星流夜

善吉_B

 

 弔いは、夜に一人で行うことにした。


 こればかりは、一人でやり遂げなければいけないと思ったからだ。

 今まで散々頼ってきたあなたが居ない今、僕は色々な事を一人でこなせるようにならなければいけない。

 何かを決める事一つ取っても、あなたがいないことがこれだけ心細いとは思わなかった。

 けれどもこれからは、あなたを頼りにせずに生きていかなければならない。

 だから手始めに、この弔いを全て僕一人でやろうと思った。

 そうしたら、あなた無しのこの世界でも何とかやっていけそうな気がするのだ。

 何より、あなた以外の誰かに導いてもらうのは、何だかあなたへの裏切りのように感じてしまって気が引けてしまう。

 それなら最初から、僕一人でやり遂げた方がずっと良い。


 ねえ、そうは思いませんか?

 あなたが今ここにいて、僕の考えが正しかったのなら、背中を押してくれるはずなのに。

 或は、溜め息一つを吐いてから、正しい道を直ぐにでも示してくれるのに。

 いつも僕の考えは足りないので、大抵はあなたが間違いを指摘して、正しい道を示してくれることばかりだったけれども。

 今のあなたは、僕の目の前で静かに両手を組んで、目を閉じるばかりなのです。

 ああ―――――いけない、いけない。

 僕はこれから、あなた無しで生きていかなければいけないはずなのに。

 まだまだあなたに導いてもらう癖が、どうやら抜けていないようだ。



 手始めに、綺麗な小舟を用意した。

 流石に作ることは出来ないから、街に降りる時に使っていたものを、真白に塗り変えた。

 あなたは何時街に降りるべきかも、僕が街で学ぶべきことも、全て教えて、そのための術も用意してくれましたね。

 そういった時、僕がいつも使っていた、あの小舟です。

 時々あなたを乗せることもあったかな。舟を漕ぐのを覚えるべきだということも、あなたが教えてくれたのだった。

 その思い出深い小舟を、この弔いに使う僕の思い付きは、中々に良いものだと思うのだけれども。

 あなたはあまり好きではない考えだろうな。まだ使える小舟を、弔いなどに使うなんてと静かに言われてしまいそうだ。

 そう思ったら、あなたに溜息を吐かれながら間違いを指摘された時のことを思い出して、少し身が竦んでしまった。その後に続くあなたの言葉は、いつも正しいけれども、聞いているうちにとても悲しくなってしまうのだ。

 けれど僕は今、あなた無しで一人で決めなければいけないから。

 僕が良いと思うことを、生まれて初めて自分で決めて、実践するために、この竦んだ身を無理矢理にでも動かすことにした。

 一度手が動かせれば、後は簡単だ。舟はあっという間に白く塗ることが出来て、乾くまでの時間がもどかしい位だった。



 あなたに化粧をするのは、とても緊張する。

 その見慣れた顔に手を施したくはないようで、それでいてうんと綺麗にしたいような気もしていて、その迷いが筆を持つ手に伝わってしまいそうだ。

 自分に化粧をしたことも無く、誰かが化粧をするのを見たことも無かったから、果たして何をするべきなのかがよく分からない。

 けれど恐らく、紅を引くべきなのだろうとは思う。昔読んだ本にそう書いてあった。

 やはりあなたは凄い人だった。あなたが渡してくれた本でいろいろなことを勉強したけれど、まさかこんな時にまで読んだ本が役立つだなんて思いもしなかった。

 世の中には沢山の本があると街で知ったけれども、僕が学ぶべきことが書かれた本はあなたがいつも渡してくれたから、自分で選ぶ必要なんてなかったのだ。

 ああ―――でも、これから僕は一人で生きていかなければならないから、あなたに本を選んでもらうことはもう出来ないのだ。

 もう、帰ったら僕が読むべき本をあなたから手渡されることが無い。

 それが何だか、今は少し寂しい。




 あなたと一緒には、何を入れればいいだろう。

 とりあえず、家の裏にある森の先からありったけの花を摘んできたから、それを入れようと思う。

 それから、街に白と赤の顔料を買いに行った時に合わせて買った金平糖も、入れることにした。

 金平糖を入れることを、恐らくあなたは良しとしないだろう。

 だから瓶に入った金平糖を買おうかどうしようか、店の中で散々迷ってしまった。

 けれどあなたは星のような人だから、花だけではなく星も一緒に入れたいと僕は思ったのだ。

 それに僕は金平糖がとても好きだ。見た目が食べ物ではなくて小さな硝子細工のようで、とても綺麗だと思う。食べてはいけないと言われているから食べたことは無いし、これからもきっと食べることは無いのだろうと思うけれど、あのきらきらした粒を眺めるのは好きだ。

