第7話 雪原に陽は燃える
ルークが出て行ってしまった後、少しだけミウの容態が安定し始めた。先程みたいに掻き毟る事は無くなり、呼吸も幾分か楽になったようだ。
だが、ミウに何を話しかけても反応しなくなってしまった。寝ているわけではなく、薄く目を開いてじっと天井を見つめている。体力を少しでも温存しようとしているのか、それとももう諦めてしまったのか。
それでもミョルクとシーアは懸命にミウに語りかけていた。ミウが小さかった頃の話や、おとぎ話など、少しでもミウの気が紛れるようにと。
そしてセージュは、定期的に洗面器の湯を張り替える。それが終わると、部屋の隅の壁にもたれかかり、三人の様子を静観していた。
すると病室のドアが開かれた。驚いてミョルク達は振り返ると、そこからルーク達が姿を現した。慌ててミョルクが一向に近付く。
「ルーク! それに村長とセルリアさんまで!」
「ミョルク、見舞いに来るのが遅くなってすまなかった。さあルーク、ミウに見せてあげなさい」
「はい」
ジェイスとアリスの肩から腕を外すと、ルークはゆっくりとミウに近付いていく。そしてベッドの傍の椅子に腰掛けた。
「ミウ、もう声を出したりしなくていい。ただ、これを見て話を聞いてくれ」
静かに語りかけると、ミウの視線が僅かにルークに向いた。
それを確認したルークは、ポケットからさっきの草花を取り出して、ミウが見られる位置に持っていく。ミウの顔がほんの少しだけぴくりと動き、目が丸くなっていく。
「見えるか? ついに咲いたんだ。これで村中に、いや雪で真っ白だった全ての場所にこの花が咲くんだ。お前の大好きな、黄金色の花が。だから頼む。生きてくれ。生きて、それを見届けてくれ。俺は、お前に見てもらいたいんだ」
一言一言に想いを込め、ルークはミウに懇願するかのように話しかける。すると、死人のようだったミウの瞳の中に、生気が戻っていく。
ミウが右手をゆっくりと伸ばす。ルークはその手に草花を持たせた。ミウはそれを両手で持ち直し、寝たまま腕を上に伸ばして掲げた。
すると、今まで蕾だった花がゆっくりとその花弁を開いていく。普通に考えれば、寒かった場所から暖かい場所に移った事で、花がそれに反応したのだろう。だがそんな事はもはや関係無く、それは見る者全てに奇跡を思わせた。
そして花は完全に咲いた。黄金の花弁が六枚大きく開き、まるで光り輝く太陽のように。小さいながらも、その姿は生きる力に満ち溢れていた。
「……あったかい」
ミウがぽつりと言葉を漏らす。目尻からすっと涙が流れ、顔に活力が戻ってきた。もう先程までの絶望感は微塵も見られない。
たった一つの小さな草花が、ミウに生きる目的と力を与えた。
「これが、私の世界中に」
「ああ」
「見たいな」
「見れるさ。俺の後ろを見てみろ」
ミウはルークから目線を逸らして、言われた通りルークの後ろを見た。そこにはミョルクとシーアはもちろん、セージュにアリス、ジェイス、セルリアがミウを優しく見守っていた。
「皆、お前が元気になるのを待っているんだ。大丈夫、必ず治る。その時まで、俺達はずっとここでお前と一緒にいる。約束だ」
そう言うと、ルークは胸の前で左手を握り、右手を開いてミウの前に出す。それは約束を意味するジェスチャーだった。相手も同じようにして手と手を合わせれば、二人の間に約束が結ばれた事になる。
「……うん、そうだよね。こんな病気に負けたりしない。必ず治してみせるから。そして絶対に見るよ、おじさんの草花畑を。私も……約束」
ミウも左手を固めて胸の前に置き、小さな右手を開いてルークの右手に重ね合わせた。
そしてこの日、初めてミウは笑った。
◇
それから一年後、村に転機が訪れた。村のあちこちから、あの草花が生え始めたからだ。
ルークおじさんによると、地面に残っていた根がまだ生きていて、そこからまた芽を出したみたい。村に咲き始めた頃にはもう、ルークおじさんの家の草花畑は、一面の黄色い絨毯になっていた。今も種は風に乗って、雪山を黄色に染め上げていってる。
すぐに噂を聞きつけた人達が、村を訪れ始めた。あっという間に村は観光名所になって、あんなに静かだった村とは考えられないほど、活気に溢れるようになった。昔みたいな静かな村も好きだったけど、私は今の村も好き。毎日新しい人に出会って、話して、笑って。本当に毎日が楽しくて仕方ないから。
そして私は、今もこの村で生きている。今年で、それまで一番長生きしたミレイさんと同じ二十歳になった。でもまだまだ子供だって、お父さん達にはからかわれるけど……。
私はまだまだ生き続ける。日の光に当たれなくったって全然平気。だってこの村には、こんなに暖かなお日様が溢れているんだから。
雪原に陽は燃える 夢空 @mukuu
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