第3話『香ル山吹ノ過去』

「…今日は静かだ。」

ボソッと呟いた。境内を掃除している中、感じた事を口に出す。手に持っていた箒を柱に掛けて背伸びをした。

彼の名は山吹(ヤマブキ)。とある神社の駒狐である。

「また近くで戦が起こるかもしれませんね。…干渉しに行きましょうか。梔子、留守を御願いしますね。」

彼の本体とは対の場所にある、何も無い石台に向かって言う。元々其処にいた弟も、今はもういない…。意識を持っていかれそうになり、頭を横に振って溜息をつく。山吹の弟──梔子(クチナシ)は、今から約千年前に起こった地震によって死去した。彼の本体が石台から落ちたのだ。いとも容易く砕け散り、彼の体がボロボロと落ちていく様子は、思い出すだけで吐き気がした。

「…とりあえず、この二本を持って行きますか。」

社務所の奥に仕舞ってあった二本の大太刀、櫨染と蘇比を肩に掛け神社の階段を降りていった。

神社から一里程離れている、開けた場に侍が睨み合いをしていた。

「…はぁー…なんでこんなところでやるんですかね…。もっと離れたところでやってくださいよ。」

再び溜息をついて、目を凝らす。奥の方に大将であろう人物が目に入った。

「彼奴等ですか。…仕方がないですね。」

袖を上げ、襷掛けをして蘇比を鞘から抜く。体勢を低くし、構える。

其々の軍の一人が、山吹の存在に気付いたところで駆け出す。

「な、なんだ!?」

「山の方から男が出てきたぞ!?」

辺りが騒然となるなか、山吹は一直線に大将の元へ走っていく。

「あ、彼奴、大将殿に向かってるぞ!」

「させるか!」

軍の一人が山吹の前に立ち塞がる。腰にある打刀を抜いて構える。それが合図だったのか、一斉に武器を山吹に向けた。

「此処から先には行かせぬ!」

「大将殿の元には行かせぬ!」

口々に叫ぶ。

しかし、彼は止まらない。

「邪魔だ、退け!」

彼等に一喝する。辺りの空気が震えた。一気に静かになる。

そして。

立ち塞がる敵に向かって、蘇比を横に薙ぎ払った。すると、其処にいた者は全て腰から斬られ、落下した。悲鳴が響き渡った。それでも尚、山吹に立ち向かう者が次々と襲い掛かる。もう一つの大太刀、櫨染を抜き、斬る。その度に返り血が飛び、山吹の白い袴を赤黒く染めていった。その戦いぶりは、まるで鬼神のようだった。

山吹が奇襲を掛けてから、一時間弱が経った頃。

「…ふぅ。」

足元には、二つの生首が。其々の軍の大将の首だ。

「お前等の大将の首は私が取った。これから残党狩りを行う。斬られたくなければ逃げるが良い。仇をとりたくば、私に向かって来い!」

生首を掲げ、叫ぶ。そして投げ捨てると再び二本の大太刀を握り、近くにいた残党に向かって斬りかかろうとする。その者は肩を震わせ、逃げていく。山吹は追いかけようとせず、次の者の元へ向かう。果敢に復讐しようと立ち向かう者もいたが、呆気なく斬られ、其処等中に倒れている死骸の山に紛れていった。

暫く経ち、辺りは再び静寂に包まれた。目を瞑り、しゃがみ込んで彼等の冥福を祈った。たとえ、自身を殺しにかかったとはいえ無惨に殺してしまったのだから。

「…帰ろう。私は疲れた…。」

ふらふらとした足取りで神社の道に戻っていった。



最後の階段を上りきり、本殿に倒れ込む。

「……疲れた…。」

数十秒程経って徐に立ち上がる。

「急いで着替えましょうか。速くしなければ付いた血が落ちなくなってしまいますし…。」

社務所に向かい、箪笥を開けて代わりの袴に着替え、桶を取り出す。境内の外れにある井戸から水を取りに行き、桶のなかに入れた。其処に汚れた服を入れ、袴の裾を持ち上げてしっかりと踏み、汚れを落としていく。何回か水を変えて行うと、赤黒く染まっていた服は元の白を取り戻す。洗い終えた服を取り出し、水気を取って木の枝に掛ける。風に靡かれ、パタパタと音を立てた。

「…ふぅ。次は、と。」

再び本殿に向かい、立て掛けていた蘇比と櫨染を手に持つ。履き物を脱ぎ、縁側に上がって其々を鞘を払う。刃は、斬った者達の血がこびり付いていた。僅かに掛けているところもある。

