魔王様は男色家かもしれない

エノコモモ

魔王様は男色家かもしれない


モンスターが蔓延り人の暮らしを脅かす国、クワイン王国。


「やあああ!!」


その町外れの森にて、ぐるぐると巨大な緑色の体が回っていた。その中心には小柄な影がひとつ。相手の両足を持ち振り回す技、所謂、ジャイアントスイングである。

途中でぱっと手を離され、巨大な体躯が太い木の幹にめり込んだ。


「勇者め!覚えておけよ!」


気絶した仲間を引きずって、たくさんのモンスター達が大慌てで逃げていく。その様子を見送り、勇者は額の汗を拭った。


「ふう…レベル、上がったかな」


東堂とうどう伊勢いせ

ごく普通の大学生だった人生が一転、異世界転移を果たしたのが1年前。世界を救う勇者にしか抜けない聖剣とやらを抜いたのが10ヶ月前。世界征服を目論む魔王を倒しに旅に出たのは9ヶ月前。


これも運命だ。勝手に召喚された挙げ句にいきなり慣れない勇者生活に放り込まれたのは、まあ良い。資金もジリ貧、たったひとりで魔王と戦うことに大いなる不満はあるものの、まあ致し方ないことだろう。勇者ってそういうものだろう。


「僕のレベルは今いくつなんだっけ?」


イセの言葉に、傍らを飛んでた妖精がふわふわ寄ってきた。人の手のひらのほどの彼女からは、合成されたような声が飛び出す。


「あなたのレベルは現在19です。次の必殺技はバックドロップとなります」

「バックドロップ…。カッコイイなあ…。サソリ固めとかラリアットも使い勝手は良かったんだけど、派手な必殺技の方が決まったとき嬉しいんだよねえ。早くレベル上げよう」


そう、何故か必殺技が軒並みプロレス技で聖剣を抜いた意味は何処に?という話なのだか、それはむしろ良い。超格好良いし。イセは男ばかりの3人兄弟の末っ子。家族全員、もちろんイセも漏れなく、格闘技やプロレスの類いは大好きだった。


「……」


(ま、また見てる…)


さて、そんな勇者様でも、悩むことはある。イセが背後の森に視線を走らせ、ごくりと息を呑んだ。

正しくは木の幹の傍に立ち、じっとこちらを見つめている男を。昨日今日の話ではない。ここのところ毎日、飽きもせず、気付けば彼はイセの近くに居るのだ。


普通ならば不審者として通報するとか、退治するとか、いくらでもやりようはある。だがしかしそうはいかない事情が、男の職業にあった。


(これって、やっぱり…)


何でも許してしまう度量の大きい主人公でも、困惑することはある。そう、勇者・イセは重大な疑惑に駆られていた。自身ではどうしようもなく、それでいてあってはならない一大事。同時にそれは有り得ないことでもある。だがしかし思わずには居られないのだ。


もしかしたら、この魔王は自分のことが好きなのかもしれない、と。






魔王・ジェラルドは重大な疑惑に駆られている。

もしかしたら、自分はこの勇者のことが好きなのかもしれない、と。


いやイセは可愛い。大きな瞳に白い肌、その怪力に見合わぬ華奢で小柄な身体など、まさに彼の好みにドストライクだったのだ。魔王と勇者と言う相容れない関係ではあるものの、まあそんなものは愛さえあればどうとでもなる。


だがしかし重要且つ致命的な問題は、男であることだ。


「俺は男色家じゃねえ…!」


そう、ジェラルドは決して、男性に性的興奮を覚えるような男ではなかった。

そもそも自分は巨乳が好きだった。だが当たり前のように、イセの胸には豊かな膨らみなど存在しない。そしてジェラルドは、股間の膨らみにときめくような男でもなかった。筈だった。


だがしかしおっぱい。イセの何と可愛らしいことか。


イセのことを知ったのが9ヶ月前。俺を倒す使命?生意気な奴めと遊んでやるつもりで会いに来たのが8ヶ月前。会った瞬間、自身の心臓から何かしらの音がしたのが同じく8ヶ月前。いやいや何かの間違いだろうと湧き出た疑惑を否定していたのに、手下のスライムに服を溶かされかけたイセに思わず前屈みになるような情欲を抱いたのが6ヶ月前。男同士の性行為のいろはを調べてしまったのが3ヶ月前のことである。


「クソッ…!違う…!これは決して、恋なんかじゃねえ…!」


そうギリギリと歯を食い縛るジェラルドの手元には写真。イセの顔に男の裸体を貼り付けた、自作の萎えグッズである。彼の可愛らしい顔の下にムキムキマッチョの身体を合成した、現実には有り得ない代物ではあるのだが、これを見ると我に返るのだ。


