2 ジェイからの電話

「夜分遅くに恐れ入ります。少しお時間よろしいでしょうか。けっして損はさせません」

 電話の主はジェイと名乗った。聞いたことのない会社の営業だった。こんな深夜におかしいとは思ったが、客もこないし特にすることもなかったので、ケイ氏は話を聞いてみることにした。

「人手不足で困っていると伺いました。私どもは、そういったコンビニに特別な店員を提供しております」

 ケイ氏は、営業の目ざとさに驚いた。どこからその話を聞いたのだろうか。うさんくさいとは思いつつも、人手不足がどうにかなる話となれば、聞かないわけにはいかなかった。

とは、どういうことでしょう?」

「はい。私どもが提供する店員とは、ロボットなのです。最近、一般家庭にもロボットが普及しつつあることはご存知でしょうか。私どもは、そのロボットをコンビニ店員向けに改良いたしました」

 ケイ氏は、テレビでそんなロボットを見たことを思い出していた。それは、人間の言葉や振る舞いを分析して、適切なコミュニケーションを取ることができるという。しかし、普及しはじめているといっても高価なことに変わりはなく、縁のない話だと思っていた。

「まだまだロボットは日常会話もままならないと聞くが、ほんとうにそんなので接客がつとまるのかね」

「日常会話よりも接客のほうが難しい、というのは誤解でございます。接客こそ、ロボットに向いているのです。普段の生活では、いつ、どのようなコミュニケーションが起こるか予想できませんが、接客ではある程度コミュニケーションのパターンが限られています。ロボットが本領を発揮するのは、このように行動の型が決まっている場合なのです」

 確かに、とがらんとした店内を見わたしてケイ氏は思った。これならロボットがやっていても変わらないだろう。レジ打ちにしたって、ロボットなら手順を間違えることもない。むしろ、ロボットのほうがてきぱきと仕事するかもしれない。受話器の向こうで、ジェイは話を続けた。

「もちろん、前例のない事態には対応いたしかねますが、私どもはコンビニ店員の業務を詳細にわたって研究いたしました。想定外のことが起きることは、そうございません。商品の場所を聞かれれば即座に答えられますし、道をたずねられた場合も的確に説明できます。コンビニ強盗に巻き込まれたときの対応まで用意されています」

「しかし、ロボットが店員なんぞしていたら、客は不満に思うだろう」

 ケイ氏のこの言葉に、ジェイは待ってましたとばかりに勢いよく答えた。

「私どものロボットのは、まさにその点にあるのです。人間がロボットを不満に思うのは、それがロボットであり、魂がないとわかっているからです。つまり、人はロボットがどんなに親切にふるまおうと、それがロボットだというだけで、心からの行為ではない、からっぽの感情で演技しているだけだ、と思って冷めてしまうのが問題なのです。では、ロボットだと知らずに、ロボットに親切にされればどうでしょう。人間に親切にされたときと、何ひとつ変わらない気持ちを抱くはずです。私どもは、ロボットの外見や声、動作のなめらかさに徹底してこだわって開発しました。レジのカウンターごしであれば、お客様がロボットをロボットだと認識する可能性は皆無です。たしかに、ちょっとした不自然さから疑問にもたれることはあります。しかし、まさかコンビニでロボットが店員をしているはずがない、という先入観がその疑問を払拭します。そして実際、ロボットを導入した店舗では、アンケート調査の『接客態度』の項目が平均して二十ポイントも改善しています」

 なるほど、もしそれが本当なら、ロボット店員は十分に使えるかもしれない。しかし、とケイ氏はため息をついた。

「そんなによくできたロボットなら、さぞお値段も高いでしょう。残念ながら、うちにそんなものを導入する余裕はありません」

 ケイ氏がそういって受話器を置こうとすると、ジェイが大きな声でハハハッと笑うのが聞こえた。

「お金の心配はいりません。ロボットはメンテナンス等をふくめて、月額制で提供しております。おっしゃるとおり、安くはないかもしれませんが、ロボットは延々と働くことができます。ひと月にかかる費用をロボットが働く時間で割れば、つまり、ロボットの仕事を時給に換算すれば、なんと人間を雇う費用の半分で済むのです。ご検討いただけるのであれば、一週間の無料貸出しも行っております」

 ケイ氏は一度そのロボットを見てみることにした。電話を切ると、いつの間にか外が明るくなっていた。

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