつかせながら言いつのった。

「それは……そのう、無茶っていうか、無謀っていうか、野望とも言えないほど、現実的じゃないっていうか」

 アークは悲鳴のようにつづけた。

「そんなのって……一体、どうやったらそんなことができるの? 思いつくことすら、不可能なはずなのに」


 サーラは銀の杖を突きだして、憮然として抗議した。

「私だって、自分でもわからない。でも、物心ついたときからずっと思ってたの。しかたないでしょ。時間は限られている。急がなきゃ」


 アークはサーラの偽らざる本音に触れて、気を取り直した。

「わかった。そういうことなんだね」


「そして私、異世界に渡るの」


「ええっ!? 異世界!?!」


「そう。行くの。やると言ったらやるの!」


「!!!」

 アークは言葉を失ったが、心の内では思っていた。

(すごいや、このひと!!! 素直にすごい。思いつきをここまで強く自己肯定してしまうなんて、並大抵のことじゃない)

「行って、どうするの……?」


 サーラは天空を目指すかのように、高い天井を見上げ、しごく当然のようにつぶやいた。

「そこで私は新世界を創造するの。頭おかしいって思われるかな……」


(意外! いや、もうこの辺がとか、どの辺がとかじゃなくって、当たり前に言い切るところがすごい)

 思わず感服するアーク。

「わたしにも、同じことができるかな……?」


「どうしてしないの?」

 サーラはなにげなく尋ねたが、アークの口からは衝撃の一言が発せられる。

「こんなわたしでも、夢を叶えられるかな……?」


「夢?」


「わたしは魔法で、この世界を支配し、守りたい」

 目線が自分の持つ魔導書にくぎ付けになっているアーク。

「できると……思う?」


「さあ。勝手にしたら?」


 アークは両手を握ったり、開いたりしながら、手汗をぬぐった。

「最初は直接でなくていいんだ。自然災害、天文観測、生命の神秘を学ぶことから始めたい」

 おのれの臆病さを振り切るように言ったアーク。

 

 そこへ、リュートの声が響き渡る。


 プァッパパァ~~ン!

 まるでそんなBGMが聞こえてきそうなほど、艶めかしい声。

「キミが世界を支配する? 守るだって? ノンノン。そんなことできっこないさ、アーク!!!」

「うわあ!」

 後ろへのけぞるアーク。


「!」

 サーラは耳をふさいでいた。


 アークが持っていた魔導書が破壊された!

 歳月をかけた魔女のたった一つのアイテムが。

 つくりがいまいちおそまつとはいえ、アークが心血注いだ魔導書、それが……!!!

「わたしの魔導書……!」


「一体、なにをピヨピヨ言ってるんだい?」

 さあっと風が吹きこみ、リュートの前髪がざわついた。

 朱い目の粘膜がはっきりとした隈取りとなり、眼光を鋭くさせていた。

「そこな乙女くん、勘違いでないといいのだが。キミは杖をもって魔導書に触れた……この上、奇跡の秘宝をどうこうしようというのでないと、いいんだけど?」


 アークは口を開け閉めしている。


 リュートはゾロリと女子たちを引き連れてきた。

「最期に聞くけど、生まれつきパーフェクトなボクを、誰が否定できるだろうか?」


 とっさにこびへつらう表情を浮かべるアーク。

「そ、それは……もちろん」


 しかし!

「だれ? このオバサン」


 アークはかわいそうになるほど衝撃を受けた顔。


 その場に居合わせた全員、唖然!

 リュートは血管を破裂させるところだったし、色鮮やかなルージュをひいた唇がワナワナと震えた。

 顔色は蒼くなったり赤くなったり、大変だ。


「「「んなっ……! なあ~~にを!! 言って……!!!」」」

 女子陣もうまく言葉が出ないようだ。


 アークはサーラにむかって張りついた笑顔を浮かべ、なんとか取り繕おうとした。

 吃音になりながら、口を縦にパクパクさせる。

「て、訂正しなよ……もちろん、リュートさまは……リュー、ト……さま、は……」

 とっさに先ほどのサーラの言葉が脳裏によぎるアーク。


 サーラは言った。

『そう。行くの。やると言ったらやるの!』


「こいつは女のくせに女をタラす変態クソババアだ!」


 気づいたらリュートが、顔面崩壊する勢いで表情筋を震わせていた。


「あっはははー!!!」


「このくされ(ピー)が――!!!」

 喉の奥が見えるほど口を開けて、怒鳴り散らすリュート。


(ああー、言ってしまった。でも本当のことだ。わたしは悪くないぞ。人道にもとることをしてるアンタが悪いんだ。そうだアンタが一番悪い)

