SIDE:女

 みっともない。

 私ったら、さっきから何度時計を見てるのかしら。

 持ち上げかけた右手を下ろして、お行儀よくバッグをつかむ。

 雨の市ヶ谷、コーヒーショップにも入らず、約束の時間の5分前から、いつもの場所に立っている。

 あの人の好きな、清楚で女の子らしい真っ白でリボンまでついた服。

 ほんと、こんな服大っ嫌いだったわ。


 あら、あの人。

 傘もささないで信号待ちしてる。

 車が来ていなくても、雨が降っても、目の前で私が待っていても。

 ルールを守る。あの人らしいわ。大っ嫌い。


 遅れてごめん、待ったかい? なんて、バカね。そんな聞き方。

 バッグからハンカチを出して拭いてあげる。

 スーツの肩、ワックスで固められた髪、そして、細くて長くて女の子みたいにキレイな指。

 ほんと、気の利かない人。

 最後の日くらい、そんな指輪、外してきてくれたら良いのに。

 そんなとこ、大嫌いだったわ。


 タクシーの中でも、ホテルで食事をしているときでも、私は相槌を打って笑っているだけ。

 子供みたいに熱心に、私の知らない世界を教えようとするあなたは好きだった。

 でも、あなたの趣味のお話には、結局一度も興味を持てなかったわ。

 そんなことより、わざわざあなたの好きな服を着てきたこと、今日のためにカットした髪のこと。

 ちょっとでも、一言でも触れてほしかったわ。

 大嫌い。


 このホテルの部屋が、私たちの最後の部屋。

 結局、この人の生活する世界には、私は近づくこともできなかった。

 こんな日でも、やっぱり当然みたいな顔して私を抱くのね。

 左手の指輪が絡めた指に当たって痛いわ。

 ほんと、一生懸命自分ばかり気持ちよくなっちゃって、私の事何だと思ってるのかしら。

 可愛い。

 大嫌い。


 まだ終電に間に合うから。って。そうね、待ってる人が居るんですものね。

 こんな関係、良くないわって私が言ったのは、奥さんと別れて欲しいって言う意味だったのに。

 そっか、ごめんね。って。笑うしかないじゃない。

 大嫌い。


 雨の上がった市ヶ谷の駅。

 ごめんね。今までありがとう。なんて、ドラマの見すぎよ。

 バカね。最後までそんなに優しい。

 ほんと、大嫌いだわ。


 こんなバカな人とはもう付き合っていられない。

 こっちから別れてやって正解だったわ。

 大嫌い。


 大好き。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

別れの日 寝る犬 @neru-inu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