第2話

 カタンとドアの方から物音がした。

 しかし振り向くと誰もいなかった。気のせいだったのだろうか。

「遅いな……」

 だいたいいつも先輩は僕より先に来てるのに。

 弱小文芸部の部員は現在5人だけ。しかも3人が幽霊部員だ。

 ほとんど2人きりの部活動の内容はというと、僕が彼女の短編小説を読んで、その感想を話す。それだけ。

 だいたい月に1回、先輩とこの実験室で会っている。

 ――まあ、今日は活動日じゃないんだけど。

 新しい小説ができてしまったから読んでほしくなったのだろうか?

 ……あるいは?

 僕の脳裡には未来予測システムの予言がちらついていた。

 17歳のうちに年上の彼女ができるという予言。

 カタン。

 また音が聞こえた。やっぱり気のせいじゃない。

「……?」

 だが、誰も入ってきていない。

「なんだ?」

 その時、僕の電話が鳴った。

 電話の着信のようだった。発信元は木下先輩だ。

「もしもし」

『場所間違えちゃった』

「え、いつものとこですよね?」

 この実験室はいつも使ってる部屋だ。間違えようがない。

『他の場所にするべきだった、って思ったの』

 いまいち要領を得ない回答だった。

『入ろうとして、「あ、違った」って思ったの。だけど、いまから場所変えるのも変だから、一旦、電話で』

「はい?」

 入ろうとした?

 僕はドアの方を見る。

 やっぱり先ほどの物音は先輩だったのだろうか?

 もしかして、すぐそこにいる?

「……」

『……』

 いや、待て。なんだこの空気。

 なんか……。

 え?

 まさか、あの占いは、本当にそうなるのか?

 電話で話すと言ったまま、先輩はなにも言わない。

 僕はとりあえず廊下に出ようと思って声を発しかける。

「せんぱ――」

 しかしそれは遮られた。

『待ってね。こっち来たらだめ。……あのね、私、実は小説の感想もらうのは、途中からほとんど言い訳みたいな感じになってたんだ。……会う、ための。それで、ふと、なんで読んでもらいたいんだろうとか、なんで話聞きたいんだろうとかってふと考えたら、気付いちゃったの』

「は、はい」

 頭がぐらぐらする。これって、これって……。

『あのね、好きです』

 消えそうなぐらい小さくて、だけどはっきりした声。

 僕は今、告白されている。

『でもね、私ね、絶対に付き合いたいとかそういう考えでもないの。だからこうやって気持ちを言えちゃうんだけど。でもやっぱり思うよりドキドキして。面と向かっては無理そうだったし、なんか普通に部屋で待ってるとこ見たら、「あ、小説の話だと思ってるよね。そりゃそうだよね」って思って。そう思ったら、その状態から切り出すのはちょっと怖くなって』

「はい」

『なんか、考え出すとぐるぐるしちゃって止まらなかったから、もう言うしかないなって思ったの。だからほとんど自分がすっきりしたいんだ。ごめんね。でも』

 木下先輩にしては本当に珍しく、取り留めなく話しているようだった。

『ごめんねずっとしゃべっちゃって。……怖いみたいやっぱり。付き合ってもらっても、付き合ってもらえなくても、どっちでも私にとっては良いんだって納得してから今日来たはずなのに、やっぱり怖い』

 たぶん先輩はいま、僕が見たこともない表情をしているのだろう。

 黒髪の向こうの綺麗な瞳が、どうしようもなく揺れているのだろう。

 僕はその想いに……応えられるのか?

 彼女と付き合うと、答えるのか?

「……先輩」

『はい』

 ドアの窓のほとんど死角に先輩は隠れてしまっているから、どんな表情をしているのかわからない。

 でも確実に先輩は身を硬くして、答えを待っていた。

 先輩がなんと言おうと、なんにせよ直接向き合わないといけないと僕は思った。

 だから、僕はドアを開けた。

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