第4話 レオナ


「レオナ……たん?」


 そこにいたのは、銀髪の髪に蒼い瞳をした狼獣人の美しい女性。

 この世界に来る前に、どうしても欲しくて課金しまくったあのLRカード、白銀のレオナに瓜二つな女性だった。


「ん? 確かにあの子はエレナって名前ですけど…… お客さん、もしかしてあの子のことご存知で?」

「い、いや、多分別人だ。ちょっと知り合いに似ていてな……」


 男性の言葉に、俺は我を取り戻す。

 まじか。名前もゲームのあのキャラと全く同じだなんて……。

 もしかして彼女の他にも、ゲームで登場したキャラクターがこの世界にいたりするのか?


「なるほどぉ…… お客さん、ひょっとしてあの子の事気に入っちゃいました? もしご購入を検討されるのであれば、そうですね……三〇万Gでならきっとマスターも売ってくれると思いますよ?」

「……買った」

「って無理ですよねー。そうですよねぇ、あんだけ可愛くてもLRの上にLP枯渇してるんじゃ、あとどれだけ持つか分かったもんじゃないし……って、え? マジすかお客さん……」

「ああ、三〇万なら売ってくれるんだろう?」

「い、いやー、まぁお客さんが良いんなら多分大丈夫ですけど……」


 そう言いつつも、妙に焦りだす男性。


「……お客さん、本当にいいんですか? 分かってます? LRの上、未だにLPが枯渇し続けてるってことは、自力で病気が治るのを祈るしかないってことですよ?」

「問題ない……訳ではないが、大丈夫だ」


 病気持ちというのは確かにマイナスポイントだが、だから何だというのだ。あんな可愛い子が、というか俺の求め続けたレオナたんが、たった三〇万でご購入出来るのだ。買わない訳が無いだろう。