 だからきっと、星のようなあなたと星のような金平糖を一緒に入れたら、とても素敵になるだろうと思ったのだ。

 本当はこんな風に金平糖を使うのは間違っている気がする。あなたなら、きっと駄目だと言うのだろうとも思う。

 そんな風にあなたの言うことも想像できるのに、買ってしまった僕はやはり出来損ないで、悪い子なのかもしれない。

 けれども初めて一人で何かをしようとしてみたのだ。どうせなら、僕が一番似合うと思う方法で、あなたの周りを飾りたかった。

 ああ、そうだ。あなたが普段使っていた、ペンや扇も一緒に入れよう。

 それを片手にあなたが導いてくれた様々なことを思い出してしまって、きっとこれから何かを決める時に、もう居ないあなたの言うことを待ってしまいそうだから。



 白く塗った小舟の顔料が乾いた。

 そこにあなたの体をそっと横たえると、思った通りよく似合っていた。

 掻き毟られてしまった喉が痛々しい。気の毒なので、あなたがくれた僕のスカーフを上から被せてあげることにした。

 それから赤の絵具を水で溶いて、唇と目元を筆でなぞってみた。

 初めての化粧にしては、中々綺麗にできたような気がする。

 それから沢山の花を、あなたを取り囲むようにして飾り付ける。

 最後に瓶の蓋を開けて、色とりどりの金平糖を顔の周りを中心に散らばらせた。

 ――――思った通り、よく似合っている。

 あなたはきっと駄目だというけれど、こうして見てみたらやっぱり僕の考えもそう悪くは無いと、考え直してくれるんじゃあないかな。

 こんなことを考えたのは、今日が初めてだ。

 いつもあなたが駄目なものは、駄目と言われたら最後まで駄目だったから。

 あなたが考え直してくれるかもしれない、なんて思ってしまうなんて、こんなの今日が初めてだ。

 だって、それ位似合っているのだ。

 星の群れの中で一際輝く、いつも僕を導く星みたいなあなたに、金平糖の飾りは本当に綺麗で似合っていた。

 もしかしたら、今回ばかりは僕の方が正しかったんじゃないかなんて、思ってしまう位には。




 日が暮れて、月が木の上を追い越してから三回梟が鳴いたところで、あなたを乗せた小舟を川に流した。

 暗い中でも、ランタンの光を掲げれば白い舟の行く先はずいぶん遠くまで見えるはずだ。ゆらゆら、ゆらと揺れながら流れていく舟の先を見送りながら、あなたへの尽きることの無い感謝の言葉と、悪い子でごめんなさいという謝罪を繰り返す。

 土に埋めることも考えた。けれどそれは僕がこの手であなたの体に土を被せることになってしまう。それが正しいという判断は、僕一人ではとても出来ない。あなたの許可が無くっては。

 火で燃やすことも考えた。けれど僕はとても鈍くてのろまで賢くないので、一人で火を使ってはいけないというあなたの言葉を思い出してやめてしまった。あなたを送る最後に、あなたが駄目だとはっきり言ったことをしてしまうのは駄目だと思ったからだ。

 けれど水ならば、僕の代わりにあなたをどこか遠くまで運んで行ってくれると考えた。

 時々ひっくり返りそうな程揺れながら小さくなる舟を眺めていると、僕の決めたことは間違っていなかったような気がしてくる。

 土に埋めていたら、きっと途中で手を止めてしまっただろう。

 火で燃やしていたら、もしかしたら途中で僕も入りなさいと言われているような気がして一緒に焼けてしまったかもしれない。

 けれども水は、僕の心を気にせずあなたを遠くへ連れて行ってくれるから。


 

 更に遠ざかる舟を見つめながら、ランタン片手に溜息を吐く。

 本当に、良かった。

 僕は無事に、あなたの弔いをすることが出来た。

 そして初めて、一人で何かを成し遂げることが出来たのだ。

 いつも何もかもに迷ってしまう僕を、夜空の一番星みたいに導いてくれたあなたがいなくても、僕は一人で何かできると証明することが出来たのだ。

 あなたの否定が怖くて、誉めて欲しくて、今まであなたの導き無しには生きて来れなかったけれど。

 一度手を動かしてみれば、後はとても簡単だった。

 それに最期のあなたはただ苦しむばかりで、それをじっと眺める僕の間違いを、いつもみたいに正すことも無かった。



 ありがとう、そしてさようなら、僕の愛しい一番星。

 今日からあなた無しで、僕は頑張ります。

 

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星流夜 善吉_B @zenkichi_b

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