ホムンクルスの年越し計画

七四六明

年越し計画

 かつて、戦争において名を馳せた魔術師。

 表の世界で【外道】と呼ばれるこの魔術師の手によって作られた、七人のホムンクルスがいた。

 魔術師の計画のために働かされる彼女達に、人間と同じ休日はない。

 とあるダンジョンにて。

 モンスターの死骸から素材となる臓物を抉り切り、剥ぎ取っていく二人のホムンクルス。

 赤い髪に漆黒の礼装をまとった少女と、獣の耳と尻尾を生やした緑髪の少女。

 少女と呼ぶには二人共大人びていて、青年と言った方が正しいかもしれない。

 だがもしも、生まれた時間から計算して現在の年齢で数えるのならば、彼女達はまだ十年も生きていない。

 だとすれば、やはり少女という表現の方が正しい気もしてしまう。

 もっとも、少女と呼ばれて嫌な顔をするのは、彼女達本人であるだろうが。

「最悪。あぁ、最悪。なんで私達、聖夜も構わずモンスターと戦ってるわけ? あり得ないんだけど。私達も一応人の形してるわけだし、人権とかあると思うんですけど」

「おまえはまだマシだっただろう。私達など、馬車馬よりもこき使われたぞ」

 赤髪と緑髪の溜め息が重なった。

 合わせたわけではない。

「あの外道、まさか年越しまで労働させるつもりじゃないでしょうね……」

「あり得ない話ではないな……そもそもあの人に休日などという概念があるのかも疑わしい」

「さすがに年越したかどうかくらいの概念はあって欲しいわ。あれでも一応、人なんだし」

 再び、溜め息が重なる。

 これもまた、合わせたわけではない。

「あぁもう! さっさと帰るわよ! これ終わったら抗議しに行きましょ、抗議! 私達にも休日の概念はあるべきよ! ホムンクルスだって人の形してるんだから!」

「受け流されないことを祈るばかりだな」

 酷い汚臭に包まれて、二人が素材集めをしている頃、こちらの二人も働いていた。

 フードを被った無言の紫髪と、軍服に身を包んだ銀髪の二人組。

 この二人は闇市にて、モンスターの素材を買い漁っていた。

 無論、博士の命令である。

「そうか、売り切れか」

「あぁ、悪いな嬢ちゃん」

「いや、店主のご尽力に感謝する。来年もどうか、よろしく頼むであります」

 綺麗に指を伸ばして、本物の軍人ですらしない綺麗な敬礼をした銀髪は、ここまでに買った素材を入れた袋を担いで紫髪と共に戻る。

 最後の店に素材は売ってなかったが、季節的に仕入れが厳しいもの。博士もきっと、許してくれることだろう。

 闇市を抜けた二人は表通りを出て、表の市場を通りかかる。

 闇市と違って悪臭もなく、買う人も売る人も活き活きとしている光景は、闇市ばかり利用する二人にとって、少し眩しいものでもあった。

 何より子供など、表の市場でしか見かけることはない。

 奴隷を除いて、の話だが。

「清々しいでありますな、紫髪殿。この笑顔のために戦えるとあらば、私も本望であります。それこそ、休日を返上してもいいくらいに」

 銀髪は熱く語るものの、紫髪はそれに応答しない。

 別段、興味がないわけでもなく、かといって恥ずかしさから無視をしているわけでもなく、彼女は何も喋らない。

 彼女は喋れない。

 理由は、作った博士しか知り得ない。

 だが銀髪は惑わない。

 会話は無理でも、意思の疎通は充分に可能だ。

 別段、嫌悪されているわけでも嫌悪しているわけでもないのだから。

「そういえばそろそろ年越しでありますな。来年の抱負などありますかな、紫髪殿。少佐はもちろん、人々のため、そして花嫁を待つ者達のため、粉骨砕身の覚悟で戦う所存であります」