 ……まぁ、LPや病気に関しては、手が無いわけでも無いしな。


 俺の言葉に、苦笑しつつも頷く男性。


「はぁ、分かりました。お客さんがそういうなら俺はもう止めません。でも後でやっぱ無しとか止めて下さいよ? 俺がマスターにぶっ殺されちゃいますから」

「ああ、心配するな。なんなら先に金を払おうか?」

「……お客さん、あんまりそういう事言わない方がいいですよ? もし俺がそれ持って逃げちゃったらどうするんですか」

「……そうだな、悪かったよ。ありがとな」


 確かに少し焦ってしまっていた。

 俺の礼に、カウンターに向かいながらヒラヒラと手を振って返す男性。

 そしてそのまま奥へと消えていき、しばらくして別の男性がやってきた。


「おめぇさんかい? あの加護無しを買い取ってくれるってぇのは」


 男性は俺の向いにドカリと座ると、俺をじろりと睨んでくる。

 スキンヘッドにがっちりとした体躯をした、肉体労働が似合いそうな男性だ。


「……ああ、あの子を買い取りたい」


 加護無しという蔑称に思う所はあるが、ここで彼に文句を言っても仕方が無いだろう。


「ふーん…… ま、俺としちゃ願ったりかなったりだけどな。おいヒューゴ! ちょっと奴隷商んとこまでひとっ走りしてこい! 今ならまだ店も開いてるだろう」

「うぃーっす!」


 ヒューゴと呼ばれた先ほどの男性が、威勢よく返事をして消えていく。

 どうやら奴隷商を呼び出して、奴隷の引き渡しの手続きを行うらしい。

 多少の手数料は掛かるらしいが、それ込みで三〇万でいいとのことなので、おれもそのまま同意した。


 奴隷商が来るまでの間、俺は運ばれて来た飯にかぶり付く。

 飯は中々濃い味付けで、塩味以外にも香草が塗しており確かに旨い。

 これなら確かに客が集まるのも頷ける。


 飯を粗方食い終わり一息ついていると、コトリと椅子を引く音が聞こえた。

 目をやると、そこには狼獣人のレオナたんの姿が。


「失礼します」

「あ、はい……」


 何の前触れもなくやってきた彼女。

 よく見れば、先ほどの給仕姿とは服装が変わっている。

 おそらく俺から指名が入ったことで、色々と準備をしていたのだろう。

 長い銀髪を先端でまとめ、左の肩から流れるように胸の前におろしている。

 顔はとても整っており、その無表情な顔と蒼い瞳が冷たい印象を抱かせる。

 が、それもまた良い。


「私をご購入していただけるとお聞きしました」

「あ、ああ。嫌じゃなかったか?」


 日本人の悲しい性か、思わずそんなつまらない質問を口にしてしまう。

 だが彼女は顔色一つ変えることなく口を開く。


「いえ、特には」


 オウ、ソークール。

 結局満足に会話も出来ないまま、時間だけが過ぎていく。

 そしてどのくらい経っただろう。

「お待たせしました!」という客引きの男、ヒューゴの声でやっと長い時間が終わってくれた。


 今更ながら、俺はこの子と本当にやっていけるのだろうか?

 何故俺は話もせずに突っ走ってしまったのだろう。

 そもそも俺のこの金は、今後の資金源にするはずだったのでは? 等々、後悔の念が襲ってきたが、時すでに遅し。

 あれよあれよという間に手続きは終わり、俺が彼女のうなじに記された奴隷紋と呼ばれる魔法陣に血を流したことで、契約は終了してしまった。


 一応奴隷の扱い方についても聞いてみたが、衣食住を最低限与えていれば問題無いらしい。人ひとりの扱いが軽いな、異世界。

 それにこんな美人がたった三〇万というのも安すぎる。

 だがそれだけ、LPの有無がこの世界で重要視されているという事なのだろう。

 元々LRは安く扱われるらしいしな。


 そんな訳で、とんとん拍子で俺は奴隷を手に入れることとなった。

 転移初日で突っ走り過ぎだろうと自嘲するが、まぁ今更だ。

 俺はレオナたんを引き連れ、当てがわれた部屋へと向かう。

 部屋は元々そういう為につくられたのだろう、防音構造がしっかりとしているらしい。


 「ごゆっくり!」というヒューゴの良い笑顔がちょっとむかついたので、デコピンをかましておいてやった。

 部屋に入ると、奥にはダブルベッドが鎮座しており、手前に机と椅子が並べられている。

 部屋の構造としてはシンプルだが、意外と広々としていて落ち着く雰囲気だ。


 部屋にはシャワーや水洗トイレも付いていて、少し安心すると同時に疑問もわく。

 ここまでの道中、街の雰囲気を見る限り、文明が然程進んでいる様には思えなかった。

 道には時折馬車も走っていたので、いいとこ中世くらいだろうと踏んでいたのだが……。

 そのことをレオナさんに尋ねると、


「トイレとシャワーですか? どちらもダンジョンで手に入る一般的な物ですが」


と、当たり前の様に答えられてしまった。

 なんでもこの世界の文明はダンジョンによって成り立っている様で、これら以外にも調理用のコンロや冷蔵庫などもダンジョンから手に入るそうだ。

 ダンジョンって一体何なの? と思ったが、


「さあ。神様の試練や神様の贈り物など色々と言われていますが……それが何か?」


と疑問で返されてしまった。


「いや……気にしないでくれ」


 レオナたんの視線が、若干冷たくなった気がする。

 そうだよな。今はそんなことを気にしている場合じゃないよな。

 かといって、今日は彼女とそういう事をする気はさらさらない。

 もちろん行く行くはするつもり満々だが、今日は先にしなければならないことがある。


「レオナさん、今から俺とパーティーを組んで欲しいんだけど、いいかな?」


 俺の言葉に、首を傾げる彼女。


「はぁ。それはもちろん構いませんが……」


 まぁ彼女は既に俺の奴隷なので、当然拒否することは出来ない。

 この世界での奴隷というのは、魔法契約によってその主従が結ばれている。

 奴隷は主人に逆らうことが出来ず、主人の不利益となる行動がとれないようになっているらしい。

 