いくら可愛らしい顔をしていても、こいつにはチンコが付いているのだ、と。


「魔王様」


ジェラルドが顔を上げる。声のした方を向けば跪く男の姿。彼の部下、四天王のひとりである。


「恐れながら、魔王様はあの勇者がいたくお気に召しているご様子」

「そっそんなことねえよ!誰があんな!男!」


彼の部下達の中で、主人が勇者に懸想していることは公然の秘密だったのだ。しかしジェラルドが否定している以上、彼らは見守る他はなく、そっと放置していたのだ。しかしこの忠臣は、少々そういった配慮とかデリカシーが足りない男だった。彼は意気揚々と口を開く。


「お任せください!必ずやあの若造めを魔王様の性奴隷に仕込んでやります!」

「…性奴隷?」


薄い本に頻出するような単語が飛び出し、ジェラルドが固まった。それに気が付かず、彼は得意そうに続ける。


「なに!薬漬けにした挙げ句に、オークの巨大な肉棒で調教してやれば、あのようなひ弱なこむっ」


言葉が最後まで続くことはなかった。魔王が無言で彼を殴り付けたのだ。頬を抑え吃驚している彼に、ジェラルドは同じく吃驚した顔で、言った。


「いや…そういうのは、自分でやりたいだろ…」






「……」


後日。イセは静かに汗を流していた。レベル上げと生活費稼ぎも兼ねて、今日も今日とてダンジョン探索に勤しんでいた時のことである。いつの間にやら、そしていつもの通り、魔王が現れたのだ。


(絶対…おかしい…!)


だって普通魔王と言えば、最下層で登場するものだろう。こんな浅い層にひょいひょい出てきて良い人物ではないのだ。


(や、やっぱり、この人…僕のこと…)


イセの背中を流れるのは妙な汗。突然目の前に現れたラスボスに命の危険を感じて溢れたものではなく、貞操の危機を感じたが故のものである。


いやジェラルドは格好良い。高い背丈に鍛え上げられた肉体、それでいて多くの魔族を従える王だと言うのだから、人類を根絶やしにする目標は別として、尊敬に値する男だと思う。


だがしかし重要且つ致命的な問題は、変態であることだ。


最初に出会った時から、妙な視線を向けてくるなとは思っていた。それが確信に変わったのは、スライムに服を溶かされかけた時。何とか窮地を脱し魔王に向き直ると、彼は股間を抑えうずくまっていた。あの光景には寒気を感じたものだ。


そして極めつけは写真、写真である。イセは見てしまったのだ。ジェラルドがイセの写真を後生大事に抱えているところを。ただの写真であればまた話は違ったのだが、それがイセの顔写真に全裸のムキムキ男性の体を貼り付けた、とんでもない代物だったのだ。あれを知った時は、怒りを通り越して恐怖すら抱いた。


事実はどうであれ、いや全て紛うことなき真実ではあるのだが、イセからすればジェラルドは超の付く変態だった。


(お、お尻見てる…!)


そして現在、その問題の変態は背後で、熱心にイセの尻を観察していた。


(なんでこんなに可愛い尻をしてるんだ…?)


考えていることは完全にふざけていたが、ジェラルドは真剣だった。

性奴隷事件の折、イセを他の男に取られるのは絶対に嫌だと、彼は自身の想いを自覚した。これ以上ないくらい最悪の恋の目覚めを経験した上で、ジェラルドは日課のイセの観察にやって来た。


こうして見ると、やっぱりどうしてイセは可愛かった。男と分かっていてもドストライクだった。もう繋がれるのならば何でも良い気がしていた。


「そうか…。最悪俺の穴を捧げても…」


ジェラルドの独り言に、イセがびくりと体を震わせた。頼んでもいないのに、勝手に尻の穴を捧げられようとしているのである。無理もない。


(もう良い…)


ジェラルドは決めた。早足で逃げようとするイセの前に回り込み、その両手を掴んだ。


「っ!?」

「お前のチンコなら…愛せる!!」


固まるイセに意気揚々と宣言する。しかしイセの顔は潮が引くようにさあっと青くなった。突如自分の陰茎に生涯の愛を誓われたのだ。無理もない。


「あ、あの…」

「なんだ」


しばしの沈黙後、イセがようやく声を絞り出す。それはもう恐怖に怯えた表情をしながら、ふるふる首を振り、そして衝撃的な言葉を口にした。


「つ、付いてない、です…」

「……え?」


イセの言葉を頭の中で数十回繰り返して、ジェラルドは首を傾げた。


「なんで」

「な、なんで…?」


死ぬほど帰りたい気持ちを押し殺して、イセは何とか口を開く。


「そ、そりゃあ僕が…女だからじゃないかな」


その回答に、ジェラルドと言えば激しく瞬きをした。先程以上に問題の単語を反芻させる。


(女。おんな。オンナ)