 と抱負を語る銀髪が先を行く中、紫髪は止まる。

 とある店の棚の上の、奥の方で安売りの値札が張られたスノードーム。

 季節外れとまでは言わないが、聖夜を過ぎてしまってのスノードームは、どこか時期を外している感が否めない。

 だが真白の聖堂に降り注ぐ銀白の雪は美しく、絶えず舞っていて見ててきない。

 思わず、ずっと眺めてしまうほどの美しさ。

「お嬢ちゃんどうだい? お安くしておくよ」

 と、余りにも長く見惚れているものだから、お店の人が出て来てしまった。

 金髪ではないが、しかし余りにも断り辛い雰囲気。

 ここで買わないという選択肢を選ぶには、逃げ出すしかない。

 無論、見惚れるくらいに美しいスノードームなので正直に言って欲しいのだが、紫髪は銅貨すら持たされていない。

 店員と会話する能力を持たないため、必要ないだろうと博士に言われて、財布を持たせてもらったことすらないのだ。

 故に買いたくても買えない、というのが正しい。

 かといって、店員に財布を持ってないと弁明することもできない。

「こいつだろ? どうだい?」

 逃げてしまおうと、諦めようと、紫髪が少し泣きそうになりながらもその場を去ろうとしたそのときだった。

 両足の踵を合わせ、背筋と指先をピンと伸ばし、軽やかに敬礼。

 美しい銀髪をなびかせて、軍人よりも軍人らしい動きをする人形のような少女に、人々は視線を奪われた。

「店主殿、そのスノードームを頂きたい」

「え、でも……」

「無論、妹にあげるのです」

 と、銀髪が紫髪の頭に手を添えたことで、店主の老婆は安堵した様子だった。

 無事にスノードームを受け取った紫髪は、綺麗にラッピングされたスノードームを大事に抱えて、銀髪に何度も頭を下げる。

 口がきけない代わりに精一杯感謝の意を伝えようとしている一番末の妹が可愛くて、銀髪はその小さな頭を撫で下ろした。

「では戻ろう。博士も待っている」

 甲冑をまとった騎士、金髪。帯刀した和装の黒髪。

 二人はとある洞穴にて、そこをアジトとする山賊を相手に大立ち回りを演じていた。

 金髪の大盾が敵の攻撃を防ぎ、敵そのものを粉砕。

 黒髪の刀がばっさばっさと防具ごと、敵を両断していく。

 山賊の雑魚も幹部も頭目も一緒くたに、語られることもないくらいに何事もなく、すべての敵を屠った二人は博士の命令通りに貯蔵庫に向かい、山賊のお株を奪う勢いで金品を袋に詰め始める。

 金目のものならすべて対象。

 奪うからには奪われる覚悟だってあるだろうから問題ない、という博士の持論の下に、床に一枚の銅貨も残すことなく詰め込んで、二人でその場を後にした。

 水の下たる冷ややかな洞窟に、おぞましいほどの鉄分の臭いが充満する。

 臓物がところどころにぶち撒かれて、鍾乳石から滴る水滴が血溜まりを広げていく。

 山賊がアジトにするにはもったいないほどの美しい洞窟だったが、今となっては見る影もなく、凄惨な死体置き場と化した。

 洞穴をそのような場所に変えた二人も当然のこと血に塗れているが、金髪は兜で顔が見えないがために恐ろしく見えるのに対し、黒髪はどこか可憐にすら見える。

 顔に受けた返り血を指の腹で拭い、刀を濡らす血はその場で払う。

 武人のような立ち居振る舞いは、山賊の誰もが恐怖を覚えたほどに、鋭く研ぎ澄まされた刀そのものであるかのように思わせた。

 彼女に斬られた山賊がもしも、他人に対して腰の低い彼女の普段を知ったなら、それはとても驚いたことだろうが、今となっては適わぬことである。

 山賊が溜めた金銀財宝は、かつて洞穴のある山の麓に存在した、今は亡き廃村のもので、山賊が悪逆の限りを尽くして奪ったものである。

 だからというわけではないが、黒髪もそして金髪も、彼らの命を奪ったことに後悔はない。

 奪うのならば奪われる覚悟をしているはずという、博士の持論を信じているわけでもないと言いたいところだが、しかしその影響を多少なりとも受けているのは否めなくて、故に罪悪感が薄れているかもしれない。