 秘密の漏洩などについてもそれは適応され、これは奴隷契約を解除した後でも継続して効果があるそうだ。

 なので彼女には俺の秘密を気兼ねなく話すことが出来る。


 俺が今からやろうとしていることは、彼女のLPの回復だ。

 ガンツさんの家で見た俺のリーダー効果には、こんな記載がされていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

リーダー効果 【ゲームマスター】

≪対象:フィールドにセットしたCカード

 効果:全能力をⅡ上昇

    LP全損に対し自動的に全回復(CT:リーダーの何れかのステータスⅠ)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 つまりこれ、LPが既に全損している彼女にも適応できるのではないかと思ったのだ。

 コストに俺のステータスⅠと書かれているのが、一時的な物なのか永続的な物なのかは分からないが、例え永続的の物だとしても、彼女を助けられるのなら安い物だ。

 いや、助けて感謝されて彼女の好意が得られるのなら、だな。


 自分でも考えがせこいとは思うが、致し方が無い。だって人間だもの。

 そんな訳で、俺は彼女とパーティーを組み、彼女のキャラクターカードを作製する。

 キラキラと発光を始める俺の右手。

 その様子を彼女は少し驚いた表情で見ているが、まぁ今は少し待ってもらおう。

 出来上がった彼女のカードには、こう記されていた。


―――――――――――――――――――――――――――

レアリティ:LRレジェンドレア

名前:レオナ 種族:氷狼族

職業:蒼剣士 属性:水


ステータス

LPライフポイント:Ⅱ ATアタック:Ⅱ 

DFディフェンス:Ⅱ SPスピード:Ⅲ


特性

≪水・氷魔法使用時に補正(極大)

 双剣使用時に行動補正(極大)≫

 

アビリティ

ファーストスキル【韋駄天】 CTコスト:LPⅠ

≪一〇分間、自身のSPがⅢ上昇、DFがⅡ低下≫


セカンドスキル【水氷爪撃】 CT:LPⅡ

≪双剣装備時、それぞれに水と氷属性を付与し、攻撃時に追撃効果(一〇分間)≫


ラストスキル【氷狼召喚】 CT:任意LP

≪CTにしたLP×一〇体の氷狼を召喚する。召喚解除は任意

 氷狼:能力はスキル使用者の召喚時ステータスの五割

    特殊技能【アイスブレス】が使用可能(使用後は消滅)≫

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 つ、強い。

 流石はLR。特性とスキル、どちらも申し分ないレベルだ。

 ただステータスに関しては、やはり成長が遅いらしい。

 一般の女性が大体Ⅲくらいらしいので、SP以外は全てそれを下回っている。

 そのSPでさえも、やっと一般女性と同じレベルだ。


 ステータスというのは生まれた時は皆Ⅰが普通で、そこからある程度までは成長と共に上昇していくらしい。

 一般女性だとⅢで、男性だとⅣがおおよその平均だ。

 それ以上となると魔物を倒すか自分で鍛えるしかない様で、自力で鍛えるにしても相当な労力と時間が掛かるらしい。

 彼女はLRというレアリティの高さも相まって、ステータスの成長が人より遅れているのだろう。


 確かにこれは大きなハンデだが、それを補って余るほどのスキルと特性が備わっている。

 特性に注目すると、蒼剣士の職業や氷狼族という種族のおかげか、魔法に補正が入っているな。

 しかも双剣を装備していれば、セカンドスキルで魔法付与が出来るとか、カッコ良過ぎるぞ。

 氷狼召喚なんてのも、俺の中に眠っていた中二心がくすぐられてしまう。

 早くスキルを見てみたいが…… 今は先ず、LPの回復が先決だな。


 俺はそそくさと、戦闘フィールドを展開させる。

 すると、俺の手元にあった俺とレオナさんのカード、そして未だパーティーを組んだままだったガンツさんのキャラクターカードまでもがフィールドにセットされた。

 しかも展開されたフィールドは二つで、一つは今俺たちがいる部屋が描かれており、もう一つはガンツさんの寝室と思われる部屋のデフォルメ描写が為されていた。

 

