そして私は途方に暮れる
フカイ
掌編(読み切り)
> 見慣れない服を着た
> きみがいま
> 出ていった
ひさしぶりのメイルをありがとう。
私は今、あなたの街からずいぶん遠いところでこれを書いています。
もうすぐ、今の恋人と一緒になる予定です。
…あなたは?
> 髪型を整え
> テーブルの
> 上もそのままに
> ひとつ残らずきみを
> 悲しませないものを
> きみの世界のすべてにすればいい
> そしてぼくは途方に暮れる…
そう、あなたはきっと途方に暮れているのでしょう。
でもそれは私にはどうすることもできないのです。
あなたがもしそう望むなら、それを私のせいにして下さい。
私がしたことは、きっとそれほど辛いことだったのでしょう。
あの時も、そしてあれからも、ずっと私はあなたに何の説明もしてきませんでした。
だけど私だってそれでずいぶんもどかしい思いを味わったのです。私だって、苦しんだのです。
でも、それも私はあなたに一切伝えなかったから、きっとあなたは私を憎んでいることでしょう。
判って欲しいとは思っていません。
だけど、あれからずいぶん時間が経ったいまだから、あのとき言葉に出来なかったことを、あなたに伝えようと思います。
> ふざけあったあのリムジン
> 遠くなる
> きみの手で
あれからずいぶん遠いところへ来てしまった気がしています。
こんな言い方は薄情に過ぎるかもしれないけど、あなたとのことも、私の中では整理されて、静かな想い出として仕舞い込まれてしまいました。
―――最後の頃、私はあなたとはもう判りあえない、ということに気付いていました。
ふたりで一緒にいることでもたらされる安心感。あなたが伝えてくれる愛情は限りなく、それらは私を充たしてくれました。でも、私が求めているのは、もっと別のことだったような気がするのです。
それを強いて言葉にするとするならば、それは『受け入れること』であり、『理解すること』でした。
あなたは最後まで、私をきちんと見ようとしてくれなかった。私の汚いところやだらしないところには目をつぶって、きれいなところだけを見ようとしていました。『そうじゃない』とあなたは言うかもしれません。だとするならば、<私がそう感じでいた> というところに問題があったのかも知れません。
私はありのままの私を受け入れて欲しかった。私もありのままのあなたを理解したかった。だけどあなたは最後まで、それを強固に拒み続けたのです。
だけど、そう言ったところで、あの時のあなたはそれを理解できなかったと思います。あるいは今でもあなたは私がなにを言っているのか、判らないのかもしれません。
でもそれは結局、あなたと私の人間性の違いであって、あなたをそうやって責めるのは筋違いのような気がしたのです。
だから私は、なにも言えなかったのです。
> やさしくなれずに
> 離れられずに
> 想いが残る
そう。
敢えて言うなら、そんなことをもっと強くあなたに伝えたらよかったんじゃないか。いまはそんな風に思えるのです。たとえ違う空気を吸いながら暮らしているふたりでも、そうやって正直な気持ちを伝えあえば、いつかは判りあえたかもしれない。ぶつかり合いながらも少しずつ、近づいてゆくことができたかもしれない。それは厳しい優しさだったんじゃないか…、いまはそんな風に思えるのです。
> もうすぐ雨のハイウェイ
> 輝いた季節は
> きみの瞳になにを映すのか?
> そしてぼくは途方に暮れる…
いまの彼は、あなたと別れてずいぶんひとりの時間が長かった後に知り合った人です。
この人と知り合って、私はいま書いたようなことを気づかされたのです。
つまり、相手のあるがままを受け入れ、自分の素顔をさらすことがすなわち、愛情につながってゆくのだ、というシンプルな事実です。
飾り気のないひとの前で裸になって自分を投げ出すこと。そしてそれをまっすぐ受け止めてもらうことの喜びを、私は初めて知ったのです。
> 見慣れない服を着た
> きみがいま
> 出ていった
私が出ていったあのドアから、あなたを迎えに来てくれる私ではないあなたにふさわしい彼女が訪れることを、いまは静かに祈っています。
私は、だけど、ずっとあなたを待っていたのです。なりふり構わず迎えに来てくれるあなたを。
さようなら。もう、メイルは送らないで下さい。
そして私は途方に暮れる フカイ @fukai
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