桜の下。

根元には盛土に刺さる木札。

少女は桜の下で、目を閉じ夢想する。

様々な記憶が少女の心に流れ込み、そして淡く消えていく。

風になびく髪を少し抑えながら。

それでも風になすままに。

記憶のように流してゆく。

「……もう5年たったのよ。信じられないでしょ。」

少女はしゃがみ込み、そう木札に話しかける。

「あなたはきっと、かわっていないんでしょうね。私、あなたよりもずいぶん大きくなった気がするの。みて、こんな服も着られるようになったの。」

そういって木札に眠る相手にすべて見えるようにくるりと体を回す。

「あなたがいなくなって5年の間、何してたと思う?私ね、友達ができたのよ。少ないけれど、でも、大切な友達が。」

桜は何も言わず、ただ花びらを落とす。

髪に触れる花びらを気にせず、少女はそこに話しかける。

「昔は引っ込み思案で、家の縁側でずぅーっと本を読んでた私がね、ありえないでしょ。

……あなたがくれた勇気のおかけで、友達もできた。私ね、今度東京ってとこにいるの。すっごい高い建物がたくさんあって夜になっても明るいんだって。お父さんの仕事が転勤になってね、私もついていくことにしたの。いろいろ慣れないことばかりだけど、でも、大丈夫よ。毎日楽しいわ。」


少女はそこで口を閉じ、顔をうつむける。


「……あなたは勇気をくれた。人と話す勇気。

あなたは元気をくれた。頑張れる元気。

あなたはやさしさをくれた。心が柔らかくなるやさしさ。

あなたはぬくもりをくれた。人と触れるぬくもり。

あなたは幸せをくれた。あなたと出会えた幸せ。


でもね、


あなたは悲しみもくれた。あなたと会えなくなる悲しみ。


……あの頃から私、うまく笑えなくなっちゃった。

あなたがいないと、私、すぐ泣きそうになっちゃう。

桜を見てあなたを見てしまう。

セミの鳴き声を聞いてあなたの声を聴きたくなる。

もみじの赤や黄色であなたのにおいを思い出す。

起きたときの寒さであなたのぬくもりを求めてしまう。


どこにいても、なにをしていても、あなたといた記憶の方が楽しいの。

体も、こころも、あなたを求めてやまないの。


ねぇ、私はどうしたらいいの……?」


あたりは少女の嗚咽だけを響かせていた。

桜の下で、泣く少女を、包むように。花びらが舞い落ちる。


その少女は知る由もないが、木札を挟むように少年が立っていた。

少年は少女にうれしそうに話に応えていた。

だけど、少女が泣き始めたときに、改めて気づいたのだ。


自分は死んだ。あの時、あの瞬間、確かに自分は死んだのだ。

少女の思いが、自分を連れてきてくれた、と少年は思った。

だから、言葉は伝わらなくとも、つたえよう、と。


彼女の体を抱きしめる。

当たり前かのように彼女のぬくもりは感じず。

それが当然のように体は、彼女をすり抜ける。


それでも、少年は抱きしめる。


たとえ、届かなくても。


きっと、届くからと。


桜は見守り続ける。

1年で、一瞬しか咲かない花。

その短命かに思える花は、咲き誇りながら、ただ見守っていた。

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