第6話 希望の花
深い雪に足を取られながらも、ルークは一心不乱にひた走る。その向かう先は自分の自宅だった。
少しも休まずに全力で走り続けて息も絶え絶えになりながら、十数分後にようやくルークは自宅に辿り着いた。
そしてすぐに家の裏手へと回る。そこは様々な種類の草花の種が蒔かれている畑だった。だが、そこは草の一本も生えていない、完全な白景色。
「……まだだ!」
その光景を目にしても、ルークは諦めない。地面に這いつくばると、目を皿にして丹念に地面を探し始めた。両手で雪を掻き分け、掘り起こす。手袋に雪が入り、あっという間に手はかじかんで感覚を無くしていく。だが、それでも手を止める事は無かった。
(たった一本でもいい。頼む、見つかってくれ!)
だがそんな願いも虚しく、いくら探しても見つからない。一つの区画を調べ終わるたびに、絶望感が募っていく。
そして、いよいよ最後の区画に入った。そこは一番新しい場所。ミウが見たいと言っていた、黄色の花が咲く種が蒔かれている場所だった。
ルークはことさら丁寧に探していった。だが、やはりどうしても見つからない。何か見つかったとしても、それは発芽しなかった種ばかり。そして結局、草花を見つける事は出来なかった。
「くそ……くそ、くそ! なんで俺のやる事はいつも遅すぎるんだ! ミレイの時だって、今だって……」
ルークは膝から崩れ落ち、両手を地面に着いて自信に悪態をつく。その両目から、熱い涙が溢れ出していた。
自分の不甲斐無さが許せない。肝心な時にいつも何も出来ない自分が恨めしくて、そんな自分が嫌いになっていく。
だが、涙でかすむ視界の先に、ルークはほんの少しだが何かが見えたのに気付いた。頬からこぼれた涙が雪の表面を溶かし、その下にある物を露にしたのだ。ルークはそっと雪を掻いてその下を探してみる。
……あった。雪の下にありながら青々とした葉を付け、しっかりと根を張った一本の、掌に収まるくらいの小さな草花が。その先端には、今にも咲きそうな黄色い蕾がついていた。
「なんで、これだけが……」
ルークはあの日を思い出してみる。種を蒔いた後、他の区画をチェックして、意識を失った後ミウに助けられ、それから……
「そうか、あの光か!」
あの日、滅多に出ない日の光が、夕方の一瞬だけここを照らした。まだ蒔いてまもない種はその光を浴び、それをきっかけに芽を出したのだろう。だが、同じように日の光を浴びた他の種に変化は見られなかった。恐らく、この種が発芽したのはかなり低い確率だったのはずだ。
そこまで考えた時、この草花を摘もうとしていた手が止まる。これが最後のチャンスかもしれない。今これを逃せば、こんな奇跡は起こらないかもしれない。それは迷いとなってルークを惑わせる。だが、
「……何で迷うんだ。ミウが死んでしまえば、何の意味も無いだろうが!」
ルークは草花を掴むと、力の限り引き抜いた。根がぶちっと音を立てて切れ、ルークの手の中には千切られた草花が残った。
もうこれが再び根付く事は無いだろう。だが、ルークにもはや後悔の念などありはしなかった。それを上着のポケットに入れると、再びルークは診療所に向かって走り出した。
◇
「ぜえ、ぜえ! く、ぐあ!」
ルークは診療所まで後もう一息という所まで来ていた。だが、ペース配分も考えずがむしゃらに走っていた為、体力の限界が刻一刻と近付いていた。そしてついに足元が滑り、その場に倒れてしまった。
「はっはっ、ごほ! ……くそ、まだだ。まだ走れる!」
そう呟くと膝に手を置き、ぐっと力をかけて体を立ち上がらせる。だが走ろうとした瞬間に膝が笑い、その場に崩れ落ちてしまった。頬から滴る汗が雪に落ち、地面にいくつも小さな穴が開いていく。
無理も無かった。雪道を走るのは、平地を走るのとは比べ物にならないほど体力を消耗する。さらにほぼ休み無く全速力で走ったため、当の昔にルークの体力は限界を超えていた。
「そこにいるのはルークか?」
いきなり誰かが声をかけてきた。周りには誰もいないと思っていたルークは驚き、その声がした方向を振り向く。そこには村長夫婦のジェイスとセルリア、そして先程ルークを呼びに来たアリスが立っていた。
ジェイスがルークの前にしゃがみ込む。
「一体こんな所でどうしたんだ。診療所にいったのではなかったのか?」
「……すみません。ある物を取りに、自宅へ戻っていたので」
「ある物、というのは?」
ジェイスの問いに、ルークは戸惑う。たった一本の成果物を、ミウの為にもぎ取ってしまったのだ。だが、覚悟を決めてルークはポケットから、草花を取り出してジェイスに見せた。
ジェイスの目が大きく見開かれていき、ルークの両肩を力強く掴んだ。
「これは……ついに成功したのか! おめでとう、ルーク。本当に素晴らしい成果だ」
「……成功したのはこれ一本だけでした。それを私は摘み取ってしまったんです。本当に、申し訳ありません!」
ルークは地面に頭を擦りつけ、ジェイスに謝罪する。だが、ジェイスはすぐにルークの体を強引に起こしてそれを止めさせた。ルークとジェイスの目線が、一本の線を引く。
ルークはジェイスが怒っていると思っていた。だがジェイスの表情はそれとは違う。ただ静かに、ルークの全てを見透かすように見つめていた。
「言っただろう、じっくりやれば良いと。お前はなぜそれを摘んだんだ?」
「ミウが……死んでしまうかもしれないんです。だから、せめてこれが生きる希望になって欲しいと」
ルークの返答に、ジェイスは柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「ならそれでいい。お前が正しいと思ってやった事だ。私に何が言える。それに、私だってお前がやった事が正しいと思うさ。さて」
ジェイスがルークの右腕を肩に掛けて立ち上がる。引っ張られるようにルークも立ち上がった。さらにそれを支えるように、アリスもルークの左腕を自分の肩に回した。
「行こうか。皆が待っている」
「私にも掴まってください。支えるにはちょっと背が足りないけど……」
「二人とも……ありがとうございます」
二人に支えられながら、ルーク達は一歩一歩確実に歩き始めた。
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