「なるほど、パーティーを組んだまま離れるとこういう風になるのか」


 これなら例え離れた相手であっても、スキルの発動やLPの回復などの支援が出来そうだ。

 っと、今はレオナたんのLPの方に集中しなければ。

 俺はすぐさま自分のキャラクターカードをリーダーにセットする。

 するとリーダー効果が発動され、枯渇していた彼女のLPゲージが見る見るうちに回復し、満タンにまで変化していった。

 

「っしゃ! ……レオナさん、LPが回復したの、分かる?」


 俺は一人でガッツポーズを決めつつ、彼女の状態を確認する。

すると彼女もLPが回復したのを実感しているのか、驚いたように自分の身体を眺め出した。


「え、うそ…… なんで……?」 


 驚き唖然とする彼女。俺はそんな彼女に意識をやりつつ、自分のステータスを確認する。すると俺のAT表記が、ⅢからⅡに変化していた。

 スキルやリーダー効果などでステータスに増減が生じたとしても、ステータス表記自体に変化は起こらない。

 つまりこのステータスの減少は恐らく、俺の基礎値そのものが永続的に減少したという事だろう。中々重いコストだが、今回に関しては後悔はしていない。

 それに今後彼女と共に魔物と戦う事になるとして、その時にLPが一気に削られ死にかけることがあったとしても、俺がコストを支払える限りは死ぬことは無いという事だ。これはある意味かなりの安全マージンとなるだろう。


 俺は未だ困惑し続ける彼女に、俺の能力について説明した。

 始めはかなり戸惑っていた彼女も、実際自分で体験したおかげか、なんとか受け入れてもらうことが出来た。


「私にそんな能力が備わっていたなんて……」


 自分のスキルや特性を知らされ、なにやら考え込む彼女。

 聞けば魔法というのはかなり特殊な才能らしく、一般人が簡単に習得できる技能では無いらしい。

 それこそ貴族の子弟か、高い金を払って誰かに師事しなければ習得できない技能なのだそうだ。


 双剣に関しても、街の中でしか生きられない彼女が手にしたことがある訳もなく。

 彼女は今まで自分の才能に気付くことなく人生を送ってきたのだろう。


「スキルに関してはどう? この【韋駄天】っていうスキルは、SPを高めてくれる効果があるみたいだけど……」

「……実は以前、強姦に襲われそうになった際に一度だけそのようなことを体感したことがあります。しかし一気にLPが減って恐くなってしまい、それからは出来るだけ考えないように生活してきました」

「なるほど……」


 やはり常時覚醒状態であるLRであれば、自分のスキルを認識していなくてもスキルの使用は可能なのか。

 しかし彼女たちLRにとって、LPというのはただでさえ貴重な物だ。それが一気に減るという現象は、筆舌し難い恐怖を感じてしまう事なのだろう。

 

 俺は彼女の手を取り、彼女の蒼い瞳を真っすぐに見つめる。


「これからは、LPが減る恐怖に怯える必要は無いよ。どれだけ減っても、俺が回復してあげる。だからエレナさん、君の力を俺に貸して欲しいんだ。……いいかな?」


 俺の言葉に、薄っすらと涙を浮かべる彼女。

 そして――


「はい。よろしくお願いします、ご主人様」


と、初めて笑顔を見せてくれた。

 彼女の笑顔はとても可憐で、触れれば壊れてしまうような、そんな儚さを感じさせる。

 俺はこの笑顔を、何があっても守り抜こうと、心に誓うのであった。



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レジェンドレアで異世界無双~ファンタジー世界だけど、俺はソシャゲプレイを楽しんでいます~ @ariyoshiakira

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