歌を送ろう

 今日は英雄の凱旋だ。その伴を任ぜられた私は、その日はより一層身だしなみに力を入れる。


 とはいってももともと自分は身を小ぎれいにするほうだと思っているし、髪も短くしているのでさほど普段とは変わらないと思う。しかし、気合だけはいつもの何倍も込めて外見を整える。

 そうして燕尾服に身を包んだ私は会場へ向かう。時刻は午前6時。この時間は夜の闇と朝の光が混在する逢魔が時だ。この凱旋にはおあつらえ向きだ。闇の地獄から光あふれる天国への凱旋だ。


 会場につくと私と似たように正装に身を包む男が5人ほど。伴をするのは私含め6人だ。

 白1色ではあるが彫刻により華美に装飾された大人二人ほどの大きさのある箱を全員で担ぎ上げる。そうしてこの会場たる地獄の出口の聖堂を出、地獄を勝ち抜いた英雄を天国へ送る。これが死者にたいするこの国の礼儀である。天国に最も近い神の山へと、こうしてその英雄の生まれた町から選ばれた者たちが天国へおくりだす。

 肩に箱と英雄の魂を感じつつ、礼儀を以て神の山へ。

 神の山には英雄を送る道があり、そこへ続く街からの道は聖堂から出て南に下る大通りから直接つながる。

 聖堂から出ると、大通りの脇には松明を掲げる人たちが列をなしていた。聖者に手向けられる神聖なる浄化の火を表している。この地獄での穢れを払う、神が唯一人に授けた聖なる術である。

 その聖火に見送られながら、大通りをひた歩く。担ぐ箱は聖火に呼応するかのようにその光を反射している。この箱が白1色で彩られているのも、このためなのだろうか。

 そうして街をで、1時間ほどしただろうか、神の山の山頂についた。この距離を凱旋するのはさすがに日々力仕事をしている私たちにも辛いものがある。山頂につく頃には私含めほぼ全員が顔を汗で濡らし肩で息をしていた。

 しかしこの役目は成し遂げなければならない。この体を授けられた義務である。私たちはそのことを理解している。すべてさだめは神によって授けられ、それに応えなければならないのは、この地に我々が存在する価値であり、義務である。体が強いものは鍛えぬき儀式や力仕事をこなし、手先が器用なものは彫刻や生活の支えをつくる。頭のきれるものは我々をまとめ上げ導き、神にその魂をささげる。魂の輝けるものは迷える魂を神の下へ導く。

 「お待ちしておりました。さぁ、こちらへどうぞ。」

 角の生えた仮面をかぶる少女、だろうか。が山頂では待っていた。白を基調としている儀式服で、体の節は動きやすいように布が大きく割かれており、そこから見える紅が体に流れる血を表しているようで神秘的な雰囲気を余計に醸している。

 彼女に導かれるまま英雄の箱を山頂に鎮座する石の台に置く。これから葬送の儀式に入る。

 「これより英雄を葬送致します。戦士の方々は、私に続き詩を唱えてください。」

 そういって彼女は懐から取り出した不思議な形の短めの杖のようなものを白箱に向かって掲げ、詩を口ずさむ


 天上におわす  われらが神よ

 我らが神に   献上いたす

 これなる棺に  収められし魂は

 我らの英雄   不屈の強者

 父なる天へと  聖なる丘へと

 母なる大地より 奏上いたす


 となえ終わると、箱と杖から赤と白の光が走り、螺旋を描きながら天へと昇っていった。

 「葬送の儀式はこれにて終いです。戦士の皆々様、ありがとうございました。その魂が英雄とならんことを。」

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 儀式をおえ、一息つく。

 巫女装束は大きく体の節、肩や膝の部分が布が薄くなるので、風が入り込んで夏であっても涼しいこの山では体が冷える。

 すぐに自分には少し大きい外套に身を包み、先ほどの葬送で光が走った空を眺めている。

 「珍しく君が感傷的になっているじゃないか。今日は雪でも降るのかい?」

 声のしたほうを向けば、白い光の塊が浮かんでいた。

 「あなたは……。」

 「それは言ってはいけないよ。言葉というものには重みがある。それを口にすれば私は存在できなくなるからね。」

 漂う光はこちに近づきながら明滅を繰り返し、おそらく私にしか聞こえていない声で話しかける。

 「儀式もそうさ。あれは別に神へと送るものではない。本来はね。でも葬送の歌を口にすれば、見る者には神に送るものに見えるのさ。」

 「不敬が過ぎますよ。いくらあなたが今代で最も強かったとはいえ」

 「いやいや、神に対する冒涜ではないよ。私は真実を話している。そして真実は神が最も愛するものだ。」

 「屁理屈でしょうに。神よ、なぜこのようなものが見初められたというのですか……。」

 「手厳しいねぇ、君は。こんなにも敬虔な信徒だというのに僕は。……っと、いけないいけない。もう信徒ではないのだから。」

 「先ほどおっしゃられた言葉を自分でないがしろにしてどうするのです。」

 「失敬失敬。……ところで私もここにいるのは理由があってね。」

 そういいながら先ほどまで自分のいた箱に近づいていく。

 こちらにこい、というように光が短く2回点滅したので、それに従った。

 「この箱。」

 「それが……?」

 そう返すと、光が少し暗くなった。ありありと生前の姿で首をかしげるのが脳裏に浮かんだが、すぐに霧散する。もうそれを思い出すことは"許されない"。

 「この箱さ。」

 「これは傲慢だよ、人間のね。」

 「ちっとも考えちゃあいない。」

 「それはね……

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パレット グース @BbeaR

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