年上の彼女
荒戸 花
第1話
絢はまた飴を舐めている。
「またコーラ味の飴?」
僕がそう言うと、彼女は口の中で飴を転がしながら頷いた。
絢は道路の向こうを眺めたまま問いかけてくる。
「占いの結果は?」
「僕?」
「……なに? ニヤニヤして気持ち悪い」
ひどい言われようだ。
だけど、占いの結果が良かったのだからしょうがない。
「『17歳で年上の彼女ができる』ってさ」
絢は一瞬の無表情になって、すぐに眉根を寄せた。
「今17歳じゃん。今年じゃん」
普通の占いだったらこんなに喜ばなかったかもしれない。
当たるも八卦当たらぬも八卦だなんて思っただろうし。
だけど、今回の占いは普通じゃない。
「年上。年上かあ」
絢は思案顔で呟いていた。
「いいんじゃない? 僕、ロングヘアー好きだし」
「年上はロングヘアーってどういう偏見? そっか。ロング好きかぁ」
絢は自分の短めな髪を触りながらそう言う。
僕の交友関係で年上の女の子といったら、思い浮かぶのはただ一人だけだった。
文芸部の木下先輩しかいない。たしかに彼女は黒髪ロングヘアーだ。
「絢はどうだったの?」
「私は……」
彼女は口を尖らせる。
「『しばらく彼氏できない。いつか年下の彼氏ができる。想いを大切に』だってさ。やっぱりポンコツなんじゃない?」
「いやいや、近いうちに僕に彼女ができるって言ってるんだから。信憑性は高いよね」
「それがダウトって言ってんの」
僕と絢は、人工知能による未来予測システムのテスターとして都内のビルに呼ばれたのだ。
研究者たちはなにか色々言っていたが、正直ちんぷんかんぷんだった。
僕と絢は「彼氏彼女ができるのかどうか」という質問を未来予知システムに訊いた。
僕らはそれを占いと呼んでいた。だって、信憑性が不明なのだから、神社で引くおみくじと大差ない。
大人たちの中には神託と呼んでる人もいたけど。
まあ正直に言ってしまえば、僕は微妙に当てが外れた気持ちだった。
僕と絢はずっと微妙な関係だった。強固に結ばれているわけでもない。でもほどけるわけでもない。
キャンディの包み紙みたいに、端と端を軽く締めて繋げてるような関係。
だからもしも、未来予測システムに「隣の異性と結ばれる」とでも言ってもらえば、なにかが違ったかもしれないと心のどこかで思っていた。
だけど占いの結果はちぐはぐ。
「僕には17歳のうちに『年上の彼女』で」
「私にはいつか『年下の彼氏』か」
うーんと唸って絢は呟く。
「どんな彼氏だろう。痩身のイケメンかな。でもなあ。私、年下好きになるとは思えないんだけど」
「僕は年上でも別に好きになれそうだけど」
「あっそ。別に聞いてないし」
絢は僕の肩に拳をぶつけてから、続けて言う。
「まあ当たらないよ。どうせ」
「外れて欲しいの?」
「私に彼氏ができるのが当分先ってところは絶対にね。……あ、そうだ、飴いる?」
「えー、いらない。またコーラ味でしょ?」
「なによ。おいしいじゃん」
「でもいらない。あ、味といえばさ、ファーストキスはレモン味って噂あるけど本当かな。絢がそれを確かめられるのは当分先だろうから、真偽がわかったら教えてあげるね」
「そんな心配はいらないって。ポンコツ人工知能の占いなんて外れるんだから」
絢は作ったような笑顔を僕に向けてそう言った。
帰り道でも、僕の病気についてはお互い触れなかった。
僕たちはその問題を持て余していたのだ。
人工知能の未来予測システムのテスターに呼ばれたのは、難病指定された病気を患った僕への優待によるものだった。
僕はもうすぐ入院する。
そしてこのままいけば、きっと僕は死ぬ。
医学は僕の病気に追いつけない。
だからこそ占いの結果は絶対に信じられないなと思っていた。
だって、僕はもう死ぬのだろう?
それなのに彼女ができるのだろうか。
しかしこういう風に消極的なことばかり考えるのもよくない。
だからこそ、僕も絢もその話題については極力触れないようにしていたのだ。
ところで、僕は明日、木下先輩に呼び出されている。
僕の交際関係で唯一、年上の女性。
文芸部の活動だとは思うが、明日は文芸部の活動日じゃない。
それなのに呼び出しを受けた。
……まさか?
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