「……おんな?」


妙な時が過ぎた。


「えっ」

「えっ」


ジェラルドの真っ直ぐな視線を浴びせられ、イセが居心地が悪そうに身じろぎする。そして恐々と目の前の魔王を見返した。


「ぼ、僕のこと…男だと思ってたのか…?」


その言葉にがくりと頷かれて、イセの口からは呻き声が漏れた。そしてジェラルドと言えば信じられないものを見る目で、上から下までを眺める。ぽろりと独り言のように呟いた。


「…なら何故胸がないんだ?」

「しっ失礼だな!あるよ!普段は邪魔になるといけないからさらしを巻いてるんだ!」


イセが真っ赤になって憤慨する。東堂伊勢。男ばかりの環境で育った彼女は、その顔に似合わず少々男性的だった。髪は短く一人称は僕、胸が小さいのは本意ではなかったが、必殺技がプロレス技と聞いて喜んでしまうような女の子だったのだ。


そしてジェラルドの勘違いも、彼女の風貌と口調だけが原因ではない。一昔前、勇者と言えば男だったのだ。だがしかし今はRPG界とて男女の雇用差別には煩い。男の子だって魔法少女になれるし、女の子だって勇者になれるのだ。そしてそう言われれば確かに、殴ってしまった四天王のひとり、彼はイセのことを小娘と言いかけていた気がするなんて、ジェラルドは思った。


「そりゃあ確かに人よりは小さいかもしれないけど…踊り子とか占い師とか彼女達が大きすぎるだけで」


だがもう彼はどうでも良かった。頬を膨らませ、少しばかり恥ずかしそうにぶつぶつ胸の不満を漏らすイセは、正直言ってとても可愛かった。可愛かったのだ。


「結婚しよう」


ジェラルドの口からとんでもない一言が飛び出る。


「…え?」


それを受けたイセの顔が、ぽんと真っ赤に染まった。何せ今も昔も男勝りな彼女は、こういった告白を受けたことがない。初めての体験に経験値が付き、レベルが上がった音がした。


「勇者様のレベルが20になりました」


背後から妖精が話しかけてくる。それを頭の隅の方で聞きながら、イセは熱くなる顔を抑えオロオロと狼狽え出した。


「え、いや、その、」

「とりあえず胸を揉ませろ!」


ときめきを吹き飛ばす、またとんでもない言葉が響き渡った。


「……は?」


ぽかんと口を開けるイセとは裏腹に、ジェラルドは大真面目だった。


勘違いしないで欲しい。ジェラルドは決して、好きな女の子にこのような発言をする男ではなかった。そもそも彼は、初体験は自室でラベンダーの香りのアロマを焚いてイチャイチャするところから始めると言う理想すらあったのだ。この年になってまで魔王が未だ童貞であるとは衝撃の真実が明らかになってしまったが、とにもかくにも彼はパイプリーズなどと言うつもりはなかった。筈だった。


だがしかし、イセへの鬱積した恋慕は彼が思うよりも重かった。先程思いの丈を伝えたことで、タガが外れてしまったのだ。


「さあ!出せ!見せろ!触らせろ!」

「えっ。いやその、」


突如大騒ぎを始めたジェラルドを前に、イセの顔が青くなる。彼女からすれば、熱烈な求婚の後にいきなり胸を見せろと騒ぎ出したのだ。ちょっと良く分からないし凄く怖い。


「なんだったら下の方でも良い!!」


イセが女の子であると知ったジェラルドは止まらない。いや彼からすれば、もう付いてても関係ないかもしれない。


「……」


そんな熱烈な告白を受けたイセは顔を青くしたまま、鼻息荒く捲し立てるジェラルドの背後に回る。


「えっ…」


そして彼女はぎゅっと、背後から彼に抱き付いたのだ。突然のことにジェラルドは戸惑い、きゅんと胸の高鳴りを感じた。それは今まで、どんな女を前にしても得ることのなかった感情だった。


(こ、これが…恋…?)


魔王に乙女の如きときめきを抱かれているとは露知らず、イセはそのまま、彼にバックドロップを掛けた。

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