第16話

背中の枕からして、アイドル事務所から紹介されたのが君なんだね。不審者の家で悪いけど、中に入ってくれるかな。枕を買ってくれないか、と頼まれたんだけど。区長としては後援組織からの依頼であればムゲにできないからね。これも仕事のひとつだし。」

「青年区長で、見るからにバリバリのやり手オーラを振り撒いているわ。」

「君みたいに素敵な女子がセールスマンだとは光栄だね。」

「パキーン!」

区長の言葉に、心の防衛省を破壊された千紗季。

「し、仕方ないわね。どうしてもって言うなら入るわ。」

「じゃあ、どうしても入ってもらおうかな。せっかくここまで来たんだから。」

区長に言われるままに、家に通される千紗季。少し安心している様子が見て取れる。

広い玄関にぶら下がるシャンデリアを眺めながら、ピカピカの廊下を進む千紗季。

「こんな立派な家なのにメイドさんとかいないのかしら。」

「区長がプライベートで、贅沢や派手なことをすると、マスコミに叩かれて市民の評判を落とすからね。」

「そんなものなのかしら。よくわからないわ。」

「まだ選挙権はないんだね。選挙権が持てるようになったら、わかるさ。」

「そんなものかしら。」

区長は廊下の右側の部屋のドアを開けた。

「ちょっと散らかってるけど、どうぞ入ってね。」

「やっぱりベッドルームだ!。襲われるんだわ。枕営業超全開だわ!・・・あれっ?」

通された部屋はベッドルームではなく、12畳ほどの応接室だった。

高級そうな木彫り細工の置き時計を乗せたサイドボードに、黒い革製のソファーが並べられている。薔薇柄のカーペットはふかふかである。

掃除が行き届いている感じに溢れており、普段から散らかっている自分の部屋と脳内で比較した千紗季。

「部屋の掃除、自分でやってるの?」

よく考えると、区長に対してモブ1市民がタメ口を聞いているんだが、そんなことを気にする千紗季ではなかった。

「他に人はいないからね。仕事が終わったあとに掃除は大変だけど、嫌いじゃないんだ。」

「そうなんだ。ちょっとだけすごいかもね。アタシには負けるけど。」

千紗季の区長評価ゲージは急上昇した。しかし自己評価するガジェットを保有していないのは残念である。

「そこにかけていいよ。飲み物は紅茶でいいかい。」

「いただくわ。」

ソファーにどっかと腰を下ろして、すっかりくつろいでいる千紗季。

「どうぞ。お口に合えばいいけど。」

出された紅茶をズズっと下品な音を立てながらすする千紗季。

「これ、すごくおいしいわ。」

「それは良かった。淹れた甲斐があったよ。」

軽い笑顔を見せた市長。

(この人なら、フツーに枕買ってくれそう。)

そう思った千紗季はちょっと勇気を出して、背中の枕を取り出した。

「これ、買ってくれる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女は枕営業から始めなければならない @comori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る