第6話 不滅のゲートキーパー

 ユリウスは、唇に手をやりながら、考えていた。


 今、神降しの儀式の準備が進んでいる。

 儀式により、彼女は、神となる。


 十年前と同じ。


 神と魔神の力は同等。

 魔神を倒すことはできるだろう。

 これぞ、第四にて、最高機密とされている事柄。


 倒せなくとも対消滅すれば負けることはない。

 しかし、それは、彼女の消滅をも意味するのだ……。


 十年前と同じ。


「アウレリア、俺は……どうしたら、いい?  クラウディアまで失ったら……俺は……」


 傍らの剣に話かける。

 

 ……


 もう、いないはずの彼女に言われた気がした。


『妹をお願い、って言ったわよ、私』


 そうだったな。


 ユリウスは彼女の元へ向かった。

 扉を開けるとそこには、両手を胸の前で結び、神に祈りをささげる彼女がいた。

 鎧を脱ぎ、薄い衣一枚となった彼女の姿は、美しく、見とれた彼は一瞬動きをとめてしまったほどだった。


「ユリウス様? なりません。これから儀式をするところなのですから」


 周りの女神官たちが彼の前を遮る。


「クラウディア、かわれ! 俺が……俺が、神になる!」


「相手は無の魔神ロキ。ゆえに豊穣の女神フレイヤを降臨させるのです、男子おのこには務まりませぬ」


「ならば、俺に光の神ヘイムダルを降臨させればいいだろう。ラグナロクにて、無の魔神ロキを仕留めた神だ、文句はあるまい」


「ユリウス、それではあなたが……」


 制止するクラウディア、しかしユリウスの決意は揺るがない。


 言われずとも彼は知っていた。


 アウレリアに教わっていたから。

 アウレリア、クラウディア姉妹の家系、クロルス家は、神の血をひくと言われる。

 ゆえに、その身に神を降ろしても、短時間であれば、寿命こそ短くはなるが、その魂、肉体は消えることなく、元に戻ることができる。

 しかし、ユリウスのような普通の人間の場合、強靭な精神力と身に着けた神聖により、降ろすことは可能でも、限界を超えた後は、耐えられず、魂、肉体共に消滅する。



――――――――――



 目の前に、魔神がいた。

 全てを無に帰す『終わらせる者』、魔界ニブルヘイムの無の魔神ロキ

 闇に包まれた巨人。

 歩を進めるだけで、周囲は瘴気に満ち、汚染され、そして何も無い空間にかわってゆく。

 

 自分に残された時間はあまり無い、光の神ヘイムダルをその身に降したユリウスは、空に浮かびながら神殺しの剣ミストルテインを構えると、光を収束させ、振りかぶる。

 そして解き放った。

 巨人の全身を覆っても余りある光の奔流が、闇を押し流してゆく。


 しかし――


「くっ、光が足りないのか!」


 消滅させること能わず。

 巨人の体は、頭、左腕を失った不完全なものになってはいたが、周囲の闇が、その欠けた部分に集まり、急速に再生しつつあった。


 相性の良い神の全力を以てしてもこれとは、やはり、クロルスでない自分では限界があるのか……?

 このままでは、遠からず自分は破れ、クラウディアが豊穣の女神フレイヤを纏うことになる。


 ユリウスは、自身の無力を嘆いた。


「アウレリア……すまない。俺はお前の妹を、守れなかった……」


 するとどこからともなく声が聞こえる。


『……ユ……リウ……ス……ユリ……ウス……』


「この声!?」


 頭の中に直接響いてくるのは懐かしいあの声。


『……まさか、あなたが神を降ろすなんて。でも、おかげでこうしてあなたとお話ができるのね……』


「アウレリアか!?」


『……あなたの手に持つ聖剣と一体化しているの、十年前のあの時、宿り木を射る者ヘズを宿し、悪夢の神バルドルと共に消滅したときに……』


「そ、そんなことって……」


『……宿り木を射る者ヘズは優しかったの、私の魂だけでも救おうとしてくれた。だから神殺しの剣ミストルテインの中に、ね……』


 ユリウスは唇を噛んだ。

 何ということだろう、アウレリアの魂はずっと自分と共にあったのだ。


『……もう時間が無い……ユリウス、私の残った力をあなたに全部あげる。無の魔神ロキが再生する前に、止めを刺しなさい……』


「そ、そんなことをしたら、君は!」


『……妹をよろしくね……私だと思って大事にするのよ……』


 彼女の想いが伝わってくる。


 ……


 いいの、これで


 ずっとあなたと一緒だった


 私は幸せだったの


 そして、こうして、最後に、あなたを救えるのだもの

 

 私の生に意味はあったのよ


 ……


 手に持つ剣から、全身に力が、光が満ちる。

 もう彼女の言葉は聞こえない。



「アウレリア……俺は……お前のことが……大好きだった!」



 叫びながら、ユリウスは、彼女の忘れ形見をもって、一閃する

 耐えきれずに神殺しの剣ミストルテインは爆ぜた。


 先ほどとはくらべものにならない光が、目の前で頭の再生を終えようとしていた巨人を襲う


 まばゆい光は、周囲を包み、誰にも何も見えない


 もはや、創世の光に近いものに思えた


 それは、無を打ち消す光

 彼女のような、とても暖かい光――



――――――――――



「そうですか、お姉さまが……」


 ユリウスの語る話に、クラウディアは悲しそうにうつむく。


 彼は、彼女にこれだけは話さずにはいられなかった。

 それが自分に課せられた義務に思えたのだ。


「俺は、最後まで、君のお姉さんに勝てなかったよ」


「ユリウスはその、お姉様のことを……」


「忘れることは、無いと思う……ごめん」


「それでも構いません。私はユリウスのことが好きですから」


 見上げる彼女の瞳。

 周りは真っ赤だったが、溢れる奔流の、まさにそこに浮かぶブルーの眼は、まるで宝石のように美しかった。


「ユリウスは、お姉様に、妹の私のことをお願いされたのでしょう」


「そ、それは……」


 この言い方は、姉のそれを思わせるものだった。

 ユリウスの顔がほころぶ。

 彼女は、消えたわけではない。

 こんなところにも、のだ。


「……ありがとう、お姉様。ユリウスを守ってくれて……これからは、私が彼を守るからね……」


「うん? クラウディア、何か言ったか?」


「いいえ、何も……それよりも、四天として、本部から招集が来ています。行きましょうか」


 悲しみに暮れている暇は無い。

 四天は、半数となり、防衛ラインも第一は全滅、第三も壊滅、今戦力として期待できるのは、ネルファが命に代えて残してくれた第二の若人達だけだ。

 明日にも敵が来るかもしれない。


 しかし、二人の心に不安は無かった。

 守ろうとする力、それがどれほど尊く、強いものであるかを、二人の大切な人が教えてくれたのだから。


 ユリウスは彼女に誓う。


「ありがとう、アウレリア。俺は、もう迷わないよ」

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不滅のゲートキーパー ~たとえ死すとも、君を守りたい 英知ケイ @hkey

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