第2話

「じゃあ、行こうか」

「え?」

「僕の故郷に」

「えぇ?! 今から?」

「そうだよ、実はもういろいろと進めてあるんだ。花菜を逃がすつもりはないからね」

「で、でも、両親とか仕事とか」

「それは問題ないよ。根回しはしてあるからね。花菜は安心して、僕に捕ま、任せてくれたらいいよ」


 待って、なんだか不穏な単語が入り込んでた気がするけど、まあ、今は置いておこう。それにしたって、プロポーズは期待していたけど、想像より話が進んでるらしい。


「さあ、こっちにおいで」


 侑李は私の手を引っ張って立たせると、ダイニングを横切り、玄関の方へ向かった。


「どうして?!」


 叫んだのは、仕方がないと思う。

 今から遠いところに行くというだけでも頭は付いてきていないのに、どうしてトイレに入るのだ。


「ここから行くよ」

「え、ちょっと、待って、よく分からない」

「この道を安定させるのに、3年もかかったんだ。ようやく花菜を見つけたっていうのに、この時間がとてももどかしかったよ」


「えぇ……道? 安定?」

「さあ、行こう。皆が待ってるよ」

「ちょ、ま、えぇ?!」


 手を引っ張られて、トイレの中に進むと、突然目の前が真っ白になり、そのあまりの眩しさに目を瞑った。


「花菜、ようこそ。シュリサミリアへ」


 侑李の声が聞こえて、恐る恐る目を開けると、私を覗き込む侑李が嬉しそう笑っていて、その向こうにはたくさんの人達が姿勢よく跪いていた。


「…………え?」

みな、待たせた。この子が花菜だ。私の大事な人だから、よろしく頼む」


 侑李が聞いたことのないような、よく通る凛とした声で、何やら改まった言葉遣いで言った。

 まるで、上に立つ者のような、王者のような、そんな力のある声。


「ユーリカミュラルエニュカマラ様、おかえりなさいませ。遂に唯一を見つけ、こちらにお連れすることが出来たのですね。本当にようございました」


 待って待って待って待って。

 誰?

 ユーリカムラ……え、何て言った?


「この日を迎えることが出来たのは、私がいない間、国を支えてくれていた皆のお蔭だ。心より感謝する。明日からの準備も、よろしく頼むよ」

「はい!!」


 ぶあんっと大勢の返事が室内に響き、私の身体は大きく飛び上がった。よく見回してみると、石室のような作りで、そのせいで普通よりも声の反響が大きかったようだ。


「花菜、僕達の部屋に案内するからおいで」

「あの、待って、侑李? ここ、どこ? あの人達は誰?……というか、貴方は誰?」


 知らないよ?

 ユーリカ、何とかって人、私は知らないよ?


 ドクンドクンとさっきまでとは違った胸の鼓動が、頭の中に危険信号を出している。


「ここは、シュリサミリアという国。僕はここの皇帝なんだ」

「シュリサ、そんな国、あったっけ……? ヨーロッパ? あれ、でも聞いたことが」

「ここは地球とは次元の異なる世界の国の一つ。最近、日本で流行っているらしいね、異世界転移とか転生とか。花菜にも、それが起こったのだと理解してもらえたらいいよ」

「はい?! 転移……異世界?! ここ、地球じゃないの?!」

「そうだよ」

「それに、今、皇帝って」

「あぁ、そうなんだよね。僕は仕方なく皇帝の座につかされているんだ。魔力が人一倍高いのは、本当に厄介なことだね」

「ま、魔力?!」


 もう訳がわからない!

 夢、夢なのね。

 私、いつの間に寝たんだろう。

 結婚の話も夢だったのかな。

 いや、それどころか、侑李と付き合っていたこと自体、長い夢だったのかな。

 幸せだったのに……。これから、もっと幸せになれると思ってたのに。

 目が覚めたら、もう侑李と出逢う前の……


「あの頃には戻れないよ。それに勝手に夢にしないで欲しいな」


 私の思考を遮って、侑李はハッキリと断言した。


「着いたよ」


 こんがらがった頭の私は、侑李に背中を押されて、立派な細工の施された大きな両開きの扉を抜けた。

 そこは侑李のマンションのリビングと同じくらいの広さで、なんとなくホッとしたのは生来の庶民だからだろうか。


「ここは騎士や侍女が待機する部屋。この先が僕達の部屋だからね」

「はい?」


 騎士とか侍女とか、本の中でしか聞いたことがない。


 しかも、この広い部屋は私達の部屋じゃない?

 ここで、充分だよ。


「そんなこと言わないで。花菜の為に、いろいろ揃えたんだから」

「……そうなんだ」


 そんなこと言われてしまったら、嫌だなんて言えないじゃない。


 ん?

 さっきから、心の声に対する返答が的確すぎない?


「心が読めるからね。まあ、そうでなくても花菜は分かりやすいけど」

「えぇ?!」


 ファンタジーだ。本当にファンタジーの世界だ。

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