 後悔と恐怖に戦慄してわめきだすアーク。

「うっ、うわああぁ――っ!!!」


 言葉にならないその叫びに、歯を剥いて笑うサーラ。

「そうよ。あんた言うじゃない!」


「サーラ!!」


 この上、不細工な美意識をまだ振りかざそうとするリュート。

「この……ボクを、怒らせたね……」

 うっぎゃあぁぁ~~!!! 言うが早いか、リュートの武器――すなわち声がこだまする。


 サーラの脳髄にダメージ!

「!!!」

 奥歯までのぞかせて、その衝撃派をいなすサーラ。

「なに? 赤ちゃんのまね!?」


 驚愕に殺気すらひっこめて、目玉を剥くリュート。

「ボクの攻撃が、効かないだって……!?」


 わけもわからず、敗北感に苛まれるリュートを見て、これまたわけもわからず、どんな顔をしていいか全くわからないアーク。

 思わずへの字口。


 女子陣に妙なざわめきが広がる。

「「「信じられない」」」


「マジック・サイレンサー」

 サーラは頭上で銀の杖を振った!


「なぜその呪文を――!!! う、うぐががっっ。声がっ、で、な……馬鹿な、ボク、の魔法、がああっ!!!」

 頭まっしろな台詞を吐いて、リュートは自分が魅了の魔法を使っていたことを白状した。


「ま、魔女には魔女が見抜けるってことかな」


 地下倉庫の床に膝をついているリュート。

 口を半開きにして白目を剥いているところへ、サーラの攻撃呪文がリュートの脳髄を焼いた。


 バオーン!!! ふにゃふにゃにふやけたリュートは、腑抜けた表情をして、目を見開いたまま後ろへふっとんだ。


「なに、あれは!?」

「リュートさまぁ!」

「リュートさまがやられるなんて、こいつ、化物……!!?」


 サーラの銀の杖の切っ先が、勝利を告げる。

「アークにあんたたちの所持する魔導書を明け渡しなさい」


「「「は……はあいぃ~~っ」」」

 くたくたっとへたりこんでいる女子たち。


「うむ、余は満足じゃ!! なんてね!!!」


 感極まって、涙をこぼすアーク。その表情に笑顔がほんの少し戻りつつある。

 パア―ッと、というわけにはいかなかったけれど。


「サーラ……」

 アークの瞳が輝いた。それだけで充分だった。




 白浜はどこまでも白いので、光が乱反射しないよう、黒天幕をぶんどってきた二人。

 アークとサーラはその中で魔導書を手に、微笑んでいる。

 この小さな島を出て、奇跡の秘宝を目指す旅に出るのだ。

 魔導書が映し出す風景が、少しずつ凪の海に変わっていく。


「サーラは、どんな新世界を創りたいの?」

 サーラは、天幕の中でピカピカ光り、次々変化していく宝珠の映像を見つめ、海鳥の声を聞いた。

 魚のはねる音もする。

 深い海の底でも、マリンスノーが降り積もっていくのが見える。


「そうね。平和な世界がいいな」

 わりと普通に口にするが、それはナマナカなことではできないことだった。

「うん。平和。人と人同士が争わないように、今の世界の毒された部分を引き継がない、独自の世界を形成する。水と食べ物と安全に困らない世界」

 サーラはアークを杖で示して、決め顔をする。

「そのために、奇跡の秘宝を探しているの」


「ああ、奇跡の秘宝ね」


 遠くを見る目で、ゆったりと、サーラは言う。

「できれば、星が誕生する前から着手したいかな」


「ええ!? そんなの神様に怒られるよ! 疑似世界ならまだしも!」


「いやー、私ならできると思うんだ。名前も決めてあるし」


「絶対ムリだってば!」


「ええーっ!? 聞くぐらいしなさいよ!!! 名前とか名前とか名前とか――!」


「そんなの絶対、ムリったら、ムリムリムリ――ッ!!!」


 魔導書はどうなった!? 

 向かうところ敵なしの野望を持ったサーラ。

 どこへ行くのかサーラ!?


(奇跡の秘宝を求めて……)


 つづく!






(終わりです!!!)






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