クリスマスの憧れ

野森ちえこ

全力をつくせ

「なぁ、姉ちゃん、クリスマスにやきとり屋ってどうよ」


 弟のはるかは着替えもせず、コートすら脱がないで、帰ってくるなりキッチンにいるあきらにつめよった。


「はぁ? なにいってんのあんた」

「おれじゃなくて、カズちゃんだよ」

「……クリスマスにやきとり屋行きたいって?」

「そう。なぁ、これってなんかの謎かけ? それともおれはやきとりレベルの男ってこと?」


 なんだやきとりレベルって。晶はふきだしそうになりながらコンロの火を止め、遥に向きなおった。


 ――あらまぁ、必死な顔しちゃって。


「本人はなんて?」

「……それが、なんかすげえ嬉しそうっていうかたのしそうっていうか、目キラッキラさせてんだもんよ……」


 もごもごといいわけがましい。つまり聞けなかった、ということだ。


 聞けばあっけらかんと教えてくれただろうに。べつに隠しているわけでも、もったいぶっているわけでもないだろう。現に晶はその『理由』を知っている。



 *‐*‐*‐*‐*



 つい最近つきあいはじめた弟の彼女、和希かずきはもともと晶の友人だった。アキラとカズキ。大学時代にアルバイト先で知り合い、性格は正反対といってもいいくらい異なっていたが、男みたいな名前同士、妙に気が合った。

 ついでに和希にも弟がいて、名前は芳海よしみという。ハルカとヨシミ。弟同士はそろって女みたいな名前である。


『お父さん、男の子がほしかったのね。お医者さまに女の子だっていわれても信じないで。医者だってまちがえることはある! とかなんとかいっちゃって。生まれてみればやっぱり女の子でしょ。今度は、男の子の名前ばっかり考えてたら女の子が生まれたから、女の子の名前だけ考えたら男の子が生まれるんじゃないかっていいだしてさぁ。ほーんと、バカよねー。あんまりバカバカしくて、神様も脱力したんじゃないかしら』


 とは、母の弁だが、和希たち姉弟の母親も似たようなことをいっていたらしい。

 親同士が対面したら、こちらも気が合いそうだ。


 弟たちが生まれたのは、バカバカしさに脱力した神様が「しょーがねぇなぁ」と願いを叶えてくれたおかげである――かどうかは知らないが、和希がクリスマスにやきとり屋でデートしたい理由は、ほかでもない彼女の両親のなれそめにある。



 *‐*‐*‐*‐*



 それは、つきあっているようないないような、微妙で大切な時期にやってきた、二人ですごすはじめてのクリスマスでのこと。


 当時まだ大学生だったお父さんに、気になる女性を高級レストランに招待できるような甲斐性はなく、かといって、ファストフードやファミレスでお茶を濁すようなマネはしたくない。


 いや、ファストフードいいじゃん! 日本のクリスマスといえばフライドチキンだろ! とならなかったのは、単にフライドチキンが苦手だったからなのだとか。


 とにかく、いろいろ考えて、あれこれ悩んで、考えすぎて一周まわって、がんばる方向がちょっとズレた。


 クリスマスといえばチキン。チキンといえば鶏肉。それなら、自分がこれまで食べたなかで一番おいしかった鶏肉を食べさせよう。


『それでやきとり。お母さんもね、最初は〝ないな〟って思ったんだって。よりによってクリスマスに、なにが悲しくてわざわざおしゃれして小汚いやきとり屋なんかにー! って』


 だけど。


 おいしかった。ほんとうにおいしかった。


 やきとりナメてた。びっくりした。


『それ以来、クリスマスはそのやきとり屋さんに行くのが定番になったんだって。あたしが生まれるまえに大将が亡くなっちゃって、お店ももうないんだけど、その話してくれたときのお母さんがあんまり幸せそうな顔してたからかな。なんか、あたしの憧れになっちゃったんだよねぇ、おいしいやきとり屋さんでクリスマスデートすんの』


 和希のその憧れは、まだ現実になっていない。

 はじめての彼氏はそもそもクリスマスまで関係がもたなかった。

 万事抜かりなかった次の彼氏は、はじめてのクリスマスもおおいにはりきってくれて、気のきいたレストランの予約もばっちり。とても『やきとり屋行きたい』なんていいだせなかった。


 だから今回、遥が和希に希望を聞いたことで、事実上はじめてのチャンスがめぐってきたわけだ。


 ――そりゃあ、目だって輝いちゃうよねぇ。


「……姉ちゃん、なんか知ってんな?」


 そしてこちらはこちらで必死である。まぁ、なにごとにも執着せず、恋愛にもおよそ淡泊だった遥が、生まれてはじめて好きになった相手だもんねぇ。必死にもなるか。


「んー、よし、遥! 和希がなんていったか、正確に思い出してみよう!」

「は?」

「ほれ、さん、に、いち、キュー!」

「え、え、お、おいしいやきとり屋さんに行きたい!」

「そういうことだ」

「いや、どういうことだよ!」

「いいか、弟よ」


 がしっと遥の両肩をつかむ。


「つかえるツテとコネを総動員して、とびっきりおいしいやきとり屋を探せ。それがおまえの使命だ」

「えぇ……。つーか姉ちゃんそれなにキャラ」

「なにキャラでもよろしい。とにかく、だ、おまえの彼女はおまえとおいしいやきとり屋さんでデートがしたい! そこには裏もないしおまえを軽く思っているわけでもない。本心からの望みなんだ。彼氏なら全力をつくせ。そして理由は本人に聞け。以上!」


 そんでイチャイチャラブラブすればいいんだよ。


 だから、こっちは元カレとすら呼びたくない三股男と先週別れたばっかで変なテンションだけどな! なんて、口が裂けてもいえない。


「わかったら、さっさと着替えて、手洗いうがい!」

「ちょ……押すな!」

「あ……ごはんは?」

「あ、食べる。なに?」

「ポトフ。またお母さんあふれるくらい野菜送ってきたから。あとであんたからも電話しときなさいよ」


     (おわり)

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クリスマスの憧れ 野森ちえこ @nono_chie

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