第3話

 仕方なく侑李の後ろに着いていくと、また大きな扉があった。その前に行くと、誰もいないのに自然と扉が開き、侑李はまた私の背中を押した。

 そこに広がっていたのは、見たことがないような広さの部屋で、品のある大きなソファーや細工の美しい家具の数々が置かれ、窓も広く採られていて太陽の光が燦々と入り込み、照明など必要ないと思わせるほどの明るさだ。


「花菜、可愛い」


 うわ、と部屋の中を見回していた私の頬に、侑李はふわりと軽いキスを落とした。


「ゆ、侑李?!」

「口を開けたまま、ぽかんとしている花菜は、本当に可愛いね。この部屋は気に入ったかな?」


 なんだか一瞬間抜けな表情だと言われた気もするけど、可愛いと言われたことで帳消しにしてしまった私は、やっぱり間抜けなんだろうか。


「気に入った、っていうか……まだよく分かってなくて」

「そうだよね。ゆっくり説明してあげるから、とりあえず座ろうか」


 その言葉に返事をしようとして、それは口から出ることなく、私の中に引っ込んでいった。侑李が軽々と私のことを抱き上げてしまったからだ。所謂、お姫様抱っこだ。


「ゆ、侑李! 危ないよ」

「大丈夫。花菜は羽のように軽いからね」

「そんなわけないでしょ?!」


 あははっと笑いながら、ご機嫌な侑李は私を抱いたまま、ソファーに腰掛けた。


「どうして膝の上?!」

「やっとここに連れて来ることが出来たから、嬉しくて。もう花菜のことは離さないよ。ああ、愛しい僕の唯一。僕のつがい

「つ、番?」


 ぎゅうっと苦しいくらいに抱き締めてくる侑李に、流されそうになったけど、聞き慣れない言葉を聞き返す。


「そう、花菜は僕のたった一人の番なんだよ。なかなか見つからなくて、まさか異世界にいるとは思わなかった。でも、こうして見つけ出して、手に入れたんだから、もう離したりしないからね」

「いや、なんか分かったような、分からないような……番って、伴侶みたいなこと?」

「そうだけど、たぶん人間が思う伴侶よりも繋がりは強い。僕達、獣人の番は魂のレベルで結びついていて、たった一人しかいないんだ。番を見つけた者は他の者に心を奪われることはないし、見つけられなければ、死ぬまで独り身だ。だから、僕は幸せ者なんだよ。花菜のお蔭でね」

「魂……」


 魔法があるらしいファンタジーの世界だから、魂レベルの話があっても不思議ではない?

 いや、そもそも、どうして私は受け入れようとしているの?

 人間?

 ……獣人?


「侑李、じ、獣人って……?」

「あぁ、これ」


 私は今、侑李の膝の上に横向きに座っているわけだけど、これ、と言って指さされた先には三角の可愛いお耳がピコピコと。

 ゆっくり視線を下ろせば、見慣れたはずの侑李の整った顔。

 もう一度視線を上げてみると、侑李の頭の上にはやっぱり三角お耳がピコピコ。


「……うぇぇぇっ?!」

「その反応、可愛いなぁ。僕はね、狼の獣人なんだよ。魔力が強いから基本的には人型。魔力の弱い者は半獣や、完全に獣の形しか取れない者もいる。こっちの世界に戻ってきたから、これからは、この耳と尻尾は標準装備だと思ってもらえるといいかな」

「狼……耳……尻尾? 尻尾もあるの?!」

「あるよ。ほら」


 侑李は慎重に私の身体を持ち上げて、隣に下ろすと、少し身体を斜めにして、私に背中側を向けてくれた。

 服の上からでも分かる引き締まったお尻。それは、そこから生えていた。

 ふさふさの尻尾が。

 ゆらゆらと揺れていて、可愛い。

 ……どうしよう、可愛い!!


 動物が大好きな私には、このふさふさ尻尾はものすごく魅力的で、ご機嫌だとでも言うように揺れているそれに、私は思わず抱き着いていた。


「うわっ、花菜?!」

「侑李!可愛いよー。何これ、すごいふわふわなんだけど! 気持ちいい」

「あぁぁ、ちょ、花菜? あんまり尻尾を、あぁっ、は、花菜ってば、待って、そんなに強く握らないで!」


 きゅうっと抱き締めた尻尾がピンと伸ばされ、持ち主である侑李は珍しいくらい慌てて、真っ赤な顔をしている。


「侑李? ダメ?」

「だ、ダメ、だけど、ダメじゃない……! ああ、もう、くそ」


 ダメじゃないと言われて、それから私は素直に思う存分、ふさふさ尻尾の手触りを堪能した。

 その間、侑李が震えていたことには気付かず。

 獣人にとって、尻尾は最大の弱点だとも知らず。

 この国で最も強い皇帝である侑李の尻尾を触ったのが、私一人しかいなかったことも知らず。

 わしゃわしゃわしゃわしゃと、飽きることなく触らせていただいた。



 *


「いいかい、花菜。決して、僕以外の尻尾に触れてはいけないよ」

「……はい」


 事の重大性を説明され、今度は私が顔を赤くして頷くしかない。


「僕の尻尾は、花菜の物だから」

「じゃあ、もっと触っ」

「ちょっと今は待とうか。話が出来なくなるから」


 挙げた手をパシリと掴まれ、敢無く尻尾の捕獲に失敗した。

 そうだ、馴染み始めている自分が怖いけど、今は現実とも思えないような事が起きているんだった。我に返り、背筋を伸ばして侑李を見る。

 これからどうなるのか、と不安になってきた私に、侑李は優しく微笑み、大きな手で頭を何度か撫でてくれた。


「花菜。突然、違う世界に連れてこられて驚いていると思うけど、この世界で僕と生きてほしい。改めて言うよ。僕と結婚してください」

「……もう、地球には、日本には帰れないんだよね? もちろん、侑李とはずっと一緒にいたい。でも、やっぱりお父さんやお母さんと会えなくなるのは」

「それなら大丈夫。ほら、僕のマンションと、こっちに着いた時にいた部屋の道が安定したって話したでしょう? だから、いつでも行き来出来るよ」


 トイレか、あのトイレのことか!

 何故トイレにしたのか、その辺を問い詰めたいけど、それは後にすべきだ。


「行き来、出来るの?!」


 異世界転移に付きものの、『好きな人との未来をとるか、元の世界の家族や友人を取るか』みたいな苦渋の選択はしなくてもいい、と?


「そう、だから言ったでしょ。任せてって。花菜が心配しているのがそこなら、僕と結婚しても問題ないね?」

「えっと、そう、なのかな」


 両親に会えなくなるわけでもなく、いつでも日本に帰れる。それなら、大好きな侑李といられることは一番嬉しいことだ。


「花菜、愛してるよ」

「侑李……うん、私も侑李を、愛してます」

「花菜、ありがとう! ものすごく大事にするから。良かった、美味しそうな花菜が食べられなくなったら、どうしようかと思ってた」

「た、食べる?!」


 それは物理的に?!

 出来れば比喩であって欲しい。

 なんせ狼だから。頭からガブッといかれてもおかしくはないんじゃ……。


「楽しみだなぁ」

「ちょ、た、食べないでね?!」


 あははっと楽しそうに笑う侑李は、食べないよ、とは決して言ってくれなかった。


 こうして、私の誕生日は予想の斜め上を行く、とんでもない一日になった。


「あ、ほんと、食べないで!」





 *終*

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The world will change 安里紬(小鳥遊絢香) @aya-takanashi

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