 だからといって、自分達のしたことが誇れることでないこともわかっている二人は、そそくさとその場を後にするのだった。

 互いに飼っているモンスターに乗って、輝くコンパスを手にして飛翔。

 空飛ぶ研究施設へと飛行する。

「帰ったら風呂に入りたいな。そうは思わないか、金髪」

「うん……そう、だね……」

 相変わらず人見知りな金髪は、それでも仲間である黒髪に頑張って返事を返す。

 返事を返せた自分を一生懸命に褒めて平静を保とうと試みる金髪に、黒髪は笑みを返す。

「甲冑の中も血塗れだろう。拙者が洗ってやるから、ちゃんと甲冑を脱ぐように」

 その施設では、博士の他に青髪とオレンジが残っていた。

 青髪のお陰で大体の家事を覚えたオレンジは、博士の実験以外では家事に勤しむようになっていた。

 九人分の洗濯に食事の支度、お風呂の清掃から部屋の掃除まで。

 常に施設にいる青髪と一緒に、家事という家事をひたすらにこなす。

 回数を重ねれば重ねるほど、オレンジの能力は上がっていき、教えた青髪の鼻も高かった。

 食事に関してはもはやオレンジの方がより多く覚えていて、教えることも特になく、日々彼女の作るご飯を楽しみにしているほどである。

「オレンジぃ! 今日の晩御飯は何?!」

「えっと、お蕎麦というものにシュリンプの衣揚げを添えたものです」

「ほぉほぉ、和国のあれだね? 年越し蕎麦!」

「はい、えっと……てんぷら蕎麦、というものらしいです。黒髪さんが教えてくださって、挑戦してみました」

「へぇ、そっかそっかぁ!」

 じゅるり、

 と聞こえて来そうなほどの期待値を感じさせる反応を見せる青髪。

 オレンジは揚げ物と格闘中でそれに対する反応こそ薄かったものの、内心は期待に応えねばと自身を鼓舞していた。

 麦で生地を作るところから始めたてんぷら蕎麦だ。失敗はしたくない。

 今まで新年を迎えると言うのに、下界のような行事も何もなく今まで過ごしてしまったと悲しそうに言う青髪を見て思いついたから、せめて彼女の期待には応えたいのだ。

 現に一瞥をくれただけでも見える青髪の嬉しそうな顔を、悲しみで染めるのはあまりにも忍びない。

 頑張らないと、とオレンジは自分に喝を入れながら、汗を拭いつつ火加減と格闘し続ける。

 するとそこに、厨房には食事の時しか現れないペアが現れた。

 赤髪と緑髪だ。

「あら、それは何? おいしそうじゃない」

「赤髪、おまえは下手に触るなよ。せっかくの料理が黒コゲになってしまう」

「あんたこそ黒コゲにしてあげましょうか!?」

「わぁっ、ダメだよ赤髪! ここで炎なんて出さないで!」

 赤髪は戦い以外の才を持ったく持たないが故、炎の加減ができずになんでも焦がしてしまう。

 なので料理をそもそもしない。

 緑髪も不器用ではないのだが、肉の丸焼きくらいしかしないので、焦がさないだけマシという程度。

 故にこの二人に料理を任せると、食い物か焼いただけのものが出てくるので、以来厨房を任されたことはない。

「シュリンプの衣揚げか。黒髪の言っていた、てんぷらそばというものだな。なるほど今年こそようやく、形にできるのだな」

「なんで東洋って、こんな素朴なものが年の締めなわけ?」

「確か、蕎麦の長さにかけて長生きしますようにとか……あぁでも、すぐ切れるからその年の悪運を切り離して新年を迎えるためとか……言い伝えは様々らしい」

「あやふやねぇ……海老は?」

「腰が曲がるまで長生きできるように、という意味合いだったような……?」

「腰が曲がるって、東洋の生活習慣見直した方がいいんじゃない?」

「詫び錆びというものだ。ま、赤髪にはわからないだろうが」

 と、風呂から上がって来た黒髪と金髪が合流した。

 黒髪は髪の毛の潤いの具合から入浴したのだとわかるのだが、金髪はいつもの姿。

 しかしほのかに石鹸の香りが匂って来るので、入浴したのだとわかった。

 金髪は小さく、揚がったてんぷらを見て「美味しそう……」と漏らす。

 自分の髪色と同じ色で揚がっているてんぷらなど、施設では絶対に口にできないと思っていたが故の反応だった。

「しかしうまく揚げたな、オレンジ。まさかここまで立派なものを作ってくれるとは、拙者も思わなんだ」

「あ、ありがとうございます」

「黒髪はそもそも料理なんてできませんからねぇ」

「それはおまえも同じでは? 赤髪」

 意趣返しに痛いところを突いたつもりが、それ以上返せない返しを貰って赤髪は悔しがる。

 緑髪と青髪の二人がまぁ言われるよね、と言いたげな表情を浮かべたが、赤髪が睨むよりもまえに二人そろって顔を逸らした。

 そこにさらにタイミングよく、銀髪と紫髪の二人も合流してくる。

 両踵を合わせて背筋と指先を伸ばし、美しい敬礼を繰り出して「銀髪少佐、紫髪少尉、ただいま帰還いたしました」と報告する銀髪に、青髪も敬礼で「ご苦労様であります!」と返す。