「今から綺麗にしますからちょっと待っていてください。」

そう彼等に言って、袖元から布片を取り出して刃を拭く。ゆっくりと。しっかり。けれども優しく拭き、血を取った。

「…すみません。今はここまでしか出来ないので、これで我慢していてください。……さて、麓の村まで行きますよ。」

鞘に入れ、肩に掛けて階段を降りる。そして、村のある方角に向かって進んでいった。



神社の近くにある村は、割と栄えていた。海と山が近くにあるということで、四季折々の食材を得ることが出来た。山吹は賑わう市場を通りすぎ、ある建物に向かう。鍛冶屋だ。

「お邪魔します。」

「…ああ、お前さんか。今回はどうした?」

奥にいた男性に挨拶をする。その男性は振り向き、山吹を見て挨拶を返した。

「…また、近くで戦がありました。それで、蘇比と櫨染を…。」

「手入れか。」

来た目的を言われ、無言で頷いて背負った刀を彼に渡す。受け取って、慣れた手付きで鞘を払い、刃を見る。

「これまた結構な人数を斬ったなぁ。数えていたか?」

「最初は数えていましたが、途中から面倒臭くなり…。」

「…そうか。やっぱりお前さん、神社にいるべきじゃないよ。都に行って働いた方が…。」

「いえ、私は神社の駒狐ですから、離れるわけにはいきません。」

「相変わらずそう言うよな、お前さん。」

そんな何気ない会話をしながら、彼はテキパキと作業をする。いつの間にか研ぎ終え、打粉で刀身を軽くポンポンと叩き、拭い紙で拭き取る。軽く眺め、頷くと鞘に戻し、山吹に差し出す。

「とりあえず一本目は終わったぞ。」

「有難う御座います。…お帰り、蘇比。」

受け取って鞘を擦る。ふっと笑みを浮かべる間も、男性は二本目の作業に取り掛かる。

「にしても、ワシが出会った中で刀に名前をつけていたのはお前さんが初めてだよ。」

「…そうですか?」

「ああ、ワシが今まで会ってきた者は武器という扱いで名前なんぞ付けとらんかったからな。」

「…はぁ。」

「ほれ、終わったぞ。」

そう言って刀身を鞘に戻し、差し出す。

「お帰り、櫨染。…有難う御座います。えっと…御代は…。」

腰に付けた袋を取り、中を開ける。

「…うむ。村の近くで起きた戦を止めてくれたのだろう?お前さんが止めてなければこの村に影響が出るかもしれんかった。…ということでチャラにしてやろう。」

その男性はニヤリと笑い、山吹を見る。

「いえ、そう言うわけにはいきません。いつもお世話になっているので、ちゃんと御代を払わせてくださいよ。」

「あーあーいいのいいの。その浮いたもんで帰りに何か買っていくと良い。」

「…感謝します。」

山吹は男性に一礼をし、その鍛冶屋を後にした。



それから月日は経った。村は相変わらず賑やかだ。その様子を山の上にある神社から眺め、クスッと笑っていた。

「さて、今日も掃除を始めますか。」

何時もの独り言を呟き、箒を手に取って始めようとした、その時。

銃声が響いた。

「村の方からだ!…銃…あの音は銃というモノから出る。…どんなモノか分からない以上、危険だ。…仕方ない。」

溜息をついて、所持している大太刀──蘇比、櫨染、月白、胡粉を背負い、二段飛ばしで階段を降り、走っていった。

急げ。

その一心で走る間も、銃声は二度、三度と響く。そして、着いた頃には惨状と化していた。村人は倒れ、血の池が辺りに広がっていた。

「…これは…どういう…。」

身の危険を感じ、蘇比と胡粉を鞘から抜いて両手に持つ。

中心に進む度に村人の骸は増えていく。其等を見る度に心が締め付けられ、息が荒くなる。

ふと、足音が聞こえた。複数、五人程だ。

「そっちは終わったか?」

「ああ、終わった。にしてもこの銃ってやつ強くね?役所から奪った甲斐があった。」

「そうだな。最新の武器だし。」

「この村は全滅だな。」

「さて、今から金目のモノ奪って逃げるぞ。」

彼等は口々にそう言った。

全滅。

その言葉が信じられなかった。此処に生まれ、村人に見守られて育った山吹にとって、信じられかったのだ。握った蘇比と胡粉に力を加える。

「…ッ!貴様等!」

我慢できず、彼等の前に現れる。

「まだ残党がいたみたいだな。」

「さて、殺るか。」

彼等は銃を構える。

「貴様等だけは絶対に殺す!私の生まれ育った村の者を殺し、金品を奪うなど!」

「あーはいはい。さっさと死ね。」

狙いを定め、発砲。それと同時に山吹は突進。弾はギリギリのところで避けられる。

「此奴…!」

「ッチ。」

銃に弾を込め、再び構える。その間に一気に距離を詰め、右手に持った蘇比を横に薙ぎ払う。構えた者の首を斬り、その銃を真っ二つにした。斬り口から一気に鮮血が吹き出し、周りにいた者を赤黒く染める。首の無い体は痙攣し、倒れる。同時に蘇比を手放してしまった。それを拾いに行こうとした、その時。

