3 アイの導入

 次の日、さっそくジェイが現れた。後ろにもうひとり、若い女性を連れている。女性はケイ氏を見るなり、腰を折って元気よくあいさつした。

「はじめまして! まずは一週間、ここで働かせていただくことになりました、アイといいます。よろしくお願いします!」

 ケイ氏は、目玉が飛び出るほど驚いた。

「まさか、彼女がロボットだというのかね」

 ジェイが大きな声でハハハッと笑った。

「そうです。この子がロボットです」

 ロボットは顔を上げ、微笑んだ。自然な笑顔だった。ジェイが続けた。

「型番にアルファベットのIが入るので、アイちゃんと呼ばれています。もちろん、お好きな名前をつけていただいてもかまいません。お客さまの中には、『ボッコちゃん』なんて呼んでいる方もいらっしゃいます」

 ジェイがまた、ハハハッと笑った。ケイ氏はロボットにくぎ付けだった。

「この表情は……?」

 ケイ氏の言葉に反応して、アイが答えた。

「人工筋肉で、人間の顔の筋肉を再現しています。笑顔が、いちばん得意です」

 そういって、ニコッと笑う。さっきとは違う笑顔だった。ジェイが続けた。

「接客業務の必要性から、笑顔がもっとも表現力が高く、逆に怒りや嫌悪はあまり豊かに表現できません。皮膚は、人工皮膚に特殊メイクのような加工を施すことで、化粧をした女性の質感を再現しています。触れば違いがわかりますが、見ているだけでは絶対にわかりません。ただ、手は顔ほど精巧につくっていないので、手袋をして仕事をすることになります」

 そういわれて、ケイ氏は目を細めてアイの顔を凝視した。なんとなく人間の皮膚とは違う気もしたが、それはケイ氏がアイをロボットだと知っているせいかもしれない。じろじろと顔をながめていると、アイと目があった。ケイ氏は気恥ずかしくなって目をそらした。そのとたん、ロボット相手に私は何をしているのだ、と思うのだった。

「目に、生気がある。人工とは思えないくらいだ」

「ありがとうございます」

 アイがまた別の笑顔でいった。

「声にもまったく機械らしさがない」

 その言葉に、ジェイが誇らしげに答えた。

「発話には、人の声に特化したスピーカーと、最新の音声合成技術を使っています。同じ言葉を発する際にも、前後の言葉や文脈に合わせて声のトーンを変えることができます。発話による表現は、むしろ表情よりもずっと豊富です」

 じっさい、アイの働きっぷりはすばらしかった。作業の手際はいうまでもなく、常に笑顔を絶やさず、あいさつも元気がよい。態度のわるい客にも、それ以上ないくらい適切に対応していた。アイの接客が評判となり、リピート客も増えた。アイに言い寄るものもいたが、アイはそのあしらい方も心得ていた。確かに、歩き方が少々ぎこちなく、レジから離れて仕事をすることはできなかったが、それを補ってあまりある仕事量であった。もちろん、不自然さに気づいていぶかしむ客もいたが、ロボットだとばれることはなかった。

 ケイ氏は、一週間の試用期間が終わるのを待たず、アイを雇うことに決めた。

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