 銀髪の軍人気質に対して同じ形で返してくれるのは、青髪だけだった。

「お、それはどうしたんだ、紫髪」

 スノードームを小脇に大事そうに抱える紫髪に緑髪が問うと、銀髪の袖を捕まえて引っ張り、彼女が買ってくれたのだと示す。

「そうか、よかったな」と緑髪が頭を撫で、紫髪は小さく頷く。

 表情こそあまり変わらなかったが、彼女はとても嬉しそうにはにかんでいた。

 と同時、オレンジが汗だくになった額を拭う。

 光が当たれば艶すら見える茶色の出汁汁の中に浸かる蕎麦。

 その上に乗った二尾のシュリンプは、金色の衣をまとって輝いて見える。

 七人のホムンクルスも待望の、これぞ年越しという雰囲気をまとう年越し蕎麦が、熱々の湯気を九つ、立ち上らせていた。

 青髪だけでなく、全員の唾液が飲み込まれる。

 ごくり、

 という音が本当に聞こえてきた。

 オレンジという存在が天使にすら見えるほど、ホムンクルス達にとって世俗の風習に沿った年越しを飾る蕎麦が、眩しく見えたのだった。

「よし、食べよう! お蕎麦伸びちゃう!」

「私が一番大きなシュリンプ食べるわ! 譲りなさい!」

「ズルいぞ赤髪! 拙者……いや、紫髪に譲ってやれ!」

「紫髪が小食なの知ってて言ってるでしょ、あんた! 残したのを貰おうって算段ね、意地汚い!」

「な……赤髪に言われたくはない!」

「やめろやめろ。そう大きさも変わらん」

「って青髪! 隙をついて一番大きいの取ろうとしてるんじゃないわよ!」

「げっ、バレた! なんて視野の広い目!」

 普段以上に騒がしい。

 初めて年越しがイベントとなったことに、舞い上がっているのは見てわかる。

 金髪と紫髪も、輝く衣をまとったシュリンプが嬉しいようで、食べたそうにしている。

 だがこのままではせっかくのお蕎麦が冷めてしまう。

 故にオレンジは全員に有無を言わさず座らせて、オレンジの独断によって配膳し、文句を言いそうならば儀礼剣を握って、文句はないよなと威圧した。

 七人全員の内心で、どこから儀礼剣を出したのか総ツッコミを受けるが、内心に留められているので知る由もない。

 全員が食べ始め、年内最後の業務についての会話が弾みだした頃合いを見計らって、オレンジは年越しそばを持って行く。

 年末年始も関係なく、花嫁創造計画のための実験をするため籠っている博士を呼ぶと、進捗具合か体調か機嫌か、それともそれらすべてが悪いのか、目つきがより悪くなっている博士が出て来て、オレンジと彼女が持って来た蕎麦を見下ろす。

「ご飯です、博士」

「……もう、そんな時間かネ。あいつらは」

「厨房で食事を取っています」

「これは……和国の麺料理かネ? 随分と手が込んでいるじゃないカ」

「ホムンクルスの皆さんが、年越しらしいものを食べたいと仰っていましたから」

「あいつらめ、いつそんなに偉くなったというのかネ……まぁいい、こちらも忙しいからネ。おまえもさっさとそれを置いていきナ」

「早めに食べてください。冷めるとおいしくないですし、年明け蕎麦になってしまいますから」

 と、軽い冗談だったのだが、博士は一瞬だけ黙って、

「あぁそうだネ」

 とだけ返し、蕎麦を置いたオレンジをさっさと追い出して、また部屋に籠ってしまった。

 博士の、こいつも冗談を言うのだネェとでも言いそうな表情が、オレンジにとって今年一番印象に残ったものとして、最後の最後で更新されたのだった。

 その後、青髪の提案で初日の出を見ようと、屋上に八人で行ったまではよかったのだが、良かれと思って用意した毛布と温かい紅茶が眠気を誘い、目を覚ましたころには、世界で最初に恒例の挨拶をしたのだろう光をまとう太陽が、高々と青空に昇っていた。

 一番に起きたオレンジがふと背後を見ると、いつからいたのか、毛布にくるまって紅茶を啜る博士が、わざわざ持って来たのだろうイスに座ってくつろいでいた。

「あぁ、明けたね。おめでとう」

 と、なんの感情も籠ってない形式的な挨拶だけをくれた博士。

 実験は失敗したらしく、気晴らしに初日の出を見に来て独占した様子だ。

 起こしてくれればいいのに、と思いつつ、

「はい、おめでとうございます。博士」

「後で実験室に来な。お年玉をやるヨ」

 と言われて行ったのだが、案の定、いつも通り龍族の血と交換するだけだった。

 世界に外道と呼ばれたこの男が、お年玉などくれるはずもないことは、オレンジもわかり始めていた。

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