銃が腔発したのだ。弾き飛んだ弾は勢いよく山吹の左足付け根に当たり、貫通した。激痛が走り、血が流れる。それでも尚、殺すという復讐心に駆られ、左手に持っている胡粉を投げる。逃げようとしていた二人を背中から串刺しにし、倒れた。

「殺すッ!」

背中に背負った櫨染と月白を抜き、残りの二人を腰から横に薙ぎ払い、殺した。

幾度と感じた静寂が訪れる。地面に櫨染と月白を突き刺し、山吹はその場に倒れ込む。

「はぁ……はぁ……はぁ……。」

弾が当たった箇所から血が流れる。その勢いは止まることなく流れ続ける。

「…誰か…助け…」

そう言うも、皆は既に殺されて動かない。

「………今から逢いに逝くから待っていて…く……だ…さ…い……ね。」

笑みを浮かべ、山吹は息を引き取った。

死因は、大量出血による、失血死。

こうして一つの村が無くなった。



空気に匂いがある。

そう感じた。

「………っ…此処…は……?」

ゆっくりと上半身を持ち上げ、辺りを見渡す。何処かの洞窟だろうか、天井には鍾乳石が幾つもあった。立ち上がり、散策しようとする。しかし、左足が上手く動かない。

「…何か、杖の代わりになるものは…。」

その時、足元に何かが当たった。鞘に納められた蘇比だった。それを拾い上げ、杖の代わりにして辺りを探す。近くに、胡粉も落ちていた。背中に背負い、再び歩く。櫨染、月白も回収し、一安心する。

ふと、遠くから笑い声が、聞こえた。その方角に向かうと、其処は市場があった。何か情報が得られるかもしれない。そう思い、足を動かした。

市場は賑やかだった。だが、其処にいたのは鬼だった。妖や亡者もちらほらと見受けられる。しかし、知り合いがおらず、外れでしゃがみ込んだ。

「……一体、此処は何処なのだ…。」

諦めて、寝てしまおう。そう思って瞼を下げた。その時、左眼が痛んだ。一気に激痛が走る。白目は黒く、黒目は赤く染まる。其処から侵食していくかの如く、痛みが広がっていく。

「あああああ!」

左手で押さえる。どうせ、誰も助けてくれないだろう。だが、足音が此方に来た。二人。

「君、大丈夫!?」

「お前、大丈夫か!?」

口々に言う。

「…ッ……左…眼……が…。」

掠れた声で言う。一人が眼の様子を見る。唖然とした様子を見せ、もう一人に命令した。

「白澤、邪気を払う霊符を!」

「分かってる!はい、黒ちゃん!」

その霊符を山吹の左眼に貼り、術を唱える。忽ち痛みは無くなり、疲労が押し寄せた。

「……あ、有難う御座います…。…貴殿方は?此処は何処なんですか?」

「僕は白澤。」

「…俺は黒澤だ。此処はまぁ、六道の中心…言わば、黄泉ってところだ。」

白澤。嘗て読んだ書物に書かれていた人物。しかし、もう一人の人物、黒澤については何も知らなかった。

「ところで君は?」

「…私は、山吹と申します。神社の駒狐をしていた者です。」

そう言うと、黒澤は首を傾げた。

「駒狐か。…おかしい。普通なら、こんなにも人の怨みを受けることはないぞ。」

うぅむと、考える様子を見せる。山吹は、溜息をついて、口にした。

「……それは、私が数百、数千という者達を殺してきたからでしょう。」

それを聞いた白澤と黒澤は、ぎょっと山吹を見る。

「お前、どれだけ人を殺してんだ!そりゃ、そこまで怨まれる訳だ。」

「でも凄いね!よく一人でそこまで出来るもんだ!」

口々に言うなか、ボソッと呟く。

「私一人の力じゃありません。この子達…蘇比、櫨染、胡粉、月白達の力があったおかげで、近くで起こる戦を止められたのですから。」

隣に置いた蘇比、背中に背負った櫨染、胡粉、月白を擦る。

「ほう。戦を止める為に殺していたのか。でもまぁ、よくそこまで無茶するもんだ。」

「凄いね!」

「…しかし、村が山賊に襲われ、私は護る事が出来ずに殺され、気が付いたら此処にいて…。」

「…成程な。つまり住むところとか金銭を所持していないということか。」

「どうする黒ちゃん?」

黒澤は暫く考え、山吹に言う。

「とりあえず、今は俺のところに住め。就職先で良いところがあるから紹介状出してやる。…立てるか?」

「…えっと、生前に左足付け根を怪我してしまって、そのせいか上手く…。」

「あー、仕方ねぇな。背負ってやるから、ほれ。」

「何から何まで申し訳ありません…。」

「いいのいいの。黒ちゃんは何気に世話焼きだからダイジョブだって。」

白澤が笑いながら言う。それを黒澤が睨み付け、黙らせる。

「じゃあ行くぞ。」

「…は、はい。」


それから一週間後、山吹は十王庁に就職、叩き上げで数百年後に管理課課長へ昇格することになる。


了.

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